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*78* 逃亡、そして失敗

 翌朝のこと。


「これはもう、リオちゃんをお嫁さんにもらうしかないなって本気で思ったわ、私の」

「頭おかしいですね。まだ毒にやられているんですか?」


 個室に移ったヴァンさんの様子を見に行ってみると、真顔のエルにツッコまれている場面に遭遇した。


「ひっどーい! エルが冷たーい! 私のこと、ぐすぐす泣きながら心配してくれたんじゃなかったのー!?」

「泣いてませんし、別段冷たくしているつもりはありません。いつもどおりです」

「このツンツン男め! 可愛げがないんだから! そんなだからリオちゃんにフラれるのよ!」

「ほう……聞き捨てなりませんね。どうやら、あなたとは肉体言語による話し合いが必要なようです」

「きゃーっ! 私病人! 暴力はんたーい!」

「こんなにやかましい病人がいてたまりますか。あと僕はフラれたわけではないです。進展がないように見えるのは、まだ本気を出していないだけです」


 えーっと……うん。わたしが口をはさむヒマもないくらい、マシンガン級の言葉の応酬だ。


 病衣のままさわぐヴァンさんが、エルにつかみかかろうとしたときだ。ため息をついたエルから、ビシィッとデコピンをされ、「あうっ」とベッドに倒れ込む。


 うん……? けっこう容赦ないね、エル?


「おや? あぁリオ、おはようございます。今日も清々しい朝ですね」


 部屋の入り口で失笑していたら、わたしの気配に気づいたらしいエルがふり返って、にっこりとほほ笑んだ。向き直って、両腕を広げてすらいる。それはなんでしょうか、ハグ?


「あら! 待ってたわよ、私のエンジェルちゃん! エルに冷たくされて悲しいの、ぎゅーってハグして慰めてほしいなー?」


 ヴァンさんもヴァンさんだ。猫なで声で、甘えたようにわたしを見つめてくる。


「おはようございます、エル、ヴァンさん。お元気そうでなによりです?」

「えぇ、このとおりヴァンはやかましいくらいに元気なので、ご心配はいりません。それよりリオ、お疲れではありませんか? 僕の部屋でハーブティーをお出ししましょうか」

「あーっ! そうやって隙をついてリオちゃんを襲う気ね! 朝っぱらからやらしいわー、ヤるなら徹底的にヤりなさいよね! 確実に手篭めにして、なんとしてでもリオちゃんをカーリッド家(うち)に連れ帰るのよ!」

「ヴァンもああ言っていることですし、行きましょうか」

「えぇっ!? そこ否定しないんですか! あのっ、エルっ!?」


 なんでだろう。ついさっきまで口喧嘩していたふたりが、いまでは結託してわたしをハメようとしている。変なところで息ぴったりすぎじゃありません!?


「恥ずかしがることはありませんよ。ぐっすり眠るために、必要な『運動』をするだけです。なので……ね?」

「ひぃぃ……!」


 なんでわたし、色気ダダ漏れのエルから誘惑されてるんだろう。朝の往診に来ただけなのに。


「あっ! そういえばまだ用事があって!」

「どこへ行くんですか、リーオ?」


 親指を立てたヴァンさんのまぶしい笑顔に見送られ、部屋を後にしたわたしは、思いきって逃走をこころみる。


 とはいえ、エルから逃げられるはずもなく。


 一瞬で捕獲されたわたしは回廊の壁に押しつけられ、目の笑っていないエルの腕の中に閉じ込められてしまった。


 追い討ちのごとく、鼻を刺激するものがあって。


(あ……甘い香り……エルの……)


 はじめはほのかに香る程度だったそれは、エルの蜂蜜色の瞳に捉えられてしまったとき、薔薇の香りのようにぶわりと濃密なものへ変化する。

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