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*59* 家族

 テオバルト・カーリッド。


 ヴァンさんが話していた、『十数年前に家門を飛び出した従兄』が、お父さん? お父さんが、カーリッド侯爵家の嫡男だった……?


 気になることは、それだけじゃない。


(……見間違い、じゃないよね?)


 もういちど、記憶のなかの面影と、目の前のお父さんをかさねてみる。


 錯覚じゃない。神官服を身につけているかどうかという違いだけで、お父さんは──


「ヴァネッサ、君になにを説明しろと?」

「じぶんのひとり娘を捨てておいて、どの口が……ッ!」


 カッとマゼンタの瞳を見ひらいたヴァンさんが、お父さんの胸ぐらをつかんだ。


 でも、お父さんはうろたえない。葡萄酒色の瞳でまばたきをして、きょとんと首をかしげるだけだ。


「わからないな……君に、私たち親子のことは関係がないはずだが?」

「関係あるわよ! リオちゃんがあんたの娘なら、私とも血がつながってる……私にとっても家族ってことよ!」

「家族、か。君がそう思っていても、ほかの人間はどうだろうね」

「なんですって……!」

「ヴァネッサ。その答えは、君に対する家門の人間からの風当たりを思えば、わかるはずだろう?」


 唇を噛みしめるヴァンさん。


 追及の言葉が止むと、お父さんはおもむろに右腕を持ち上げ、胸ぐらをつかんでいたヴァンさんの手をそっと押しのけた。


 庭園に、痛いくらいの沈黙が流れる。


「リオ」

「っ……!」


 名前を呼ばれ、愛おしげに細められた赤い瞳を向けられたとき、わたしのからだは、反射的にこわばってしまう。


「突然の再会で驚いているんだろう? わかってるよ。大丈夫だから、パパのところにおいで、リオ」


 だけれども、伸ばされたお父さんの手がわたしにふれることは、なかった。



「──さわんないでくれる?」



 いまのいままで庭園にすがたがなかったはずの、あの子の声がひびいた。


 ハッと顔をあげれば、わたしを背にかばい、お父さんの右手首をつかんだノアが、そこに。


「……君はだれかな?」


 笑みをひそめたお父さんが、ネイビーのフードをすっぽりとかぶったノアを、さぐるように見つめている。


「父親だかなんだか知らないけど、リオにさわるな。……あんた、嫌な『におい』がするんだよ」


 ノアはお父さんの問いには答えない。嫌悪感を丸出しにして、つかんでいた手首を放るように離すだけだ。


「いっしょにいたくても、いられない家族だっているのに……じぶんから家族を捨てたあんたが、いまさら父親面をするな」


 重みのある言葉だった。


 それは、大好きなお父さんを亡くしたノアの言葉だからこそ。


「大神官さま」


 わたしを完全に覆いかくすように、エルがノアと肩をならべた。毅然とした態度で、お父さんと対峙している。


「卑しい僕に、あなたの高尚なお考えは理解できません。ですが、これだけはわかります。あなたの愛が、一方的なものでしかないということです」

「ほう……それで?」

「彼女のためを想うならば、お引き取りください」

「あらエルったら、やさしいわね。このクソ野郎は、まずぶん殴られてしかるべきじゃない?」


 あの朗らかなヴァンさんまで殺気立って、お父さんを睨みつけていた。


 三対一。どちらが不利かは、言うまでもないだろう。


「やれやれ……物騒なことだ」


 それでも、肩をすくめてみせるだけで、お父さんは取り乱さない。


「どうやら、私たちのあいだには誤解があるようだ」

「誤解……?」

「すべては、おまえを愛していたがゆえだった」

「っ……!」

「いますぐに、とは言わないが。ふたりで話す機会をくれないかい? リオ」


 話す? いまさら、なにを?


 あなたがわたしを『悪魔』だって遠ざけて、わたしが何年も独りぼっちですごしてきた事実は、どうしようもないのに?


 ……あぁもう。こうやって、卑屈になってしまうじぶんが、一番嫌だ。


「いつまでも立ち話もなんだし、私とお茶でもしましょう、テオ? ここのスウィートルームに案内してあげるわ」


 いい加減にしなさいよ、と。


 目の笑っていないヴァンさんが、お父さんの腕に腕をからませる。有無を言わせない凄みがあった。


 お父さんは眉をひそめ、するりとヴァンさんの腕をほどいて、淡々とひと言。


「案内していただこう。じゃあリオ、また」


 最後にそう言い残し、ヴァンさんに連れられたお父さんが遠ざかっていく。


 その背が完全に見えなくなったとたん、がくりとひざの力が抜けた。

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