*74* 強火でぶっ放せ!
「『デベディ』……?」
「『デベディ』──『死体』ともいいます。彼らはすでに息絶えたモンスターなんです。いくら攻撃してもまったく効いていないように見えたのは、もう死んでいたからなんです」
「死体が襲ってくるって……そんな恐ろしいことがあるんですか!」
「えぇ、残念ながら。ただ死体ですから、『デベディ』は火に弱いんです。そういった理由で、クエストで討伐されたモンスターを引き取った冒険者ギルドが、必要素材を確保した解体後に必ず焼却処理をしていると、聞いたことがあります」
「そう、だったんだ……」
わたしは、じぶんの無知を恥じた。
薬草採取クエストばかりに精を出していたからとか、そんなのは理由にはならない。
だってわたしも、冒険者なんだ。
『デベディ』に関する知識があったら、もっとうまく立ち回れたかもしれないのに。
「……キヒッ、ケケケッ……!」
不気味な鳴き声と、ゆらゆら蠢くどす黒い煙。
怪鳥のすがたをした死体が、起き上がる。
デタラメなつぎはぎ人形になった死体が、一体、二体、三体。
「まぁ……! ちょっと力不足だったかしら!」
ララが燃える鉄槌をかまえ直す。
「さて。対処法がわかったところで、『デベディ』を文字どおり高火力の火魔法で一掃するのが理想的なのですが、ノアくん」
「……俺もう、魔力すっからかんなんだけど」
ひときわ低い声で、ノアがうなる。当たり前だけど、悔しくてたまらないといった表情だ。
(……わたしも魔術師のはしくれ。攻撃魔法が使えないわけじゃない。火の魔石に、ありったけの魔力を注ぎ込めば……)
ローブの内ポケットのふくらみにふれ、人知れず腹を決めようとしていたときだった。くいと、袖を引かれる。
「あるじさま、ユウヒがいきます」
「──! ユウヒ……!」
そうだ、ユウヒ! たしかにユウヒは、火属性のドラゴンだ。でも戦闘が苦手だったはず。
「あるじさまは『ちりょう』しなくちゃですから、ユウヒにまかせてください」
「大丈夫なの?」
「はいです」
わたしの問いかけに、ユウヒは力強くうなずく。
「はやく、楽にしてあげたいです……」
悲しそうに『デベディ』を見つめるエメラルドの瞳と、切実な声が、ユウヒの心境を物語っていた。
そうだよね。死してなお土に還ることができないなんて、可哀想だ。
この悲しすぎる呪いを、ユウヒは断ち切ろうとしている。やっぱり、ユウヒはやさしいね。
「わかった。わたしにできることがあったら、言ってね」
「じゃあ……ユウヒのこと、ぎゅってしてくれますか?」
「もちろん!」
あの怪物に、立ち向かおうとしてるんだ。緊張していないわけがない。
わたしより小柄なユウヒの手を引いて、ぎゅっと抱きしめる。
じんと熱を持つような体温が、服越しにつたわってきた。
「がんばれ、ユウヒ」
「んん……あるじさまぁ」
そっと頭をなでれば、くすぐったそうにユウヒが身じろいだ。
その拍子に、あざやかなクリムゾンレッドの前髪がするりとこめかみに流れて、ひたいがあらわになる。
そこには、ハートを模したような刻印がある。わたしの右手の甲に刻まれた痣と、よく似たものだ。
ユウヒがわたしを慕ってくれているあかし。わたしとユウヒの、絆のあかし。
とたん、どうしようもなく愛おしくなって、ユウヒのほほを両手でつつみ込み、ひたいの刻印にそっとキスをした。
澄んだエメラルドの瞳が、まあるく見ひらかれる。
「んっ……」
ユウヒが吐息をもらし、色白のほほを朱に染める。
うっとりと蕩けた表情が、わたしの目前にあって。
ビュオウ、と疾風が吹き抜けたのは、その直後だ。
「──魔力充填、完了。出力回路、問題なし」
風が吹きつけるなか、凛と発せられる声が、やけに鮮明に聞こえる。
「討伐所要時間、算出中──完了。推定四十秒。正誤差、負誤差、ともに三秒以内」
右手で風を阻み、なんとか目をこじ開けたわたしは、危うげない足取りで歩み出る青年の背を目の当たりにする。
クリムゾンレッドの髪と、漆黒の衣をなびかせた、エルよりも長身の青年を。
ユウヒがおっきくなったらあんな感じなんだろうなぁ、なんてぼんやり考えて、笑ってしまった。
なに言ってんの。あれは、ユウヒでしょう。
「第三段階、限定解除。これより、戦闘を開始します」
青年──ユウヒが、『デベディ』たちに向かって右手をかざしたとき、風の流れが変わった。
びゅうびゅうと風が渦を巻いて、ユウヒのもとに集まっている。
わかる。感じる。その手のひらに、とてつもない魔力が集束しているのが。
「──燃え尽きろ」
ゴウッ!
突如として、炎が燃え盛る。
風にあおられた炎は、みる間に勢いを増し、巨大な火柱を形成。
そして『デベディ』たちが猛火に飲み込まれる光景を目にしたが最後、わたしの視界は、真っ赤に染まった。