11話_鬼ごっこ
あの黒いモヤが現れてからというもの、奇妙な出来事ばかり起こっていた。
会社でプロジェクトの振り返り会の為に、PLの山田さんが自分の職場へ挨拶へしに来てくれた時の事だ。
午前中に振り返り会が終わり、せっかくなのでと佐藤課長と山田さんと自分の3人で昼食を取りに定食屋へ行った時。
テーブル席に3人で座っていて、店員さんが置いてくれた水が自分の分だけ出されなかった。
3名客を2名客と勘違いしたなら、すぐに気付くハズだが違った。
自分も座っている状態で、山田さんと佐藤課長にしか出されなかった。
まるで自分の存在を認識できていないような感じだった。
自分が注文を頼もうと話しかけた時、ようやく自分の存在に気付いたようだった。
店員さんにお願いしたらごめんなさいと謝罪が入り、すぐ出してくれた。
その時は何も思わなかったがその後の会話が問題だった。
佐藤課長が、土曜日に自分を目撃したらしい。
問題は時間と場所だ。
俺はその日、呼人神社という神社に行って巫女さんと話して、その後チェーン店へ行って昼食を食った。
その後、黒いモヤが突っ立ってこっちへ向かってくるから家に帰った。
だが佐藤課長は、その日に自分を会社の最寄り駅で見たという。
その時に自分はスーツ姿で駅のホームで突っ立って、遠くをぼーっと眺めていたとの事だ。
ホームの反対側にいた課長は声をかけたらしいが反応がなく、電車が通り過ぎたら居なくなっていたと。
いつも使っているカバンを持っていたらしく、人違いというには少々無理がある。
第三者にも影響が出ているとなると、自分の脳内だけに問題があるとも決めつけられない。
仕事が終わりの夕暮れ時、俺は呼人神社のある通りに来ていた。
真相を探るべく、何やら色々と知ってそうな巫女さんに話を聞きに行く事にしたのだ。
土曜日の日中帯に来た時と違って、何か空気がおかしい。
重いというか、圧迫感があるというか。
なんだここは?
帰宅ラッシュの時間だというのに人居ない。
改めて周囲を見渡すと、車が1台分通れる程度の裏路地だ。
コンクリの塀の奥に民家があるにはあるが、電気が点いていない。
まさか、人が住んでいないのか?
この時間帯に電気が点いていないという事はそういう事だろう。
昼間には気付けなかった。
足元を見ると、自分の影がなかった。
周囲の木々や建造物にはちゃんと影があるのに、自分の足元には影がない。
普通に考えてあり得ない。
妙な寒気がしてきた。
・・・・後ろから視線を感じる。
だけど、絶対に振り返ってはいけないような気がした。
そのまま、歩いてこの路地を抜ければ無事に帰る事はできるだろう。
だけど、俺は一生この妙な黒いモヤに追われ続けるのか?
見て見ぬフリをして、逃げているだけで解決する問題なのか?
いや、きっと解決はしないだろう。
今の今で解決に直結する行動が何なのかもわからない。
・・・あの巫女さんから人を殺した事があるか?と質問された時点でそんな気がしていた。
きっと小杉先輩の霊が化けて出たんだ。
かかってこいよ小杉、もう一度ぶち殺してやっからよ。
殺意による気合で拳を握って後ろを振り返る。
古びた電灯が点滅してよく見えないが、電柱の後ろでこっちを見ている人間がいた。
暗くてよく見えないが、人のシルエットをしている。
「誰だよ。」
ややけんか腰に話しかける。
だが応答はない。
電灯の点滅が一瞬だけ明るくなった瞬間電柱の後ろにいる人間の顔が映った。
目を凝らしてよく見てみる。
・・・そいつは、自分の顔をしていた。
無表情で生気がない顔をしている。
全身に鳥肌が立つ。
なんで、自分がいるんだ。
先ほどの殺意は、一気に恐怖へと変わった。
恐怖心によるものなのか、指一本動かせない。
金縛りというやつだ。
電柱の後ろにいる自分は、こちらへと歩みを進める。
しかし、この間の移動速度とは違った。
普通の人間の歩行速度、いやそれよりも少し速足だ。
真顔で近づいてくる自分の表情が、だんだん変わってくる。
死んだような目をしていたが、両目を全開に開いた形相で接近してきた。
心臓の鼓動が、頭の芯にまで響いてきた。
「ッッふっざけんじゃねぇぞ!!!!!」
全身に力を込めて、無理矢理体を動かす。
足が動くことを確認し、目下1mの距離にまで差し迫って伸ばしてきた両腕を躱し、距離を取った。
隙だらけの襲い方だ。
ぶん殴ろうと拳を握った瞬間、自分の顔を殴るという事に対しての抵抗感が止めた。
自分を殴るという得体の知れない恐怖で足が竦んでしまった。
そのまま、全速力でその路地を走る。
奴も走って追ってきているが、明らかに挙動がおかしい。
普通の人間は腕を振って走るが、奴はさっきの体制のまま両腕を前に突き出した状態で走り続けている。
その効率の悪い走り方のせいで、みるみるうちに距離が遠ざける事に成功し、やがて姿が見えなくなった。
まだ残暑の残る季節、汗だくになり息を整える。
周囲を見渡すと、見覚えのある鳥居があった。
呼人神社
あれだけ探して見つからなかった神社が、なぜ今この瞬間に見つけることができたのか?
そんな理由はわからない。
でも、もう二度と見つける事ができない気がした。
神社の境内の中は日中の時とはうって変わって、全く違う雰囲気であった。
石灯篭の灯りは本物の火であり、風が吹いていないのに鳥居のしめ縄に編んである紙垂れは揺らいでいた。
そして、拝殿の前には巫女が立ってこちらを向いていた。
「あら、またいらしたのですね。」
「すみません、はぁ、今お邪魔してもよかったでしょうか?」
まだ荒い息を無理やり整える。
「はい、何かお急ぎのようで。」
なんでこの時間にこんな神社に1人でいるのか。
神社が消えたり出現したりする理由は何故なのか。
聞きたいことは山ほどあった。
「単刀直入に言うと、黒いモヤの正体を教えてほしいです。」
「はぁ。」
「今、自分とそっくりの人間が襲ってきて、逃げている最中なんです。」
「多分あの黒いモヤの正体は、そいつです。」
「貴方は何か知っていそうなので、対処法や、正体を知っていれば教えて頂けないでしょうか。」
背後に気を配りつつ、頭を下げる。
「心配しなくても、この境内にはああいった存在は入ってこれませんよ。」
「まぁ、立ち話もなんですから社務所へ上がってください。お茶ぐらいなら出せますので。」
今一瞬だけ背後をチラッと流し見した気がした。
「ありがとうございます。」
落ち着いた様子のまま、案内されるがままについて行く。




