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*41* 戸惑うココロ

 治療に没頭すること数時間。


 傷病者は全員動けるまでに回復したので、エルに声をかけて、一般のお部屋に案内してもらうことに。


 ちなみに、数名で一部屋を使う相部屋形式にしてもらっている。


 そのほうが、なにかあったときに個人個人の部屋を回るより、わたしも対応しやすいからね。


「さすがにくたびれたなぁ~」


 人影がなくなり、静まり返った大ホール。


 ツンと鼻にくる薬品のにおいを逃がすために、窓や扉をあけて、換気をする。


 ついでにバルコニーへ出てみると、まぶしいオレンジ色の景色に目がくらんだ。


「きれい……」


 切り立った崖の上にある旧ブルーム城。


 目下にひろがるミニチュアサイズの街には、昼間見たような人通りがまったくない。


 よくできた模型みたいに、ただそこにあった。


「……ねぇ、リオ」


 バルコニーの手すりにもたれ、茜に染まる街をながめていると、背後からノアの声がした。


 ふり返ると、ノアがフードを脱ぎながら歩みよってくるところだった。


 ふたりきりのときはこうして素顔をさらすノアだけど、その面持ちは強ばっている。


「俺、あんまり役に立たなかったよね。ごめん……」

「治療のこと? びっくりしちゃうのもしかたないよ」


 ノアの元気がないのは、血まみれ惨状に圧倒されて、うろたえてしまったことが理由なんだと思う。


 こういう現場では、意外と女性のほうが精神的に強いって言われてる。月経があって、日常的に血を見慣れてるからね。


 前世でも医学生として病理解剖を見学したとき、ご遺体にメスを入れて摘出した臓器の計量や写真撮影をするんだけど、同級生の男子が気分不良で離脱してた。


 もちろん、みんながみんなそうってわけじゃないことは、補足しておく。


「なんか俺、血のにおいが苦手みたい……」


 そういえば、大怪我をしたワイバーンにいち早く気づいて、顔をしかめていたっけ。


 決まりだ。ノアは人間(わたし)より嗅覚がするどい。ノアが特別なのか、インキュバスという種族的なものが関係しているのかまでは、わからないけど。


「無理して、わたしのお手伝いしなくてもいいんだからね?」

「……ううん。リオの力になるって決めた。こんなとこでへこたれてられない。負けない。がんばる」


 夕暮れ時のちょっと冷たい風が吹き抜けて、ノアの艶やかな黒髪がなびく。


 決意を示すように、ぎゅっとにぎられた手は力強くて。


「いっぱい、がんばる。リオが重いもの背負っても、俺も持ってあげられるように、強くなるからね」


 真正面にあるサファイアの瞳は、どこまでも澄んでいる。


 ……なんて純粋で、ひたむきな子なんだろう。


「ノアはやさしい子だね」


 思わずジーンとしちゃって、照れ隠しにぎゅっとハグをする。


(……あったかいなぁ)


 独りで死んで、独りで生きてきたけど、いまは、ノアがそばにいてくれる。


 わたし、いつの間に独りぼっちじゃなくなってたんだろう。


「はわ……リオが、ぎゅってしてくれた……」


 そうこうしてたら、ぎゅううっと抱きしめ返されます。


「むぐ……ノアくん、ちょっと苦しいかもです……」

「だってぇ……思う存分リオのことぎゅってできるの、久しぶりなんだもん」


 わたしより背の高いノアが、わたしの首すじにぐりぐりと頭をこすりつけてくる。


 あー、ブルームに来るまでは、思うようなスキンシップができなかったからかな。甘えたモードに突入しちゃってる。


「ねぇリオ、もう人目を気にしなくてもいいでしょ? 今夜はいっぱい、ベッドで『よしよし』してくれる……?」


 おぉっとぉ。出ました、無自覚ノアくんのうるうるおねだりです。


 言い方はこどもみたいに可愛らしいけど、内容はえっちなお誘いですからね。本人に下心はないのが困ったところ。


「しっぽも、さわってほしいなぁ……」

「えーと、それはですね」

「俺は気持ちよくなって、リオも魔力補充できる。いいこと尽くしでしょ? 魔力いっぱい注いであげるから、ポーションたくさん作ろうね」


 そうなんだよ。魔力量カッスカスのわたしにとって、ノアは大容量バッテリーみたいなもんなんだよ。


 くっ……なんて断りづらい……!


「リオのこといーっぱい『食べる』から、夕食はいいや」


 はにかんだノアが、とどめとばかりに、ちゅっとほほにキスを落とす。


「ごほうびは、まだおあずけ。ふふ、シャワー浴びてくるね」


 内緒話をするみたいに耳もとへささやきかけられたら、もう頭をかかえるしかない。


「……あざといぞ」


 ネイビーのローブをはためかせながら、軽やかな足どりで行ってしまったノアの背が見えなくなると、脱力。


 ベタベタに甘えてくるノアとのスキンシップが、嫌とは思えないから、なんだかなぁ……


「流されてちゃだめなのに、わたしっていうアラサー女子は……はぁ」


 ため息をついたところで、はたと呼吸が止まる。


(……あ、れ)


 じぶんでつぶやいたことに、衝撃を受けていた。


(どうして、だめなんだっけ……?)


 ノアはわたしのことを好きだって言ってくれてる。


 わたしも、ノアといるのは楽しい。


 なのに、どうして、なにが『だめ』なんだろう。



 ──受け入れちゃえばいいじゃん。なにもかも。



 そうささやきかけてくる『わたし』が、わたしのなかにいる。



 ──好きだよ、リオ。



「わたし……わたし、は」



 まっすぐに想いをつたえてくれるあの子に、どんな言葉を返せばいいんだろう……?

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