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*88* ざわめくティータイム

 なんて言葉を返したらいいんだろう。


 頭のなかがぐちゃぐちゃで、なにがなんだか。


 長い長い沈黙をやぶったのは、お父さんだ。


「だが、十五年だ。十五年かけて、やっと私はこの地位までのぼりつめた。『悪魔狩り』を主導していた神官たちを追い出し、神殿内で意識改革もおこなった。すべては、またおまえと暮らすためなんだよ、リオ」

「お父さん……」

「おまえを脅かすものはなにもない。だからまた、私といっしょに暮らそう。さびしい思いをさせてきた埋め合わせをさせてくれ。私がいる限り、だれにも文句は言わせないと約束する」

「それは……わたしに、神殿へ来いということ?」

「そうだ。おまえの魔力は命の泉のごとく澄んでいて、なおかつ純度が高い。癒やしの効果に突出した魔力だ」


 傷ついたひとびとを癒やす役目は、神殿でも果たせる。


 それなら家族はいっしょにいるべきだろうという理由で、お父さんはわたしを神殿へ誘っている。


 大神官ともなれば、貴族でいう侯爵位相当の地位をもつ。そんなお父さんに、正式に娘として迎えられるんだ。


 その日暮らしをしていた平民からして見れば、魅力的な提案だろう。


「……ごめんなさい」


 だけど、差しのべられたお父さんの手を取ることはできなかった。


「……なぜだ?」

「わたしには、ノアやユウヒ、エル、ヴァンさん……だいじなひとたちがたくさんいます。神殿に入ったら、いまみたいにみんなと会えなくなる」

「行動範囲に制約はあるが、一生会えなくなるわけではない」

「わたしは、いまのままがいい。みんなといろんなところに行って、冒険するいまが好きなの。だから、お父さんといっしょには行けません。ごめんなさい」


 お父さんはわたしのためを想ってわたしを遠ざけて、そのせいでわたしは孤独な思いをした。


 そしてわたしはお父さんの気持ちも知らず、なんならクソ呼ばわりもしたかもしれない。


 もう、おあいこにしようよ。


「わたしのこと、守ってくれてありがとう。そのことが知れただけで、充分です」


 わたしが苦しんだことにも意味があったなら、それでいい。



 おもむろに、お父さんが立ち上がる。無言で、なにを考えているかはわからない。


 怒らせたかな。また突き放すようなことを言って、酷い娘だよね。幻滅されてもしかたない。


「……リオ……」


 でも、次にわたしを呼んだお父さんの声は、ふるえていた。


 ソファに座るわたしのそばにひざをついて、すがるように見つめてくる。


 わたしを胸もとに引き寄せ、きつく抱きすくめるお父さんの腕を、拒むことができなかった。


「気持ちは、変わらないのか」

「わたしは『薬術師』としてはまだまだひよっこだし、知らないこともいっぱいある。だから、世界中を見てまわりたいの。冒険が、わたし自身の成長につながるって信じてるから」


 何年かかるかわからない。それでも。


「わたしが一人前の『薬術師』になったら……お父さんのところに、行ってもいい?」


 そっと、お父さんの背に腕を回す。すると、わたしを抱く腕に力がこもった。


「アリア……やはりこの子の性格は、君譲りだな」

「え……?」


 アリア。お母さんの名前だ。


 顔は覚えてない。わたしを生んですぐに、家を出て行っちゃったはずだけど……


「これも、神の思し召しなのか……私はただ、もう家族と離ればなれになりたくないだけなのに」


 ……あれ?


 そういえば、わたし、どうしてお父さんとお母さんが離婚したんだって思ってたんだろう。


 仲違いしたなんて、お父さんの口から、一度も聞いたことはないはずなのに。



 ──おかあたん、どこ?


 ──リオのママはね、遠いところに行ってしまったよ。



 あぁそうだ、お父さんはむかし、言っていたじゃない。



 ──でも大丈夫だ、ママは、いつかきっともどってくるから。



 そうだ……思い出した。それじゃあ。


「お母さんは……いま、どこにいるの?」


 うわごとのように問いかける。すぐに答えはない。


 わたしと目線を合わせたお父さんは、薄く笑みを浮かべて、


「それが知りたければ、神殿へおいで」


 とだけ告げた。……ずるい答えだ。


 どうあがいたって、わたしが神殿へ行かなければならない理由ができてしまったから。


「さて。今回この街で起きたモンスター襲撃事件について、神殿へ情報を持ち帰らなければいけない。私もそろそろもどらねば。名残惜しいが……そう遠くないうちに、また顔を合わせることになるだろう」

「え? それってどういう……」

「ヴァネッサ、それからエリオルに、あいさつをしなくてはいけないな。短いあいだだが、娘を頼むとね」


 お父さんの言葉は、絶妙に核心をつかない。それについて、言及もさせてくれない。


「そうだ、リオ。ノアくんと言ったか。彼とはうまくやっているのかい?」


 そして脈絡のない話題に、わたしは終始ふり回されるばかりだ。


「ノア? もちろん。ノアは頭もいいし器用だから、お仕事も手伝ってもらってるよ。ノアがどうかしたの……?」

「見覚えがある気がして。私の気のせいかもしれないがね」

「見覚え……」


 ノアとお父さんは、この街で会ったのが初対面のはずだけど。


 そっくりさんを見かけたとか? でもノアほどの美男子が、そうホイホイ出歩いてるはずもないし。だとしたら……


「ノアくんにも、よろしく伝えておいてくれ」


 なにを思って、お父さんはそう言ったんだろう。


 結局聞き出せないまま、ささやかなティータイムは終わりを告げる。


「最後にひとつだけ。私はいつでも、おまえのことを想っている。愛してるよ、リオ」


 どこか釈然としないわたしとは裏腹に、わたしを抱きしめて、おでこにキスをしたお父さんは、満足げだった。

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