*66* この世に神がいるのなら
「この子が、ベッドに転がってたちっちゃいワイバーン? あれま、よくできた人形かなんかかと思ってたよ。え、ワイバーンじゃなくてドラゴンなの? しかも人間とのハーフ? びっくりだねぇ!」
ホールに駆け込んできたのは、ヴァンさん。
ユウヒのことはまったく知らないはずなので、事情をかいつまんで話した。もうエルも知ってることだしね、ヴァンさんに隠す理由もない。
はじめこそおどろいていたヴァンさんも、ユウヒを好意的に受け入れてくれた。
と、ユウヒについての話題が一段落したところで、ヴァンさんに質問する。
「あの、わたしにお話があったんじゃ?」
「街がモンスターに襲われてるんでしょう。真っ先にエルが飛び出してったって聞いたよ」
「はい……あれから連絡がなくて、状況がわからないんですけど」
「こういった事態を想定して冒険者ギルドと商団ギルドが対応のシミュレーションをしていたし、いまは両ギルド関係者が連携して、街のひとびとの避難誘導に当たってるはず」
ヴァンさんがいうには、両ギルド関係者で複数の混合チームを組み、冒険者がモンスターを撃退しながら、商団スタッフが街のひとを避難させているとのことだ。
「旧ブルーム城での対応は私にまかせて。モンスター討伐状況、住民の避難状況はエルから逐一報告があるから」
「エル、大丈夫ですよね?」
「大丈夫。通話の片手間にモンスターぶった斬るくらい、なんてことない男だし。リオちゃんに褒めてもらおうと絶賛フィーバー中だろうから、帰ってきたらキスでもハグでもしてあげて」
即答だった。ヴァンさんはほんとうにエルを信頼してるんだなってわかるし、おどけてみせてわたしの緊張をほぐそうとしてくれていることに、感謝しかない。
「で、ここからはもっと折り入った話なんだけど……テオのこと」
きたな、と。
真剣な面持ちで向き直ったヴァンさんを、わたしもあごを上げて見つめ返す。
「お父さんは、どうしていますか?」
「ひととおり問い詰めてみたけど、笑っちゃうくらいに『大神官さま』だね。神がどうのこうのとか、リオちゃんに会わせろとかやかましいから、部屋に鍵かけて置いてきた。消化不良もいいとこだっての」
お父さんに関して納得いかないことばかりでも、いまはモンスターの襲撃でそれどころじゃない。
鬼みたいな顔をしていたヴァンさんも、ふと息をついたかと思えば、表情をやわらげた。
「ストロベリーピンクの瞳……赤みをおびたその瞳が、おなじカーリッド家の血を引くからだったなんて」
「そう、だったみたいですね」
「こんなときに言うことじゃないけど、先延ばしにしていい問題でもないから、あえて言うよ。リオちゃん、私のところにおいで」
「それは……カーリッド家にってことですか?」
「あなたと私は血のつながった親戚。エルのこと関係なしに、あなたを迎え入れたいと思ってる」
書類上でお父さんとヴァンさんが結婚しているなら、その場合、わたしはヴァンさんの娘ということになる。
「……すごく、ご迷惑をおかけすることになると思います」
「迷惑なわけない。あなたはカーリッド侯爵家の令嬢として、相応の待遇を受けるべきなの」
降って湧いたような令嬢の存在。そんなばかな話があるかと思うけど、実際ほんとうのことで、当事者がわたし自身だってことをいまだに信じられずにいる。
カーリッド侯爵家嫡男、現在大神官さまの私生児。あらためて考えてみると、すさまじい出自だな、わたし。
「返事はいますぐじゃなくていい。考えておいてね」
「……はい」
ヴァンさんの好意に戸惑いしか返せないのが、申し訳ない。
──すべては、おまえを愛していたがゆえだった。
愛していたのなら、どうしてわたしを捨てたの?
捨てたわたしを、いまごろどうしたいの?
お父さんはなにを考えて、なにをしようとしているの?
(頭の中がぐちゃぐちゃで、どうにかなりそう……)
それでも、怖気づかないで、前を見なきゃ。
ノアにエル、ユウヒ、ヴァンさん……みんながいる。わたしはもう、独りじゃないでしょ。
この問題は、いつか直接お父さんと話をして、わたしがじぶんで解決しなきゃいけない。
そのいつかは、きっと間近にせまっている。
なら、いっそのこと。
「ヴァンさん、お父さんのいる部屋に案内してもらえませんか?」
「いまから……? 大丈夫なの?」
「はい。神官なら、神聖力で治療できるんですよね」
そこまで言えば、ヴァンさんもはっとしたように、わたしの考えに気づいたみたいだ。
「『神の祝福』ってやつを、見せてもらいましょう」
この世に神がいるというのなら、証明してもらわないと。
そうだよね? お父さん。