表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/91

*90* 夢を追いかけて

 おひさまがお空のてっぺんに昇るころ。わたしは旧ブルーム城の4階をおとずれていた。


 このフロアでは、アカデミー生の授業がおこなわれている。そしてこの時間帯は、ちょうど午前中の授業が終わるころ。


 きょろきょろと廊下を見回していたら……見つけた。わたしがさがしていた、ブラウンのロングヘアの女の子を。


「ララ……ララ!」

「…………あら? リオ?」


 パタパタと駆け寄ったら、ようやくわたしに気づいたらしい。教材の本をかかえていたララがふり返って、苦笑する。


「ちょっと考えごとをしていて。気づかなくってごめんなさいね」

「じーっ」

「ど、どうかしたの、リオ?」


 やっぱり、うん。まじまじと観察をして、わたしは確信する。


 ──最近、ララの様子がおかしい。


 いつもどおりにふるまってはいる。だけどふとしたときにどこか遠くを見つめていたり、話しかけても反応が鈍かったりする。ララがそうなったのは、ここ最近のことだと思う。


 それで、最近なにかがあったとすれば……たぶん、わたしが近々ブルームを去る話をしたこと。


 うやむやにしていいことじゃないから、わたしはグッとふみ込むよ。


「ねぇララ、わたしになにか言い忘れてることない?」

「言い忘れてること……なんのことかしら?」

「こーらとぼけない。あんなにわたしの話を聞きたがってたじゃない」


 ──ララは、冒険者にあこがれていた。ごみ捨て場でひろった古い鉄槌(メイス)で、毎日千回も素振りの練習を欠かさないくらい。


「ね、ララ。わたしたちといっしょに来ない?」

「──!」


 はじかれたように、アクアマリンの瞳を見ひらくララ。だけどその表情が、すぐに暗い影をまとう。


「リオの気遣いはうれしいわ。でも、下の子たちがまだちいさいから……」

「往生際が悪いですね」

「……ルル!?」


 痺れを切らしたように、ルウェリンがやってくる。スタスタと足早にララへ近寄ったかと思えば、ずい、と至近距離までのぞき込んだ。


「そんなのはただの言い訳です。レオンたちは姉さんが思うほど手のかかるこどもじゃないですし、僕ひとりでも面倒は見れます」

「ルル……でも」

「冒険者に、なりたいんでしょう。僕が姉さんの気持ちに気づかないわけないじゃないですか」


 ──リオさんたちに、『おねがい』があります。

 ──姉さんを、連れていってあげてくれませんか。


 それが今朝、食堂でルウェリンに『おねがい』されたことだ。


 ──リオは、冒険者なのよね?

 ──すごいわ……モンスターと心をかよわせるなんて、ドラマチックで、ロマンチックね!


 はじめて会ったとき、ララはそうやって瞳を輝かせていた。ずっとずっとむかしから、冒険者になって旅をすることにあこがれてたんだろう。


 だけどララは、旧ブルーム城で共同生活を送るこどもたちのお姉さん的存在だ。みんなのことが心配で、本音を言い出せずにいた。


 そのことに気づいたルウェリンは、わたしたちに『おねがい』をしてきたんだ。あと1歩をふみ出せずにいるララの背中を、押してほしいって。


「でも……いいのかしら」

「どうしてそう思うの?」

「だってわたし……ほんとは怖かったの。わたしは怪我をしてもへっちゃらよ。でも、ルルみたいにたいせつなひとが傷ついたらって思うと……怖くなっちゃって」


 ぎゅ、と胸の前でにぎられたララの指先は、すこしだけふるえている。


「冒険者になったら、もっとモンスターと闘わなきゃいけないこともあるでしょう? 怖がりなわたしがなれるのかしらって、自信がなくなっちゃって……」


 それが、ララの本当の気持ち。独りで思い悩んでいたこと。


「なーに言ってんの。そんなの当たり前っ!」

「きゃっ……!?」


 事情がわかったら、なんだか可笑しくなってきちゃった。それでたまらず、バシッと豪快にララの背中を叩いてしまう。


「そんなこと言ったら、わたしなんか毎回アホみたいにビビリまくってるからね?」

「リオにも、怖いことってあるの……?」

「あるある。こう見えて、めちゃくちゃビビってんの。いつもだよ」


 まぁ前世からの職業柄、やばいときほど顔に出さないようにしてたもんね。まわりのひとを不安にさせないために。


「怖いけど、わたしひとりじゃ負けちゃうかもしれないけど、みんなのためならって思ったらがんばれる。ララもそうでしょ?」

「みんなの、ため……」

「そう。ララはレオンやルウェリンたちのために必死に闘った。だからコカトリスの弱点を見つけられたの。ララがいたから、怖いモンスターを倒すことができたんだよ」


 投げつけたランタンの火が燃え移って、のたうち回っていた。ララの言葉がなかったら、あれからもわたしたちはコカトリスに苦戦をしいられて……最悪、全滅していたかもしれない。


 だけどそれは、現実になることはなかった『タラレバ』のお話だ。みんなで力を合わせてピンチを乗り越えた。それでいいじゃない。


「ララ、だれかのために必死にがんばれるあなたは、勇気ある女の子。ララはじゅうぶん強いよ。もっと自信をもって」

「リオ……っ」


 目と目を合わせたら、アクアマリンの瞳が潤む。


「姉さんはお人好しすぎるんです。たまにはわがままになったらどうですか」

「ルル……?」

「僕は姉さんに、夢を追いかけることをあきらめないでほしいです」


 ここでルウェリンが言葉にしたことが、ララの涙腺を崩壊させたようで。


「ルル〜っ!」

「わっと……!」

「わたしのかわいいルル! あなたは本当にいいこね!」


 だばーっと号泣したララが、ルウェリンに抱きつく。


「ありがとう……わたし、もうちょっとだけ勇気を出してみるわ!」


 素直じゃないルウェリンが口にした、まっすぐな言葉。それはララに、じゅうぶんすぎるほどつたわっただろう。


「リオも、ありがとう。わたしね……冒険者になりたいの。たいせつなひとを守れる、強い冒険者に!」


 わたしに向き直ったララの瞳は、まだ涙で揺らめいている。でもそのまなざしは、雨上がりの空みたいに晴れやかなものだった。


「わたしも、仲間に加えてもらえるかしら?」


 気恥ずかしそうに右手をさし出してくるララに、わたしはとびっきりの笑顔を浮かべて、


「もっちろん! いっしょに冒険しよう、ララ!」


 と、力強く手をにぎり返す。


 そんなわたしたちの様子を、ルウェリンはまぶしそうに見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ