表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/91

*68* 危機は突然に

「リオさん、すみません! でも、たいへんなんです!」


 パタパタと駆け寄ってくるルウェリンの顔は、真っ青だ。


「なにがあったの?」

「レオンが……スープをこぼした服を洗濯に行ったレオンが、もどってこないんです。付き添いの姉さんも!」

「うそでしょ、ララもですって!」

「ほんとなんです、洗濯物だけ干してあって、洗濯場のどこにもいなかったんです!」


 たらりとこめかみに冷や汗がつたうのが、じぶんでもわかった。


(待って、洗濯が終わってるのに一向にもどらないのは、おかしすぎる。しかもこのタイミングで……!)


 いまモンスターに襲われているのは、街だ。


 だけど、ふと思い出すことがある。


 この旧ブルーム城も、おなじブルームにあることには変わりないって。


「……あるじさま。いやな風が、ふいてます」


 しんと静けさにつつまれるなか、袖を引かれる感触があってふり返る。


 ユウヒだった。あざやかなクリムゾンレッドの髪を風になびかせながら、庭園のほうを警戒している。


「……血のにおいもするな」


 次いで、顔をしかめたノアが、立ち止まったわたしの一歩前へ出る。


 ただならぬ気配を察したヴァンさんも、腰に提げた剣へ手を添え、すばやく視線を走らせた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……ぶっそうですね」


 静かにつぶやいたユウヒの様子が、一変。



「──上空に敵性反応を感知。防衛体制に移行します」


 

 カッとエメラルドの瞳が見ひらかれた瞬間、ユウヒの周囲で、熱風が巻き起こった。


 ぶわり、と急上昇した熱風が、庭園の上空にすがたをあらわした『影』を飲み込む。



「ギィィ、アンギャァアア!」



 けたたましい叫び声が頭上でひびきわたった。


 熱風に揉まれた『影』は、赤や黄の毒々しい色のトサカを持った、ニワトリのからだにヘビのような下半身をしたモンスターで。


「冗談でしょ……なんでこんなところにコカトリスがいるわけ! しかも群れで!」


 ヴァンさんの叫びが、どこか遠くに聞こえる。


 コカトリス。モンスターに疎いわたしでも、よく知っている名前だ。


 きわめて獰猛な習性を持つことから、冒険者ギルドがさだめる討伐難度はB──通称『空の暴れん坊』だ。それが、三体も。


「まずいっ……みんな、鼻と口をおさえて! コカトリスの吐く息には猛毒がありますっ!」

「シャアアァアアッ!」

「きゃっ……!」

「あるじさま!」


 とっさに鼻と口を手で覆った直後、コカトリスが猛然と羽ばたき、暴風を起こす。


 あまりの風圧に大きくよろめいたわたしを、ユウヒが受けとめてくれる。細いのに、わたしが身動きしてもびくともしない、力強い腕だった。


「させるかっ……『トルネイド』!」


 すぐさまノアがネイビーのローブをひるがえし、両手をかざして魔法陣を展開。緑色のまばゆい光とともに、最大出力の風魔法で、反撃をこころみる。


 ゴウッと空間ごと切り裂くような竜巻が、三体のコカトリスたちに襲いかかった。


「ギャッ!」

「グゥ……」

「ンギィイィイッ!!」


 やったか。


 そう思えたのもつかの間のこと。ノアの『トルネイド』に全身を切り裂かれているというのに、コカトリスたちは羽ばたくことをやめない。白く濁った目が、わたしたちをとらえた。


 毒性を持つモンスターは、薬術師なら知っていて当然なのに。


「あ…………」


 ヘマをした。コカトリスの目を見てしまったんだ。


 コカトリスの視線には、神経を一時的に麻痺させる魔力作用もある。


 まずいと思ったときには、もう遅い。


 ぴしりと、からだが石のように動かなくなった。


「リオ! このっ……うっ!」


 迫りくるコカトリスからわたしを遠ざけるため、魔法を発動させようとするノアだけど、それも叶わない。


 翼が切り刻まれようがおかまいなしに羽ばたくコカトリスたち。その血液が、わたしたちの頭上に降り注いだためだ。


 生温かい真紅の雨が、ジュワ……とローブに染み込む。鼻を突き刺すような刺激臭が、容赦なく追い討ちをかける。


「うぅ……」

「ルウェリン、しっかりしなさい!」


 コカトリスの血にあてられてしまったのか。うずくまるルウェリンを抱きとめたヴァンさんも、顔面蒼白だ。


「あるじさまに、さわらないでください!」

「……ユウ、ヒ……だ、め……」


 ろくに動かせない口をこじあけ、わたしをかばうように前に出たユウヒを呼ぶ。


 この場で動けるのは、ユウヒだけ。でもだめ、だってユウヒは。


「ギギギ、ギャアアァアアッ!!」


 まさに狂ったようなコカトリスの群れが、わたしたちに襲いかかる。


 からだの自由をうばわれ、恐怖に目を閉じることもできない。


 死という言葉が脳裏に浮かんだ、そのときだった。



「──(しゅ)よ。天使に愛されし女神、ラファエリスよ」



 祈るようにひびく声があった。


 視界をさえぎる背中があった。



 純白の神官服とアッシュグレーの髪が、止まったような時間で、網膜に焼きつく。



 見間違うはずがない。


 わたしとコカトリスのあいだに立ちはだかったのは、お父さんだ。



「哀れな者に救済を。慈悲の神炎(しんえん)を以て道を照らしたまえ」



 おだやかな祈りの声とともに、お父さんが手にした白銀の十字架(ロザリオ)を天へかかげた刹那。


 旧ブルーム城に、まばゆい閃光が走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ