*81* ふたりぼっちの未来図
「大丈夫大丈夫。あと数回治療すれば、きれいさっぱり毒もなくなるからね。もうちょっとがんばろうね!」
「はい……リオさん。姉さん……ごめんなさい。お手伝いができなくて」
「やーね、お料理もお洗濯も、みんなでやってるから気にしなくていいわ。それより、昼食にしましょう? いっぱい食べて体力をつけて、はやく治しましょうね!」
「……はい」
「いいこね。待ってて、わたしの可愛いルル」
にこにことルウェリンに笑いかけたララが、ルウェリンの頭をひとなでして、足取りも軽く部屋を出ていった。
「だからルルじゃないです、ルウェリンです」って不満げな訂正が入るかと思ったけど、ララを見送るルウェリンの表情が、なんていうか……
「ルウェリン? どうしたの?」
十四歳という年のわりに賢くて、手先も器用で、物言いも遠慮がないから、冒険者のおじさんたちに「生意気小僧」と呼ばれているルウェリン。
わたしに対してもわりと初対面から遠慮がなかったルウェリンが、ひどく感傷的な表情をしていたんだ。気にもなる。
「……あぁ、すみません。考え事をしていました」
「ララのこと?」
「やっぱり、わかります?」
「そりゃ、あれだけ姉さん姉さん言ってたらね」
「ですよね」
苦笑したルウェリンが、ふと視線を落とす。その手は、ぎゅっとシーツをにぎりしめている。
しばらく沈黙があって、ルウェリンが重い口をひらいた。
「リオさんだから、言いますね」
「うん」
「僕と姉さんがはじめて会ったのは、二年前のことなんです」
ララとルウェリンは姉弟だ。だからこそ、ルウェリンの言葉を理解するには、少し噛み砕く必要があった。
「僕の親は博打だとか浪費癖のある最低な人たちで、兄弟が何人もいましたが、みんなろくに食事も与えられていませんでした。それで、はたらきにも出せない、兄弟のなかで一番貧相だった僕が、口減らしのために真っ先に捨てられました。十歳のときのことです」
まだ幼い少年を襲った悲劇。それからルウェリンは、がむしゃらに生きてきたのだという。
だとするなら。ルウェリンが年のわりにおとなびていて、どこか達観していた理由って、もしかして。
「でも、路地裏でドブネズミみたいに生きる薄汚い僕を……姉さんが、見つけてくれたんです」
ルウェリンは語る。ララも天涯孤独の身だったと。
「家族がほしいの」と、しきりに話していたと。
そうして、ひとりぼっちだったルウェリンとララは、家族になった。
「どこか抜けてて、いつも笑顔で、底抜けに明るい姉さんを見ていたら、親への嫌悪感とか、憎悪とか、どうでもよくなりましたよ。そんなくだらないことより、姉さんのことを考えているほうがずっとしあわせだって、気づきましたから」
ブラウンの髪に、アクアマリンの瞳のララ。
一方でルウェリンは、ハニーブロンドの髪に、アメシストみたいな紫色の瞳だ。顔立ちだってまったく似ていない。
その理由は、血のつながらない姉弟だったから。
きっとララは、その慈愛とやさしさで、ルウェリンを守ってきたんだろう。ルウェリンも、それを痛いほど理解してるんだろう。
「姉さんが愛してくれてるのはわかります。でも、最近はそれが、もどかしいんです。僕はどうしたって、姉さんにとって弟でしかないから」
「ルウェリン……」
さすがのわたしも、ルウェリンがなにを言いたいのか、わかるよ。
「頼れる男になりたい。そう思ってたのに……姉さんのほうが、モンスターをぶっ飛ばしてやっつけちゃったんです。僕はなにもできなかった……笑っちゃいますよね」
「それは違うよ」
ルウェリンが無理に笑おうとするから、たまらなくなって、思わず声が出た。
「守りたいものがあったから、ララは強くなれたの。ルウェリンがいたからなんだよ。だから、ララが守ってくれたルウェリンを、ルウェリン自身が否定しないで」
「っ……」
はじかれたように見ひらかれたアメシストの瞳が、わたしを映す。
ルウェリンはぐっと唇を噛むと、うつむき、こぶしを硬くにぎりしめる。
「それにね、ルウェリンは、わたしも持ってない素敵なものを持ってる」
それはなんですか、と訊かれるのはわかりきっていたので、先手を打つことにする。
「ねぇルウェリン。恋をするって、どんな気持ち?」
「リオさんって、けっこうグイグイきますよね」
ルウェリンはそう言うと、
「抱きしめて、キスしたら、しあわせすぎて死んでしまうかもしれない。そんな気持ちです。実践はこれからですけどね」
って、冗談めかしながら、はにかんだ。