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*71* 地獄に贈る花

 コカトリス三体のうち、一体は首と胴体が泣き別れた。


 残るは二体。どちらもケタケタと不気味な鳴き声を庭園にひびかせながら、わたしたちの恐怖心を煽っている。


 コカトリスがにじり寄るたび、したたるどす黒い血。そこから発生する刺激臭は、風に乗ってわたしたちを襲う。


「エルっ! コカトリスは吐く息や血に猛毒があります! むやみに近づいたら危険──」

「えぇ、わかっています、リオ」


 とっさに鼻と口を保護しながら声を張り上げるけれど、わたしとは対照的に、エルは落ち着きはらっている


「いい子ですから、そこでじっとしていて?」


 やわらかな口調。だけど有無を言わせない笑みだった。


 そう。はじめから、わたしの出る幕なんてなかったんだ。


「これは、地獄への(はなむけ)です」


 ミルキーホワイトの髪をなびかせ、かたちのいい口もとにゆるりと笑みを浮かべたまま、コカトリスと対峙するエル。


 その蜂蜜色の瞳が、獲物を狙う猫……いや、獅子のように爛爛(らんらん)と輝く。


「──僕の愛しいひとを傷つけた罪、その身の破滅をもって(あがな)うことだ」

「アギャアアァアッ!」


 折れ曲がった片翼をひろげ、コカトリスが飛びかかってくる。


 対して、体重を感じさせない足取りでひらりとかわしたエルが、前のめりに体勢をくずしたコカトリスの腹を蹴り上げる。


 軽い身のこなしなのに、どっと鈍い音を立てる、重い蹴りだった。


 宙へ投げ出されたコカトリスに向かって、こんどはエルが一歩を踏み込む。そのとき、足もとから花びらが舞い上がった。


 エルを思わせる白い薔薇の花びら。それが単なる花びらではないことは、淡く発光していることからうかがい知れる。


 水平に薙ぐ斬撃。すかさず、コカトリスの脳天から下半身へ垂直の一撃。


 十字を切るような連撃をへて、コカトリスのからだが、ぱかりと四等分される。


「足りない……まったく満たされませんね」


 容赦なくコカトリスを斬り捨てたエルの声には、落胆がにじんでいる。


 一方で、残る一体のコカトリスへと流れるような視線を送ったとき、にぃっと笑みを浮かべた。


「あなたは、もっときれいに咲き誇ってくれますか?」


 ──ザン。


 華麗な一閃。白銀の刃から放たれた三日月型の衝撃波が、白い花びらをまとい、猛烈な花吹雪となってコカトリスを襲う。


「ヒギィッ……!」


 そして、直撃を受けたコカトリスをからめ取るように、茨と、蕾のかたちをした無数の発光体が出現。


「さぁ、いきますよ」


 白銀の剣をにぎり、手首を返したエルのすがたは、残像だった。


 白い花びらが乱れ舞い、コカトリスの全身にピ……と無数の切れ目が入る。


 直後、コカトリスの頭、翼、胴、足は、一瞬にしてこま切れになってしまった。


「なっ……!」


 わたしがひとつまばたきをするうちに、エルは目に見えない斬撃を何度もくり出していたんだ。


「一滴残らず喰らい尽くしなさい──『聖花剣(フローシア)』」


 エルの言葉に呼応した白銀の刃が、目のくらむようなまばゆい光を発する。


 ふき上がるはずの鮮血はコカトリスの肉片に食い込んだ茨から吸い上げられ、またたく間に真紅に染まった蕾が、無数に花ひらいた。


「あぁ……美しい赤ですね。ふふっ……あははっ!」


 高らかなエルの笑い声がひびきわたり、コカトリスに巣くっていた薔薇がはじけ飛ぶ。


 ひらひら、はらはら。


 あとには、静まり返った庭園に、鮮烈な真紅の花びらが舞うだけ。


「エル……」


 強烈な甘い香りが、あたり一帯に充満している。


 ……エルと接していて、ときおり、花の香りがすることがあったけど、それって。


「そこまでにしておきなさい、エリオル。……つくづく、規格外なオーラだ。リオ、大丈夫かい?」


 濃厚な甘い香りにあてられ、酩酊したみたいにふらついたところをお父さんに支えられたわたしは、ハッとする。


 そういえば、聞いたことがある。


 オーラ。それは、極限まで凝縮した魔力を体外に発散させたもの。


 ソードマスター級の実力者でなければ、あつかうことのできない代物だと。


「僕としたことが、つい昂ってしまいました。ごめんなさい、リオ」


 眉を下げて謝るエルだけれど、いつもより半音高い声は、いまだ興奮の最中にあることを隠せていない。


 慣れた手つきで血を払い、白銀の剣を鞘へおさめたエルが、満面の笑みで歩み寄って来る。


 ととのったその顔を、返り血で濡らしながら。


 さぁっと血の気が引く思いは、わたしのかん違いなんかじゃないだろう。


「エル! コカトリスの血をあびてっ……!」

「はい? あぁ、ご心配なく。僕は大丈夫です」


 さらりと返された言葉は、エルが強がってるわけでもなくて。


「僕、毒だとか、そういったたぐいは一切効かないんです」


 わたしの目線にかがみ、いつものようににっこりとほほ笑んだエルのすがたが、その証明だった。


 ……あり得ない。そのひと言に尽きる。


 薬物や毒物の取り扱いに慣れた薬術師のわたしでさえ、コカトリスの血に、すこし抵抗力があるくらいだったのに。

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