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*52* 終了のお知らせ

 課題に出していた魔法薬の専門書からの出題。


 わたしと向かいあって口頭試問を受けるノアの表情は、真剣そのものだった。


「魔法薬の効果を最大限に発揮させ、副作用を最小限におさえるために必要なことは?」

「血中濃度を一定にたもつこと」

「投与の際、考慮しなければならない因子は?」

「年齢や個人差、肝・腎疾患の有無。また薬物の併用や投与回数も影響を受ける」

「魔法薬の代謝経路は?」

「服用後、吸収・分布・代謝をへて、体外に排泄される」

「上記それぞれの機序を、簡潔に説明しなさい」

「吸収とは、経口薬の場合、胃で溶解・濾過され、おもに消化管から血中へ移行すること。分布とは、薬物が血中で細胞内に存在し、一部はタンパクと結合状態で存在すること。代謝とは、必要な薬物の合成と不要になった薬物の分解をくり返し、つねに更新・維持すること。排泄とは、薬物が未変化体あるいは最終代謝産物として、体外へ排出されること」

「……うーん、完璧!」


 すらすらとよどみない解答に、わたしも舌を巻く。


 調薬分野の難しい計算問題も採点したけど、正解だ。


 基本中の基本がちゃんとできていて、応用問題もクリア。文句なしの花まるだ。


「よかった……俺えらい?」


 緊張の糸が解けたのか、ノアがへにゃっと目じりをさげて首をかしげる。


 おっとこれは。なでなでされたいときの、おねだりの表情だ。


「そうだねぇ、ノアはほんとに頭がいいね。すごいっ!」


 どうせなら思う存分なでくりまわしてやろうと、椅子から腰をあげる。


「ふふ…………いたっ、いたいっ、ていうか、おもっ……なに? なんなんだいったい!?」


 だがしかし、急にノアがわたわたとさわぎはじめまして、ポカンとするわたし。


「んん? あら~!」


 よくよく見てみれば、犯人はすぐに判明した。


 ベッドでおねむだったはずのちっちゃい怪獣さんが、爪を引っかけながらみじかい手足でノアの背中をよじのぼっていたんだ。


 最終的に、ノアの頭にすてんとあごを乗っけて、肩車みたいな姿勢になったかと思えば、スヤァ……とそのまま寝てしまった。


 ベストポジションだったみたいだ。


「え、まってよ、ふつうそこで寝る!? 重い重い重い!」


 ドラゴンもどきさんの体長は約五十センチ、体重は約五キロ。


 人間の生まれたて赤ちゃんとおなじくらいの大きさだけど、それより倍近く重い。


 そんなヘビー級赤ちゃんが、重心をほぼ頭にかけている状態だ。ノアがあわてるのもわかる。


 あ、ちなみにこれは、『ギルド認定ライセンス』を取得したあと、仕事内容の拡大も考慮して、ちょうど業務用の調薬道具に新調してまして。


 おニューの道具をおろすついでに、身体測定してみた結果です。


「そこにいたらリオになでてもらえないだろ! どーけーよー!」

「グウ、グウ……」


 しまいにはノアが叫びながら引きはがそうと躍起になっていて、ほほ笑ましいのなんのって。


「ねぇおちびちゃん、わたしとおてて、にぎにぎしよっか?」

「キュウ……?」


 ノアに爪を立てているちっちゃなおててを、そっと手のひらでつつみ込んでみる。


 そうしたら、寝ぼけまなこをもちあげた寝ぼすけさんが、うとうとしながらも、ネイビーのローブをはなして、わたしの手をにぎり返してくれた。


 この隙にだっこして、向かうはベッドだ。


「リオがまた、おちびを甘やかそうとしてる……」

「ノアもおいで。いっしょに寝よう?」

「リオさいっこう、だいすき」


 ジト目だったノアも、魔法の言葉でうそみたいにごきげんだ。


 かくして、なんやかんやののち、甘えんぼうな悪魔さん、ドラゴンもどきさんとわたしで、川の字お昼寝タイムとしゃれ込むことになったのです。夕方だけど。


(んー、なーんか忘れてる気がするけど……まぁいっか!)


 ベッドに横たわり、仮眠のつもりで目をつむる。


 そんなわたしが、がっつり熟睡の果てに衝撃的な目覚めをむかえることになるのは、翌朝の話。



  *  *  *



「あらまぁ、かわいい寝顔だこと。食べちゃいたい」

「……んん……?」


 なんだろう、だれかの声がする。


 ぼんやりとまぶたをもちあげると、天井より先に、あざやかなマゼンタの瞳が視界に映り込む。


 にこぉっ……と満面の笑みを浮かべただれかが、わたしに覆いかぶさっている。


「ところでリオちゃん、私とのデート、忘れてない?」

「……んぇっ……は…………あっ」


 頭上からおりてくるハスキーな声は、男性のもの。


 でもそのひとは、やわらかいものを押しつけるように、わたしに体重をかけてくる。そうだな、ちょうど胸もとあたりに。


 これには、急激に意識が覚醒。


「えっ、あの……えっ、えっ……ヴァネッサさ……んむっ」


 なんとか弁明をこころみようとするけど、すぐに言葉が見つからずぱくぱくと開閉する口を、ちょんっと華奢な指先でおさえられてしまう。


「約束をやぶっちゃう悪い子には、おしおきだぞっ。ふふっ、エルの反応が楽しみだねぇ……リオちゃーん?」


 ……やってしまった。


 わたしに用事があるというヴァネッサさんとの約束、見事にすっぽかしました。


 というわけでリオさん、終了のお知らせでございます。

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