*82* 任務達成報酬
日中にも関わらず、モンスターにブルームの街が襲撃された日。
街で暴れていたモンスターたちが、突然あわてふためいたように逃げ出したらしい。
「モンスターの正体は、『死体』です。各員、火魔法による討伐に当たるように」
エルを通して冒険者ギルド、商団ギルドに情報が伝達されたあとは、早かった。
逃げまどう『デベディ』たちを、両ギルドが連携して一掃。初級の火魔法で一網打尽にできるほど、拍子抜けするような幕引きだったそうだ。
おそらく、コカトリスの『デベディ』が『デベディ』たちを牛耳っていて、リーダーを倒された群れが統率を失ったというのが、エルたちの見解だ。
『デベディ』の残党が一匹残らず討伐されたいま、ブルームの夜を脅かす存在はない。
あれから三日。わたしは呼び出しを受け、冒険者ギルドへ向かう。
そこで任務達成報酬として二百万ゴールドと、『ギルド認定調教師ライセンス』、そして『Aランク冒険者ライセンス』を受け取った。
「ひぇぇ……二百万ゴールドって、これまで一年かけて稼いでた金額じゃん……それに、DランクからAランク……こんなエグい飛び級昇格って、ほんとにあるんだ」
ずしりと重いお財布と、ゴールドのカード型ライセンスをマジックバッグにしまいながら、ふるえが止まらない。
このブルームの街で、たったひとりの治療師として傷病者の治療に当たったこと。
それも解毒困難なコカトリスの毒におかされたひとを、複数人治療したこと。
さらにS級モンスターであるドラゴンと『契約』し、『デベディ』の討伐に貢献したことが評価されて、この異例措置らしい。
冒険者ギルドの応接間で高そうなソファーに座らされて、いかにもお偉いさんなダンディなおじさまが丁寧に説明してくれたけど、ビビって半分も聞いてなかったかもしれない。
「あるじさまが、いっぱいがんばってたからなのですよう! ユウヒはちゃあんと、見てましたです!」
ひょっこりとわたしの視界に映り込んで、まぶしい笑顔を炸裂させたのは、少年のすがたのユウヒだ。
『ギルド認定調教師ライセンス』発行に当たり、『契約』したモンスターの登録をしなければいけなかったので、ユウヒもつれてきたわけなんだけど……はりきったユウヒが、強火のほうのドラゴンに変身してみせたもんだから、もう大変。
めったにお目にかかれないドラゴンに興奮したスタッフに取り囲まれて質問攻めにあったり、血が騒いだ冒険者たちに勝負を挑まれたりで、てんやわんやの大騒ぎよ。
結局、中火のほうのかわいいユウヒ(人間)にちぢんでもらうことで、なんとか騒ぎから抜け出すことができた。
黒いレンガの建物から出てきたころには、空は一面オレンジ色。
どっと疲れているわたしとは正反対に、おててをつないだユウヒはうれしそうだ。
(この人懐っこい子が、みんなのために、手強いモンスターを倒したんだよなぁ)
わたしだけの功績じゃない。だとしたら、無邪気で無欲なこの子にわたしがしてあげられることは、めいっぱい甘やかしてあげることだろう。
「よーし、お給料もたくさんもらったことだし、ちょっとお買い物して帰ろう」
「はい、にもつもちですね。ユウヒ、ちからもちなので、できます!」
マジックバッグから大きめのバスケットを取り出してわたすと、ユウヒがはりきって受け取った。それをほほ笑ましく思いながら、大通りの向こうを指さす。
「あっちの果物屋さんに、『これいっぱいにリンゴください』っておねがいしておいで? ユウヒのだいすきなアップルパイ、とびきりおっきいのをララたちに作ってもらおう?」
「わぁあ……! はいです! すみません、リンゴさん、いっぱいくださ~い!」
エメラルドの瞳をきらきらと輝かせて、ぱたぱたと駆けていくユウヒのあとを、くすくすと笑いながら追いかける。
「はいよー……あら? もしかしてアンタ、噂の薬術師のお嬢ちゃんじゃないかい?」
そうしたら、果物屋のふくよかなおばさんが、ユウヒと、あとからやってきたわたしを見て、目を白黒させた。
「え、わたし、噂になってるんですか?」
「そりゃあねぇ! だってこのぼうや、ファイア・ドラゴンなんだろ? こんなに鮮やかな赤い髪の子はブルームにはいないから、すぐわかるよ。つまりアンタが、ドラゴンをつれた薬術師。まだ若いのにこの街を救った、救世主ってわけだ!」
「あはは……なんか、壮大な話になってますね」
言われてみれば、いろんなところから視線を感じる気が。
「あの子が、例の薬術師?」
「ドラゴンつかいなんだって!」
「酷い怪我や猛毒を、あっという間に治したらしいぞ」
「ほぉ、若いのにすごいのぉ」
どうしよう、こどもからお年寄りまで、道行くあらゆるひとの視線を感じる。前世も含め、こんなに大勢から注目された経験のないわたしは、冷や汗が止まらない。
「いやもう、たいしたことはしてないんで、勘弁してください、マジで……」
「なに言ってんだい! アンタのおかげでモンスターがいなくなって、アタシたちも元の生活にもどれたんだよ。その恩人に礼のひとつもできないなんて、ブルームの民の名が廃るってもんさね! ほれ、もってきな!」
「わわっ!」
ユウヒのもつバスケットに、ひょいひょいとリンゴを放り込んでいくおばさん。バスケットが真っ赤なリンゴで山盛りになると、今度は別のリンゴをわしづかんで、わたしに押しつけてきた。
まってこのリンゴ、皮がキンキラキンの黄金なんですけど!?
「『ブルーム・ゴールド』、ウチでつくってる最高品質のリンゴさ。かじりついたら、あふれる蜜と瑞々しい食感にヤミツキになる。これを食べてたらのども渇かない。お代はいいから、もっと持ってきな、ほらっ!」
「あわわ……こんなにたくさん、受け取れないです!」
「細かいことは気にすんじゃないの!」
あわてて遠慮するけど、ひょいひょいとわたしに黄金のリンゴを押しつけてくるおばさんの手は止まらない。
「ウチのリンゴを食べたら、ほかのものじゃ満足できなくなっちまうよ。そしたらまた、リンゴを買いにこの街に寄ってくれたらいいさ。サービスするからね。ブルームの民を助けてくれて、ありがとね!」
最後にパチンッとウインクで、とどめを刺された感じだ。
わたしの作った薬で、わたしの治癒魔法で、だれかを助けることができた。
……うれしい。
「はい……ありがとうございます。また来ます。かならず」
「ユウヒもうれしいです! ありがとうございます~!」
街のひとたちのあたたかいまなざしが、くすぐったい。
深々と頭をさげて、ユウヒといっしょに、夕焼けに染まるブルームの街を歩き出す。
「みなさん、おやさしいですね。……おいしいアップルパイを作ってもらって、ノアにいさまも、げんきになってくれたらいいんですけど」
旧ブルーム城へと帰る途中、ぽつりと、ユウヒがこぼした。
「うん……そうだね」
つとめて気丈に笑ってみせるけど、わたしの胸は、ぎゅっと締めつけられた。