*79* 花は恋わずらう
「エル……ふぅ、んっ……」
強烈な花の香りにあてられて、とたんにからだが熱を持つ。息が上がって、うまく呼吸ができない。
そんなわたしの頭上で、くすくすと可笑しげな笑い声がこぼれた。
「ふふっ、香りだけで、気持ちよくなっちゃいましたか? 顔がとろんとして、可愛いです」
「……エルのせい、ですからね……」
甘い香りに意識を持って行かれそうになる寸前で、なんとかこらえたわたしだけど、手足にうまく力が入らない。
脱力してへなへなとくずれ落ちそうになるところを、エルに抱きとめられた。
「ごめんなさい。戦闘中もそうなんですけど、どうも興奮すると、オーラが暴走してしまうんです。リオが相手だと性的に興奮もするので、抑えられなくなってしまうんですよね」
「んなっ……!」
エルは悪びれもなくくすくすと笑いながら、抱きしめたわたしの頭を楽しそうになでている。
エルのオーラは、花びらや甘い香りとなって発現する。エルのそばにいるときにただよう甘い香りに波があったのは、そのときのエルの感情、つまり興奮の度合いが影響していたからだ。
オーラは魔力の凝縮体。特にエルの花のオーラは、正常な判断力を奪う、甘い甘い媚薬のような効果を持っている。
それをモロに浴びてしまったせいで、からだが熱くて熱くてたまらない。エルに指先でふれられるだけで、びくんっと反応してしまう。
「こんなの、ずるい……エルの、ばかぁ……んっ」
なけなしの反撃をしてみる。涙目で、たいした攻撃力なんてないだろうけど。
「リオこそ、強情です。早く僕のものになってしまえば、楽になれるのに」
「ひぁっ……んん」
耳もとで低くささやいたエルが、かぷりと、耳朶に噛みついた。
「ねぇ、リオ。早く……堕ちて。僕と同じところまで」
熱い吐息をわたしの耳に吹き込みながら、エルがするりと指先で腰をなぞる。それが、合図だった。
「んむぅっ……ふ、んっ、んんっ……」
腰を引き寄せられて、噛みつくように、エルに唇を奪われる。舌もねじ込まれて、あっという間にわけがわからなくなる。
角度を変え、深さを変え、舌を絡めるキスがくり返されるうちに、薔薇の香りがひときわ濃密なものへ変わる。
「んっ……は……おや、リオ。もう限界ですか?」
吐息をもらして唇を離したエルは、わざとらしく問いかけてくる。この確信犯め。
(たべられてる、みたいだった……)
呼吸をする暇もないほどの、キスの雨だった。
最近気づいたけど、エルは体力おばけだ。比例して性欲も強い。そんなエルに襲われて、無事なわけがない。
「……うぅ、たてない……」
「ちょっと、やりすぎましたかねぇ」
「ちょっとじゃないです……エルのばかぁ」
腰が砕けてしまったわたしは、泣きべそをかきながら、エルの胸にポカポカとパンチをする。
「夜どおし治療をしていたでしょう? こうでもしないと、あなたはまたお仕事を始めそうなので、強硬手段をとらせていただきました」
「むぅぅ……」
「ときには休息も必要ですよ。さぁ、お部屋にもどりましょうね、お姫さま? 僕がエスコートいたします」
「ぐぬぬ……はい」
なんだろう、まんまと丸め込まれた感じ。
要するにエルは、寝ずにヴァンさんたちの治療をしていたわたしを休ませるために、オーラまで持ち出してきたと。
悔しいけど、エルの手を取って、おとなしくお姫さまだっこをされる。
奇跡的に、回廊でだれとも遭遇しなかったことだけが、救いだ。
「……愛してる、なんて陳腐な言葉では、この想いはもう、言い表せないのかもしれませんね。ふれあうほど、あなたに惹かれてゆく」
やっとひと息ついて、疲労感からまどろんでいたころ。
わたしをベッドに連れて行ってくれたエルが、髪を梳きながら、なにかを言っていたような気がする。
「リオ。僕だけの女神……どうか僕に、ほほ笑んで」
かすむ視界で、泣きそうに笑うエルを目にした。
それが、最後におぼえていたことだ。