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*76* 赤の警報

 大ホールへ到着してすぐ、それまでなんとか会話できていたヴァンさんの容態が、急変した。


「うっ……あ、はっ、はっ……!」

「これは……エル、ヴァンさんをこっちのベッドに!」

「はい、すぐに。ヴァン、しっかり」


 エルがヴァンさんをベッドに横たえたのと立ち代わりに、すぐさまバイタルを確認する。


(発熱あり。呼吸が浅い。まずいな……血圧が下がってきてる)


『デベディ』たちの毒にやられていることを踏まえると、その毒性によってショック状態に陥っていると見るのが妥当だろう。


 トリアージカテゴリーで振り分けるなら、ただちに治療が必要な赤タグだ。


 でも、ルウェリンのほうも意識がない。迅速に治療しなければ、意識障害が残ってしまう可能性がある。


(赤タグの重症患者がふたり……どうする? どうすればいい?)


 頭をフル回転させ、必死に打開策をさぐる私に手を差し伸べたのは、驚くべきひとだった。


「こちらの少年のことは、私が任されようか」


 お父さんだった。落ち着いた様子で、隣のベッドに横たわるルウェリンへ近寄り、おもむろに右手をかざした。


 ぽう……と、淡い光が、ルウェリンを包み込む。


 ルウェリンの苦悶の表情が、ほんのすこしだけど、やわらいだ気がした。


「ひとまず、私の神聖力で毒の巡りを止める。だからおまえは、おまえの思い描く治療に当たりなさい、リオ」


 葡萄酒色の瞳が、わたしを静かに見つめている。


 おまえはどうするんだい、と、あくまでわたし自身の行動を促すようなまなざしだった。


「はい……お父さん。すぐに終わらせるので、ルウェリンのこと、お願いします」


 そうだ、わたしのすべきことは、最初から決まっている。


 すぐにマジックバッグを開けると、ランセットをふたつ取り出す。手のひらサイズのころんとしたこれは、穿刺針が収納された採血用器具で、微量の採血に適したものだ。


 まずヴァンさんの手を取り、人差し指にランセットを押し当てる。パチンッと音がして、バネの力により穿刺針が飛び出した。


 穿刺箇所のまわりをぐっと指圧して、ぷくりと血液の玉ができたら、そこから数滴程度スポイドでとる。


 採取した血液は、あらかじめ用意していたガラスプレートに二滴滴下する。ガラスプレートには撥水性のインクで円をふたつ描いてあって、それぞれの中に一滴ずつだ。


「エル、ちょっと調べさせてもらいたいんですけど、手を出してもらえますか? 利き手のほうで」

「えぇ、かまいませんよ」

「ありがとう。すこしチクッとします」


 ヴァンさんにしたように、エルが差し出した右手の人差し指からランセットで採血をすると、別のガラスプレート上の円に同様に一滴ずつ血液を落とす。


 右上にインクで『V』と書いてあるのがヴァンさん、『E』と書いてあるのがエルの血液が載ったガラスプレートだ。


 今度はマジックバッグから、青色の小瓶と、黄色の小瓶を取り出す。中には検査のための試薬が入っている。


 青色の試薬を左側の円、黄色の試薬を右側の円と、ヴァンさんとエル、それぞれのガラスプレートに同じように滴下する。


 最後に、八の字を描くようにガラスプレートを回せば──出た。


『V』のガラスプレートは、右側の円だけ、粉屑のような沈澱あり。

『E』のガラスプレートは、どちらの円も変化なしだ。


「ヴァンさんはB型、エルはO型ですね。エルのほうは……血中ヘモグロビン濃度(ハーベー)も問題なし」

「リオ、これはなにをしていたのですか?」


 エルはわたしのひとりごとを聞いても、ピンときていないようだった。


 そりゃそうか、血液型の概念がない世界だもん。だったら、これからわたしがしようとしていることは、『とんでもないこと』だろう。


「輸血前検査、です。ヴァンさんに血液を分けてあげてほしいんです。協力してもらえますか? エル」


 予想どおり、わたしの言葉に、蜂蜜色の瞳が見ひらかれた。

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