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彼女の過ごした十八年間

 ストレスを感じたら、食べる事に走ってしまう。小さな頃から、その悪癖は自覚できるほどだった。

 しかし、食べてしまったことは仕方がないので、その後は運動する事もまた習慣となっていった。

 侯爵令嬢と言う生まれ持った立場では、その悪癖と習慣は家の外では隠さなければならない事だった。


『みっともない癖だこと!』


『お前は、いや良い…。オーロラ、母様の言うことは気にしないで、たくさん食べなさい。運動するんだったら、下のレンとリンも一緒に連れて行ってやっておくれ。時間があれば、父様も見に行くからね。』


『ごめんね…父様、母様』


『お前が謝ることなんて、何もないんだよ。』


 母様が厳しく気位が高いぶん、父様は人の機微に敏感で優しかった。

 兄様はそんな母に似て愚鈍な私を嫌ったが、下の弟たちは父に似て要領の悪い私を庇ってくれた。

 貴族によくある家庭だったように思う。そして、私はそんな家が嫌いではなかった。

 外交を任されていた父は、何かと当たりの強い母から私を離すためなのか、よく私を仕事に連れてまわった。色んな国を見るうちに、将来は私も父のように世界中を飛び回る仕事に就きたいと思い始めていた。


『父様、いつか私が父様を仕事に連れてまわって見せますわ。』


『それは楽しみだな。』


 十三歳になった日に、私に隣国の末の王子に嫁ぐ王命が下された。

 現国王陛下からみて、私の母は姪にあたる。家名であるシャレンドは、由緒正しき保守派の筆頭であった。さらには、私には上に兄がおり、下には弟が二人いたうえに、成人前でまだ婚約者も決まっていなかった。条件だけみれば、これほど政略結婚に向いた人材はいなかっただろう。

 決まったその時から、私の生活は目まぐるしく変わっていった。

 家庭教師が何人もついて、食事のマナーからレシピまで、格上の隣国に早く馴染めるようにと、全てが様変わりしていった。父様に連れられて何度か行った事があったが、正直、あまり馴染身のない文化だったのだけは覚えている。食事が特に口に合わなくて、隠れてメソメソしているところを向こうの末の王子に見つかって慰められてしまった程だった。その王子に嫁ぐのは、正直複雑な気持ちだったが前向きに頑張ろうと気を持ち直した。


 しかし、父であり今代当主でもある慧眼の持ち主は、この生活が始まって一週間ほどで気づいていたらしい。

 私は、この重責に耐えられないと。

 その通り、二月と経たないうちに慣れぬ味付けの食事に、口直しに食べる茶菓子の量が増えていった。そして、運動する時間は全て座学に奪われた。睡眠時間も削られたため、夜に余暇を持つことも出来なかった。

 追い詰められていく心と同調するように菓子が増え、母と兄に叱責を受けた数だけ紅茶に溶かす砂糖が増えた。

 気づいていないのは、母と兄だけで、屋敷中のものが痛ましげな眼差しを私に向けた。

 その頃には、もう、何もかもが手遅れで…私の身体は、醜悪なまでに肥え太っていた。


(あぁ…甘いものが食べたいわ)


 婚儀が1年後に迫り、いよいよ私の醜悪さに歯止めが利かなくなり始めた時だった。

 母が憎々しげな顔で私を睨みつけて、屋敷中に響き渡る声で私を罵り始めた。


『信じられないわ!!末姫様の様に可憐で美しくなれとは言わないけれど、たったこれしきの我慢もきかずに、暴食に走り豚の様に太るなんて!!こんなもの、恥ずかしくて王子どころか誰の目にも触れさせる事ができないじゃない!!?こんな事ならば、お前なんて産まなければよかった!!』


(あぁ…泣いてはだめよ、嗚咽がこぼれてしまわない様に、はやくはやく…お菓子を口に詰め込まなくちゃ)


 母が誉めそやすその末姫を、国王が嫁に出すのを渋った結果が、今の私なのですよ。

 その末姫と此度の政略結婚の見返りに、と兄様が婚約したのも公然の秘密なのですよ。

 何より、美男美女のお2人は、順調に交際を重ねて、今、幸せの絶頂でありますね。

 私とは違い、輿入れ準備だけで済んだ末姫の生活は、今まで通りの変わらない穏やかな生活なのですってね。

 なんだか…もう…全てが、億劫だわ。

 一番聞いてほしい人達には…何にも聞いてもらえないんだもの。

 私の容貌しか、見ないんだもの。


『オーロラ?返事なさい。』


 その時から、私は話せなくなってしまった。だからと言って、隣国の輿入れがなくなるわけもない。

 その一年後、結局声を取り戻せないまま、純白のドレスを着た豚の輿入れと国中から笑われながら、私は隣国へ旅立つ事になった。

 隣国では、そのような醜悪な花嫁は王子の前には出せないと、門前払いされた上にそのまま離宮の塔へ幽閉されてしまった。

 正妃として契約してしまった手前、離縁は契約上は難しかったようで、だからと言って殺すには国際情勢的にまずかったらしい。

 唯一ついてきてくれた老齢の侍女であるベラが、塔への出入りを許されたのだけは、感謝している。


『次に君がまた来てくれたら、僕の国の綺麗な景色を全部みせてあげたいな。食事なんかより、ずっと楽しめると思うから。』


 遠い昔の幼い日の約束に、少しばかり夢みた私が悪いのだろう。

 私のために涙を零すベラに微笑みながら、私はほっと安堵の吐息を何年かぶりに零したのだった。

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