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*75* でっかいおちびの大活躍

 視界を真っ赤に染めた火柱が、空高くまで燃え上がったかと思えば、ふっと消えゆく。


 吹き荒れる風が凪いで、静けさに包まれる庭園。


 だれもが固唾をのんで見守るなか、かかげた右手を下ろしたクリムゾンレッドの髪の青年が、そっとつぶやく。


「……どうか、来世は幸福に」


 和装に似た黒装束をまとった青年が、両手を合わせ深々と頭を垂れた先では、土が黒く焼け焦げ、ぱちぱちと炎がくすぶっている。


 わたしたちを苦しめたコカトリス……いや、怪鳥のすがたをした三体の『デベディ』たちは、灼熱の炎に焼かれ、骨ひとつ残らなかった。


 硝煙に似た死のにおいを、ふいに吹き抜けた風がさらっていく。


 庭園をいろどる薔薇がそよいで、ほのかな甘い香りが鼻をくすぐる。


 蒼い空のもと、『日常』がもどってきた瞬間だった。


「ユウヒ……」


 無意識のうちに、名前を呼んでいた。


 祈りを捧げていた青年──ユウヒが、背すじをただし、わたしをふり返る。それから。


「はい。どこも痛いところはないですか? 主さまーっ!」

「うわぁっと!?」


 黒い袖と裾をひるがえしたユウヒが、裸足に高下駄みたいな履物のスタイルで、颯爽と駆け寄ってきた。


「おれ、ちゃんとできましたよ! もう大丈夫なので、安心してくださいねっ!」

「むぎゅう……」


 がばっと抱きついてくるところなんかは、天真爛漫なユウヒそのままだ。


 ただし、いまのユウヒは強火のほうのユウヒ。トップモデル級プロポーションをもつエルよりも長身な、美男子さんだ。


 そんでもって、人間より身体能力の高いドラゴンときた。要は、大人ユウヒにぎゅうぎゅう抱きしめられて、窒息寸前のリオさんです。


「ちょっと、でっかいおちび! リオがつぶれるだろ!」

「はっ! これは失礼しました!」


 見かねたノアが助け舟を出してくれて、はっとしたユウヒの腕から解放される。


「力加減がうまくできなくて……主さま、ごめんなさい~!」

「は……はは……だいじょ……いやいやいや、なにしてんのユウヒ!」


 離してくれるだけでよかったんだけど、まさかの五体投地をくり出すユウヒ。流れるような土下座モーションだった。


「わたし平気、ほんと平気! ピンピンしてる! だから立って、ねっ!」

「はいぃ……」


 あわててユウヒの腕を引けば、泣きそうなユウヒが、のそのそと立ち上がる。


「主さまはか弱い人間なんだから、抱きしめるときは、真綿でくるむように、やさしく……以後、気をつけます!」


 わたしはガラス細工かなにかだろうか。


 そこまでしなくていいと思いつつも、硬く心に決めたらしいユウヒが力強くうなずいているので、余計なことは言わず、「そっかぁ~」と頭をなで…………手が届かなかった。ちくせう。


 そうしたら、きょとんとしたユウヒが、エメラルドの瞳をきらめかせて腰をかがめ、頭を差し出してくる。なんだこのでっかくて可愛い生き物。なでなでしてあげた。


 さわがしいくらいの日常の光景を前にして、やっと安心できる。だけど、まだ終わりじゃない。


「毒の治療をしないと。大ホールで受け入れの準備はできてます。みんな手伝ってくれますか?」

「もちろんよ、リオ!」

「みなさんをお連れしましょう。動かないでください。いいですね、ヴァン」

「エルが優しいわ、明日は吹雪かしら……」

「はいはい。いつぞやにご所望だったお姫さまだっこです。今日は特別ですよ」


 ぐったりと意識のないルウェリンをララが背負い、真っ青なヴァンさんは、エルがそっと横抱きにした。


「ノア、大丈夫?」

「おれがおんぶしましょうか、ノア兄さま!」

「いいよ、じぶんで歩けるから」


 ここで毒にやられているのは、あとはノアだけ。


 地面に座り込んだまま身動きの取れないノアが、ユウヒに支えられながら、立ち上がろうとするけど。


「手足に力が入らないんだろう。無理をして歩くと、足を捻る」

「わ……ちょっと」


 うまく踏み出せず、よろめいたノアを、お父さんが支えた。


「君はとても賢いようだから、どうすればリオの仕事を増やさずにすむか、わかるね?」

「……へぇ、それで、リオの好感度を稼いでるつもり?」


 言い含めるように肩を貸そうとするお父さんだけど、ノアがうなずくことはなかった。


「離せ。神殿の関係者なんかの手は借りない」


 苦虫を噛み潰したような顔で、肩に置かれたお父さんの手を払うだけだ。


「えぇ……じゃあ、おれも駄目ですか……?」

「ぐっ……そんなことは言ってないだろ……はぁ、わかった。肩貸して、ユウヒ」

「はいです、ノア兄さま! よーいしょっ!」

「うわぁっ……だから、肩貸してくれるだけでいいんだってば!」


 お父さん相手に絶対零度のオーラを放っていたノアも、ユウヒの無自覚うるうる攻撃にはかなわなかったらしい。


 しぶしぶうなずいたノアは、歓喜したユウヒにひょいっとおんぶされてしまった。ノアに頼られたのが、ユウヒは嬉しかったみたいだ。


「さすがユウヒ! 力持ちだね!」

「お安い御用なのです!」

「俺のこと、こどもみたいにさ……」


 ふてくされたノアがなんかぼやいてるけど、聞かなかったことにして。


「さぁ、みんな急ぎましょう。わたしが治療をします!」


 もたもたしている時間はないから、城内へ駆け出す。


 なにかをじっと考え込んでいるお父さんのまなざしにも、気づかないふりをして。

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