*62* 展開がジェットコースター
「ガウ、ガウ」
絶句していると、なにやらおちびちゃんが、わたしの腕からもぞもぞ抜け出した。
それから翼をパタパタと動かして地面に降り立った、次の瞬間だった。
「……グゥゥ」
低いうなり声をあげたおちびちゃんを、光がつつみ込む。
「えっ……なにっ、何事!?」
わたしよりちっちゃかったワイバーンのシルエットが、ぐぐ……と大きくなってゆく。
それからはもう、あっという間で。
光が消え去ると、わたしが見上げるほど──体長三メートルはくだらないクリムゾンレッドのワイバーンが、目の前にいた。
おどろくべきことは、それだけじゃなくて。
『ふぅ……これで、やっとおはなしできます』
「んっ? あれ?」
女の子にしては低くて、男の子にしては高い、中性的な、聞き慣れない声がした。
『あ、こっちです、こっち。ユウヒが話してます』
わたしたちのほかに、だれもいないよなぁなんてきょろきょろしてたら、視界に、ワイバーンの顔が入り込んでくる。
……ちょっと待ってよ。まさかとは思うけど。
「きみが……わたしに、話しかけてるの?」
『はいです』
エメラルドの瞳を細めたワイバーンが、地面に伏せ、わたしの目の前で、長い首を垂れた。
『あらためて、はじめまして。ユウヒといいます』
「ユウヒ……? あれ、おちびちゃんは……?」
『ユウヒです。おしゃべりできて、うれしいです、あるじさま』
クゥン……と鳴いたワイバーンが、甘えるように、わたしのほほに鼻先をこすりつけてくる。
「えっ? わたしが、あるじさま? なんで!?」
「なに? リオ、どうしたの?」
「だってこの子がおちびちゃんで、わたしのことあるじさまって……!」
「リオ。こちらのワイバーンさんが、そう言っているのですか?」
「そうなの? 俺には、だれの声も聞こえないけど」
「……うそ」
ノアだけじゃない。「僕も聞こえません」と言って、エルも首を横にふった。
(この子の声が聞こえない? こんなにはっきり聞こえるのに?)
信じられない気持ちで言葉をうしなっているとき、はっと気づいた。
たしかに、目の前のワイバーンは、口を一切動かしていなかった。
話しかけてくる『声』も、『契約』をするときに聞こえた、脳内に直接ひびくような不思議なものだった。
わたしたち三人のやりとりを見ていたワイバーンが、なにかを思い出したように、ぴょこん、と頭を持ち上げる。
『そういえば! こっちのすがただと、あるじさまにしか、ユウヒの声きこえないんでした。えーっと、んーと……』
ワイバーンが、うんうんと長い首をひねっていたと思ったら、またしても、そのからだを光がつつみ込む。こんどは朝の陽射しみたいに、淡い光だった。
「これでだいじょぶかな? あー、あー。ユウヒの声、きこえますかー?」
「…………はぇっ」
変な声が出た。いやだって仕方ないじゃん。
まばたきをしたら、なんか目の前に、赤い髪の美少年があらわれていたんだぞ。
さすがのノアたちも、限界まで目を丸くして、おどろきを隠せないでいた。
「ちいさなワイバーンさんがいなくなったら、すこしおおきなワイバーンさんがあらわれて、お次はこちらの少年……」
「もしかして、おまえ……おちび?」
状況的にそうとしか考えられないんですけどね。
あざやかな赤い髪の美少年が、エメラルドの瞳をキラキラさせて、へにゃあっとほほをゆるめた。
「そうですよう! おちびはユウヒなのです!」
「ワイバーンって、人間に化けられるもんなの?」
「ユウヒはワイバーンじゃないです。れっきとした、ドラゴンです!」
「は?」
むんっ! と胸をはってノアに反論したワイバーン……もといドラゴンのおちびちゃん、じゃなくてユウヒが、ぎゅむっとわたしに抱きついてきた。
「あるじさまがお世話してくれたちっちゃいのも、大怪我を治してくれたおっきいのも、ユウヒです!」
「……ふぁい?」
なんか、すごく衝撃的なことをサラッと暴露された気がする。
「待って。…………ブルームに来る途中で会ったあの子も、きみなの?」
「はいです! ユウヒはあるじさまにお礼がしたくて、追いかけてきたのです!」
「……マジで?」
おちびちゃんとあのワイバーン、なんか似てるなぁと思ったら、ご家族じゃなかった。ご本人様だった。
しかも正しくはワイバーンではなくて、ドラゴンだったらしい。
「あるじさまがユウヒのあるじさまになってくれたので、これから、ずっといっしょですぅ~」
一瞬女の子にも見間違えてしまう超絶美少年が、まばゆい笑顔でほっぺをすりすりしてくる。
……この美少年のあるじさまが、わたし?
「なっ、なっ……うそでしょーっ!?」
展開がジェットコースターなんですが!?