*77* 輸血
血球の表面には、抗原と呼ばれる目印がある。血球のひとつひとつに、ひとによってかたちの違う旗のようなものが立っていると思ってもらえれば、わかりやすいかな。
この旗のかたちごとに、血液の種類を分類したもの。それが血液型だ。
Aと分類された旗が立っている──つまりA抗原を持っているひとはA型、B抗原を持っているひとはB型。
A抗原とB抗原両方を持っているひとがAB型で、どちらも持っていないひとがO型だ。
「わたしたちの血液には、じぶんとは違うものが入り込んできたときに敵として攻撃する免疫能力があります。この攻撃する役割を担っているのが、抗原に対し、抗体と呼ばれるものです」
抗体は抗原に反応する。抗原の持つ旗のかたちを認識して自己と非自己を判別し、攻撃するんだ。
A型のひとはB抗原に反応して攻撃する抗B抗体、逆にB型のひとは、A抗原に反応して攻撃する抗A抗体を持っている。
AB型のひとは抗A抗体も抗B抗体も持っていなくて、O型のひとは両方持っている。
だから免疫反応による輸血副作用を起こさないために、血液型の一致した輸血が原則だ。
今回、ヴァンさんはB型で、エルはO型。患者と献血者の血液型が一致しない異型輸血となる。
でも幸いなことに、O型のエルの血球表面には、A抗原もB抗原もない。B型のヴァンさんに輸血しても、抗A抗体が攻撃する相手がいない、つまり副作用を回避することができる。
「だから緊急の場合、献血者がO型なら、異型輸血であっても輸血が可能なんです」
「なるほど、理解できました。血液はどの程度必要ですか?」
「四百ミリリットルほど。さっき検査したほうとは別の、左腕から採血させてください」
「わかりました」
エルの理解は早かった。
「ありがとう。こっちの椅子に座ってください」
わたしはお礼を言うと、すぐさま作業に取りかかる。
準備も含め、採血は二十分ほどで終わった。
エルから採血した血液バッグに、わたしが考案した治癒魔法で照射処理をする。
これは人体に害がない放射線照射と同じ効果があって、輸血後、献血者側の血中にあるリンパ球が間違って患者を攻撃しないように不活化させる、最後の仕上げだ。
作業開始から三十分。血液製剤は完成した。
ベッドに横たわるヴァンさんの左腕にルートをつなぎ、輸血を開始してから一時間後。低下していた血圧が、正常の値にもどったのだった。
しかも、それだけじゃない。
「……うそ」
「リオ、なにかまずいことでも?」
「逆です。血圧を上げることを最優先にしてたんですけど……ヴァンさんの回復が、早いんです。ほかの処置が必要なくなったくらいに」
もう一度採血をして、毒の血中濃度を確認してみたら、薄まっているどころじゃない。きれいさっぱり消失していた。
体内で代謝されたにしても、この一時間ほどじゃ、あり得ないことだ。気にはかかるけど……
「これでヴァンさんは大丈夫です。もう心配いりませんからね」
「そうですか」
「エルが協力してくれたおかげですね、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう、リオ」
ベッドのそばで椅子に腰かけ、すこしだけうつむいたエルが、右手を伸ばす。
「……よかった」
エルは息を深く吐き出すようにつぶやくと、眠るヴァンさんのほほを、指先でくすぐるようになでた。
「ゆっくり休んでください……ヴァン」
蜂蜜色の瞳をゆらめかせるエルを見守っていたら、わたしまでうるっときちゃったのは、内緒ね。