表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/91

*64* 鐘の音が鳴る

「事情はわかったけど。それで、なんでおまえは、あんなに傷だらけになってたの?」


 そうノアが問いかけたとき、はしゃいでいたユウヒが、ふっと笑顔をひそめた。


 ブルームへやってくる前に、目にした惨状。わたしだって忘れたわけじゃない。でも。


「言いたくなかったら、言わなくてもいいんだからね? ユウヒ」


 あれほどの致命傷を負わせられたんだ。ユウヒにとって、嫌な記憶であることは間違いないから。


「……ううん、へいきです。ユウヒ言えます」


 いつの間にか、ここにいる全員の足が止まっていた。


 静まり返った庭園で、しばらく。意を決したようにユウヒが口をひらく。


「ユウヒはもっと山の奥の、おっきな沼のそばで暮らしてました。そしたら、いきなりモンスターにおそわれたんです」

「ドラゴンを襲うとなると、かなり高ランクのモンスターじゃない?」

「そんなのじゃないです。よく見るモンスターです」

「どういうこと?」

「ユウヒもよく、わからないです……いつもなら、ちょっとおどかしたら逃げてくんですけど、ユウヒが追いはらっても、追いはらっても、噛みつかれて、引っかかれて」

「結局、そのモンスターたちは?」

「……しかたなく、燃やしました」


 ノアの質問に、落ち込んだ様子で、ユウヒがつぶやく。


 ユウヒは、とても心優しい性格なんだと思う。


 お花やちょうちょが好きで、はじめて会ったときも、攻撃的な商団ギルドのメンバーに反撃をためらっていたことからもわかる。


 正当防衛だとしても、モンスターたちを倒してしまったことを悔やんでる。優しすぎるんだ。


「くわしいことは、よくわからないですけど……なんか、やな感じがしました。ずっと前から山にすんでたモンスターが、いきなり凶暴になった、みたいな」

「……ほう」


 ユウヒの言葉に反応したのは、エルだ。


 すっと蜂蜜色の瞳を細め、なにやら考え込んでいる。思い当たることがあるひとの反応だった。


 エルほどじゃないけど、ユウヒの話を聞いて、わたしも気になることが。


「突然凶暴化した──似てますよね。ブルームの街を襲うモンスターと」

「えぇ。僕が先日討伐に参加した範囲内でわかることでも、ユウヒさんのお話と一致する点が数多くあります」

「たとえば?」

「まず、街を襲ったのは低級モンスターだということ。種族は一定でなく、さまざまなモンスターがいましたが、いずれにも共通することがひとつ。我を忘れて、狂ったように暴れていたということです。僕が足を切り落とそうが、全身を切り刻もうが、おかまいなしに襲ってきました」

「そんな……」


 エルが血まみれで帰ってきたのは、いくら攻撃しても、モンスターたちが反撃してきたから。


「痛みを感じていないようでした。そもそも、痛みに怯むほど自我があったかすら、さだかではありませんが」


 最近になって、急に低級モンスターたちが凶暴化した。本来ではあり得ないくらい、獰猛に。


 ブルームの現状に、ユウヒの話。とてもじゃないけど、偶然の一致とは思えない。


「このあたりは、やな感じがします。それでユウヒ、あるじさまも怖い目にあったらって思ったら、がまんできなくて、追いかけてきたんです」


 わたしのローブの裾をきゅっとにぎって、いまにも泣きそうなユウヒを前にしたら、もらい泣きしそうになる。


「わたしを心配してくれたんだね。ありがとう、ユウヒ」

「あるじさまぁ……!」


 とうとう感極まって、ユウヒを抱き寄せる。


 ぎゅうっと抱きしめ返してきたユウヒの体温は、ふつうの人間より高くて。熱いくらいのそれが、じんと胸にまでしみわたる。


「どうやらこの件は、僕たちの予想以上に、根深い問題があるようですね。各ギルド関係者をあつめて、対策会議を──」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 前触れもなく、鐘の音がひびきわたった。次の瞬間、エルがはじかれたようにふり返る。


「南の城門の方角……これは、モンスターの襲撃をしらせる警鐘です!」

「うそでしょ!? まだお昼にもなってないですよ!」


 モンスターは夜にしか襲ってこないんじゃなかったの?


 わたしが焦りを隠せないなか、城内のほうからも、だれかが指示を飛ばす声や、走り回る足音が聞こえはじめる。


「ただちに、街のひとびとの避難誘導が必要です。リオ、僕は出撃可能な冒険者のみなさんと街へ向かいますので、あなたは城内で待機を」

「……はい」

「ノアくん、きみは」

「俺はリオの助手だからね。そばを離れないよ。それに、もしあんたがヘマしても俺がリオを守るから、安心して」

「僕がいないあいだ、よろしくお願いします」

「ユウヒも! ユウヒだって、あるじさまの盾くらいにはなれますぅ~!」

「心強いドラゴンさんです」


 この緊急事態でも、エルは冷静だ。


 どうなってしまうのか、不安がないわけじゃない。けど、だめだ。


「お気をつけて」


 エルは強い。負けない。わたしが信じなくてどうするの。


 ふいにエルの右手が伸びてきて、わたしのほほにふれる。


 直後にこつんと、おでこがくっつけられた。


「断言します。いまこの瞬間、僕の勝利が確定しました」


 最後にそう言って、エルはほほ笑む。


 ふわりと、花がほころぶような笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ