*58* 神のいたずらは加減を知らない
「そこにいるのは、まさか……リオなのかい?」
こわごわとわたしに問いかけてくる彼は、アッシュグレーの髪に、葡萄酒のように深みのある赤い瞳。
男性にしては柔和で、繊細な顔立ちだった。
その顔を、わたしは知っていた。
……忘れたくても、忘れることのできない面影だ。
「答えてくれ……リオなのかい?」
わたしはぐっと唇を噛んで、答えない。それが、なによりの答えになってしまった。
「っ……リオ」
たまらない、といったように踏み出した男性が、純白の神官服をひるがえして、あっという間に距離をつめる。
しなやかな腕が伸びてきて、顔を隠していたフードを脱がされるのも、時間の問題だった。
そのとき、すぐそばで、はっと息をのんだような気配があった。エルだろうか、ヴァンさんだろうか。
「あぁ……やっぱり、リオだ」
葡萄酒色の瞳をゆらめかせた男性が、ひたりと、わたしのほほに手のひらをふれあわせてきて。
「会いたかった……私のリオ……っ!」
それからはもう、感情のままに、きつく抱きしめられる。
痛いくらいの息苦しさにつつまれながら、混乱真っ只中だった。でもそれは、わたしだけじゃなくて。
「……待ちなさい。あんた、テオ……テオバルトじゃないの」
低くうなるような発声があった。
わたしを抱擁した男性が、怪訝そうにヴァンさんをふり返る。
「なぜ、私の名を?」
「知ってるに決まってるでしょうが……!」
投げやりに言い放ったヴァンさんが、まぶかにかぶっていた外套のフードを脱ぎ、指にはめていた変声魔法具も引き抜く。
「まさかこんなところで再会するとはね、テオバルト!」
「……これはおどろいた。ヴァネッサか?」
マゼンタとワインレッド。微妙に色味は違うけれど、おなじ赤系統のまなざしが、絡み合った。
「なんであんたが、リオちゃんに馴れ馴れしくしてんのよ!」
「リオが私のリオだからだが」
「意味わかんないわよ!」
まって。エルだけじゃなくて……ヴァンさんも、このひとと知り合いだったの?
いよいよ、わたしの混乱も最高潮に達していた。
「私のリオ。この子は私の、愛しいひとり娘だ」
「はっ……?」
「……なん、ですって」
呆然とするヴァンさん。エルも、蜂蜜色の瞳を見ひらいて硬直している。
「つらい思いをさせたね……ごめんね、おまえを想うがゆえに、厳しい仕打ちをしてしまった」
「……おとう、さん」
「なんだい? パパにしてほしいことがあれば、なんでも言ってごらん」
にっこりと浮かべられた表情は、バースデーにクマさんのぬいぐるみをプレゼントしてきたときのそれと、まったくおなじだ。
「嗚呼、神よ……立派に成長した娘とふたたびめぐりあわせていただき、ありがとうございます」
ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめるお父さんは、涙すら浮かべている。
「……冗談はよしてよ」
そんななか、これまできいたことのないほどの低音で、ヴァンさんがうなった。
鋭く細めたマゼンタの瞳で、お父さんを睨みつけている。
そして次の瞬間。ヴァンさんは、衝撃的な言葉を放つのだった。
「いきなり家門を飛び出して行方をくらませたと思ったら……あんたがリオちゃんの父親ですって? いったいどういうことか説明しなさい、テオバルト・カーリッド!」
なにを言われたのか、すぐにはわからなくて。
その言葉が指す本当の意味を理解したとき、キャパシティーオーバーをむかえたわたしの思考は、ぶつりとブラックアウトした。