1話_現実からは逃げられない
堅苦しい前置きは抜きにします。
この平和な国の普遍的な人間にとって、憎き敵は誰なのか?
世界を滅ぼす魔王でもない、民家に爆弾を落としてくる敵国でもない。
同じコミュニティにいる人間である。
月曜日の朝、駅のホームには死んだ目をした人達がごった返していた。
自分ももれなくそのうちの1人だ。
超過密状態の満員電車を降りて、駅から会社までの道のりの中、1日の事を考えて毎回吐きそうになる。
ああ、俺ってなんで生きてるんだろう。
学校を卒業してシステムエンジニアとして会社に入社してから2年目になるが、自分の無能さを目の当たりにしていた。
元々内向的な性格であったが社会に出るとよくわかる。俺は社会不適合者だ。
入社してから周りの同期ともコミュニケーションを上手く取れず、人から好かれる要素もないため先輩とも仲良くない。
なんなら4月に入ってきた新入社員の方が仲良くなっている。
あと、地頭も悪くて理解力が低い。普通の人が1回聞いて理解できない内容を3回聞かないと理解できない頭の悪さだ。
つまるところプライドの高い無能として社内で孤立していた。
周りの同期は先輩からも信用を得ていて、仕事を教えてもらえている。
俺はそれを盗み聞きしたり、盗み見して、家で調べて手を動かし追いつくといったやり方をしていた。
もちろん質も効率も悪く、新入社員に仕事で追い抜かれるのも時間の問題だろう。
かと言って、辞めるという選択肢に舵を振り切れないのが自分の弱さだ。
仕事をしていない人間には救いなどなく、ひたすら残酷な現実が待ち受けている。
収入源を失えば、自分の低収入では野垂れ死ぬのが見え透いている。
所得税、住民税、社会保険料…そして毎月の家賃、食費、光熱費など、最低限度の生活を送るだけでも、生きる力を差っ引かれていく。
なんで俺って生きてるんだろう、なんのために生きてるんだろう。
今日もPMに作った資料を詰められる。
このフローはどういった理屈で動いているのか?
想定外の動きにはどう行った挙動をするのか?
俺は正確には把握していない。なぜならシステム開発をしているのは先輩で、俺はその補助として資料作りをしている。そして何故か説明も丸投げされている。
できる事がない無能は資料作りの役として回されるのだ。
「君って何年目だっけ?次から別の人を呼んでもらえるかな?」
「はい…」
基本的に君って何年目?という質問は煽りだ。
まぁ事実まともな説明は出来ていなかった。
そして、先輩に質問しようものなら舌打ちをかまされる。
「すみません小杉さん、この動きがわからなくて、流れを教えて頂けないでしょうか?」
「……」
しばしの沈黙、聞こえていないという事はないだろう。
「あの…」
そう言いかけた瞬間。
「チッ、自分で調べろよ…」
「わかるだろ、そんくらい…」
いつもの小言だ。
心を殺して質問したが、答えは帰ってこない。大事なのは質問したけど答えてくれなかったという事実。
発言した責任を持ちたくないから、質問に答えないのだ。要は先輩が言っていたからですと言ってしまえば、その責任は先輩に帰結する。
だが俺が独断で勝手に調べて勝手に作った資料ならば、ヘイトが向くのは自分だけ。トカゲの尻尾切りはこんなところでも発生していた。
「承知しました、自分で調べて作成いたします。」
そう言って、俺は頭を悩ませながら資料の作成に取り掛かる。
その3分後くらいに、同期の女性社員の泉が先輩に質問しにきた。すれ違いざまにみんな横目で追う感じの小柄で丸顔の巨乳の子だ。
「あの、小杉先輩、わからないところあって…」
「え?どこ?見せてみ?」
さっきとは打って変わって好意的な反応だ。
「あのぉ、ここのプログラムってどこの事なんでしょうか…?」
それは、俺もわからなかったところだ。
「ああ、それはね、この資料見ればわかるんだよね。ちょっと待ってねファイルパス送るから」
先輩が開いていくフォルダを記憶する。
20全体共有>17アップロード>3お客様提供資料
なるほど、そこか。
これが俺の情報取得手段。
「ありがとうございます!またわからない事あったらお伺いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、泉ちゃんなら、いつでもいいよ。飲み込みも早いし。」
チラッと横目で俺を見る。
若干だが、自分の目つきも悪くなるのを感じた。
「ありがとうございます!」
これが、この職場の日常。
実は俺は泉と仲が良くて後からお昼ご飯食べるみたいなご都合主義的な展開はない。
味方0、どこにも居場所などない。
これが、現実だよ。
目を背けるんじゃねぇぞ俺。
異世界転生の逆パターンがあってもいいなと思い、初めて小説を書きました。
読んでくれたら嬉しいです。