*69* 守るべきものがあるから
真っ白な光に目がくらんで、なにも見えない。
なにが起きたのか、まったくわからない。
なすすべのないわたしのからだを、ふわりとつつみ込むぬくもりがある。
「リオ。私の愛しい子。怖がらないで、目をあけてごらん」
子守唄みたいにやさしい声が、すぐそばで聞こえる。
自由のきかなかったからだが、ふと軽くなる。
おそるおそるまぶたを持ちあげて、わたしを見つめるお父さんを前に、思考停止した。
「お、とう、さん……」
「そう、いい子だ」
愛おしげに葡萄酒色の瞳を細めたお父さんが、ちゅ、とひたいにキスをしてきて。
「パパがいるんだから、怖いことはなにもないよ」
よしよしと、くり返し頭をなでられる。
わたしがこどものころ、怖い夢を見て眠れなかった夜に、そうしてくれたように。
あぁ……そういえば、そうだった。
──リオ、愛してるよ。
お父さんがベッドで添い寝しながら、そう言葉にするのを毎晩欠かさなかったことを、幼心におぼえている。
すくなくとも、この世に生まれてからの三年間、わたしは愛されていた。
愛されていたからこそ、わけがわからなくなるんだ。
わたしを捨てたお父さんを憎んでいるのか、じぶんでじぶんがわからない。
「う……ぁ、うぁああ……!」
ぼろぼろと熱いものが両目からあふれる。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉にならない。
ひざの力が抜けても抱きとめられて、わたしはお父さんの両腕の中。
泣きじゃくりながら、お父さんの胸にすがりつくことしかできない。
「テオ……あんた、どうやって部屋を抜け出したの!」
「それは、いま重要なことではないだろう」
即座に返したお父さんの表情は、淡々としたものだった。
ふと視線をそらしたお父さんにつられて空を見上げれば、頭上に光の防御壁のようなものが展開されていることに気づいた。
依然としてコカトリスが襲いかかってくるけれど、翼が巻き起こした風は、ことごとくはじき返されていた。
「私の神聖力でバリアを張っている。コカトリスの攻撃はこちらには届かないが、ヴァネッサ、君はすでに毒を受けた身だ。これ以上毒が回らないよう、おとなしくしていたほうがいい」
「くっ……!」
毒……そうだ、毒!
お父さんの言葉に、わたしは稲妻に撃たれたかのごとく我に返らされた。
「ヴァンさん、ルウェリン! しっかりして……ノア!」
顔面蒼白で地面にうずくまる三人へ駆け寄る。
コカトリスの吐く息に猛毒があるなら、その血は言わずもがな。血の雨をあび、その毒に三人がむしばまれていることは、一目瞭然だった。
(わたしも毒をあびたけど、動けないほどじゃない……)
薬術師として長年いろんな薬草や毒草をあつかううちに、毒に対してある程度耐性がついたから。
動けないみんなのことを思えば、軽い悪寒がするくらい、なんてことはないはずだ。
「ふぇぇ……ユウヒがどうにかできたらいいんですけどぉ……」
毒をあびたわたしたちの中で、ユウヒだけがなんともない。コカトリスよりも高ランクのドラゴンだから、人間よりも毒への耐性が強いはずだ。
ただ、ユウヒ自身は治療ができるわけじゃない。両ひざをついたノアをささえて、泣きそうになりながらわたしを見上げてくる。
「レオン、姉さん、どこにいるんだ……ねえ、さん……」
紫色に染まった唇で、ルウェリンがうわごとのようにこぼしている。まずい、全身に毒が回りはじめてる……!
(ララたちをさがしに行かなきゃ……でも、みんなをここに置いては行けない! コカトリスだって倒せてないのに!)
どうしよう? どうすればいい?
この場でどうすべきか。なにが最善策か。
考えろ、考えろ、考えろ……!
「……あいつらを、ぶっ飛ばせば、いいんだろ」
緊迫の瞬間。低い声を発したのは、ノアだった。
「コカトリスがいなくなれば、リオが解毒治療に集中できる……俺が、あいつらを全滅させる……!」
「そんなっ、これ以上魔力を消費したら、毒への抵抗力が……いくらなんでも無茶だよ、ノア!」
「無茶でもやるしかないだろ! こっちがやり返さなきゃ、みんな死ぬだけだ!」
「っ……」
そうだよ。ノアの言うことは正しい。
行動に移せないのは、わたしにコカトリスを倒すための実力と勇気がないからだ。
「リオを守るって、あのひとと……エリオルと約束した。俺は、こんなところで負けるわけにはいかないんだよ……!」
もともと、ノアは血が苦手だ。
猛毒を含むコカトリスの血をあびて、つらいなんてものじゃないだろう。
でも、ノアは歯を食いしばって立ち上がるんだ。
フードを脱いだそのサファイアの瞳に、闘志をたぎらせて。
「君……その顔は、どこかで」
なにかに気づいたようなお父さんの声が、頭上でこぼれた直後。
「ぶっ飛べ──『ステラ・ブラスト』ッ!」
ノアの絶叫がひびきわたる。
空高くにかざされたノアの手のひらに、ギュイン、と球体のような魔力が集束。
パチパチと白と黒に明滅する魔力の凝縮体が、ギリギリまで引き絞られた矢のように、瞬間的に解き放たれた。
わたしたちを覆う光のバリアを貫通した一撃が、空中のコカトリスたちをも貫く。
「あれは、光と闇の複合魔法……ほとんど使い手のいない、星魔法じゃないの! それを、ろくな詠唱なしでっ……!」
おどろきに染まるヴァンさんの表情が、ノアの桁違いな魔力、その威力の凄まじさを物語っていた。
「ヒギィアアアァアアアッ!!」
閃光、爆風。
そして庭園をゆるがす、断末魔の叫び。
土煙が消え去ったとき、大きくえぐれた地面に、三体のコカトリスが倒れ伏していた。