*40* トリアージ
エルの案内で、そのむかし、パーティー会場として使われていた大ホールへやってきた。
怪我をしたひとたちは、この一ヶ所にあつめられている。
(さぁ、いよいよだ)
気を引きしめて、マジックバッグからステーショナリーポーチを取り出す。
中には治療に必要な道具が一式そろっているけど、まず手に取るのは──
「それは?」
カラフルな紙の束を目にしたエルの蜂蜜色の瞳が、丸みをおびる。使い道が想像できないんだろう。
「文房具屋さんでたまたま見つけた便せんを使って、ちょっと工作したものです」
デザインとしては、本文を書く罫線の下の余白部分に、上から黒、赤、黄、緑のボーダーラインが入っているもの。
そのラインの境目にローラーカッターでミシン目を入れて、罫線と垂直に細長く四等分。
切り離したそれぞれの余白部分に、しおりみたいに糸をつけたこれは、リオさん特製アイテムだ。
「ノア、これからわたしがすることを、よく見ておいてね」
「わかった」
真剣な面持ちでうなずいたノアをつれて、まず最初の負傷者のもとへ。
「こんにちは。わたしは『ギルド認定薬術師』のリオといいます。まずはじめに、お名前を教えていただけますか?」
負傷者の右手首に特製アイテムの糸をくくりつけながら、簡単な質問をする。
こうした現場で、治療師のわたしが真っ先にすべきこと。
それは、『ふりわけ』だ。
* * *
トリアージ。
災害時など、傷病者が多数いる場合、治療の優先順位を決めるために用いられる現代の分類法。
わたしは前世で学んだ知識を動員して、今回の任務に、これを取り入れることにした。
トリアージの区分は、次のとおり。
【Ⅲ】
緑タグ 優先順位三位:傷病者が自力で動けるもの、軽傷
(軽度外傷、小骨折、小範囲熱傷)
【Ⅱ】
黄タグ 優先順位二位:バイタルは安定、数時間待機可能
(頭部外傷、開放骨折、熱傷)
【Ⅰ】
赤タグ 優先順位一位:バイタルが不安定、ただちに処置が必要
(大出血、重症熱傷、ショック、呼吸困難)
【0】
黒タグ 優先順位四位:救命不可
(死亡判定)
自作のトリアージタグを装着した最初の段階で、もっとも重症度の低い緑タグがいちばん下にきている。
ここから、治療優先度に対応した色が下にくるように、タグをミシン目から切り離していく。
そうして、だれを優先して治療すべきか一目でわかるように、ふりわけるんだ。
大ホールにあつめられた傷病者は三十二名。
そのうち緑タグが三十一名で、黄タグが一名だ。
トリアージ区分に則って診察、ふりわけをしたら、怪我をしたひとたちのうち、まず黄タグ、次に緑タグと、優先順位ごとに治療をしていく。
身動きが取れない黄タグの傷病者は、右足のふくらはぎ部分を開放骨折した冒険者の男性だった。
開放骨折っていうのは、骨折した際に皮膚がやぶけて、骨が露出した状態のこと。
「大丈夫? ノア」
「……うん、だいじょう、ぶ……」
なかなかにグロテスクな光景だったもので、見慣れていないノアには、刺激が強かったみたいだ。
開放骨折は上級ポーション、そのほか緑タグに相当する軽い外傷は低級ポーションと、なんとか手持ちの魔法薬であらかたの治療をすることができた。
ノアは顔を真っ青にしながらも必死にお手伝いしてくれて、わたしが治療を終えたあと、ガーゼや包帯で患部を保護する処置をやりとげた。