*90* 夢を追いかけて
おひさまがお空のてっぺんに昇るころ。わたしは旧ブルーム城の4階をおとずれていた。
このフロアでは、アカデミー生の授業がおこなわれている。そしてこの時間帯は、ちょうど午前中の授業が終わるころ。
きょろきょろと廊下を見回していたら……見つけた。わたしがさがしていた、ブラウンのロングヘアの女の子を。
「ララ……ララ!」
「…………あら? リオ?」
パタパタと駆け寄ったら、ようやくわたしに気づいたらしい。教材の本をかかえていたララがふり返って、苦笑する。
「ちょっと考えごとをしていて。気づかなくってごめんなさいね」
「じーっ」
「ど、どうかしたの、リオ?」
やっぱり、うん。まじまじと観察をして、わたしは確信する。
──最近、ララの様子がおかしい。
いつもどおりにふるまってはいる。だけどふとしたときにどこか遠くを見つめていたり、話しかけても反応が鈍かったりする。ララがそうなったのは、ここ最近のことだと思う。
それで、最近なにかがあったとすれば……たぶん、わたしが近々ブルームを去る話をしたこと。
うやむやにしていいことじゃないから、わたしはグッとふみ込むよ。
「ねぇララ、わたしになにか言い忘れてることない?」
「言い忘れてること……なんのことかしら?」
「こーらとぼけない。あんなにわたしの話を聞きたがってたじゃない」
──ララは、冒険者にあこがれていた。ごみ捨て場でひろった古い鉄槌で、毎日千回も素振りの練習を欠かさないくらい。
「ね、ララ。わたしたちといっしょに来ない?」
「──!」
はじかれたように、アクアマリンの瞳を見ひらくララ。だけどその表情が、すぐに暗い影をまとう。
「リオの気遣いはうれしいわ。でも、下の子たちがまだちいさいから……」
「往生際が悪いですね」
「……ルル!?」
痺れを切らしたように、ルウェリンがやってくる。スタスタと足早にララへ近寄ったかと思えば、ずい、と至近距離までのぞき込んだ。
「そんなのはただの言い訳です。レオンたちは姉さんが思うほど手のかかるこどもじゃないですし、僕ひとりでも面倒は見れます」
「ルル……でも」
「冒険者に、なりたいんでしょう。僕が姉さんの気持ちに気づかないわけないじゃないですか」
──リオさんたちに、『おねがい』があります。
──姉さんを、連れていってあげてくれませんか。
それが今朝、食堂でルウェリンに『おねがい』されたことだ。
──リオは、冒険者なのよね?
──すごいわ……モンスターと心をかよわせるなんて、ドラマチックで、ロマンチックね!
はじめて会ったとき、ララはそうやって瞳を輝かせていた。ずっとずっとむかしから、冒険者になって旅をすることにあこがれてたんだろう。
だけどララは、旧ブルーム城で共同生活を送るこどもたちのお姉さん的存在だ。みんなのことが心配で、本音を言い出せずにいた。
そのことに気づいたルウェリンは、わたしたちに『おねがい』をしてきたんだ。あと1歩をふみ出せずにいるララの背中を、押してほしいって。
「でも……いいのかしら」
「どうしてそう思うの?」
「だってわたし……ほんとは怖かったの。わたしは怪我をしてもへっちゃらよ。でも、ルルみたいにたいせつなひとが傷ついたらって思うと……怖くなっちゃって」
ぎゅ、と胸の前でにぎられたララの指先は、すこしだけふるえている。
「冒険者になったら、もっとモンスターと闘わなきゃいけないこともあるでしょう? 怖がりなわたしがなれるのかしらって、自信がなくなっちゃって……」
それが、ララの本当の気持ち。独りで思い悩んでいたこと。
「なーに言ってんの。そんなの当たり前っ!」
「きゃっ……!?」
事情がわかったら、なんだか可笑しくなってきちゃった。それでたまらず、バシッと豪快にララの背中を叩いてしまう。
「そんなこと言ったら、わたしなんか毎回アホみたいにビビリまくってるからね?」
「リオにも、怖いことってあるの……?」
「あるある。こう見えて、めちゃくちゃビビってんの。いつもだよ」
まぁ前世からの職業柄、やばいときほど顔に出さないようにしてたもんね。まわりのひとを不安にさせないために。
「怖いけど、わたしひとりじゃ負けちゃうかもしれないけど、みんなのためならって思ったらがんばれる。ララもそうでしょ?」
「みんなの、ため……」
「そう。ララはレオンやルウェリンたちのために必死に闘った。だからコカトリスの弱点を見つけられたの。ララがいたから、怖いモンスターを倒すことができたんだよ」
投げつけたランタンの火が燃え移って、のたうち回っていた。ララの言葉がなかったら、あれからもわたしたちはコカトリスに苦戦をしいられて……最悪、全滅していたかもしれない。
だけどそれは、現実になることはなかった『タラレバ』のお話だ。みんなで力を合わせてピンチを乗り越えた。それでいいじゃない。
「ララ、だれかのために必死にがんばれるあなたは、勇気ある女の子。ララはじゅうぶん強いよ。もっと自信をもって」
「リオ……っ」
目と目を合わせたら、アクアマリンの瞳が潤む。
「姉さんはお人好しすぎるんです。たまにはわがままになったらどうですか」
「ルル……?」
「僕は姉さんに、夢を追いかけることをあきらめないでほしいです」
ここでルウェリンが言葉にしたことが、ララの涙腺を崩壊させたようで。
「ルル〜っ!」
「わっと……!」
「わたしのかわいいルル! あなたは本当にいいこね!」
だばーっと号泣したララが、ルウェリンに抱きつく。
「ありがとう……わたし、もうちょっとだけ勇気を出してみるわ!」
素直じゃないルウェリンが口にした、まっすぐな言葉。それはララに、じゅうぶんすぎるほどつたわっただろう。
「リオも、ありがとう。わたしね……冒険者になりたいの。たいせつなひとを守れる、強い冒険者に!」
わたしに向き直ったララの瞳は、まだ涙で揺らめいている。でもそのまなざしは、雨上がりの空みたいに晴れやかなものだった。
「わたしも、仲間に加えてもらえるかしら?」
気恥ずかしそうに右手をさし出してくるララに、わたしはとびっきりの笑顔を浮かべて、
「もっちろん! いっしょに冒険しよう、ララ!」
と、力強く手をにぎり返す。
そんなわたしたちの様子を、ルウェリンはまぶしそうに見つめていた。