*35* ブルームの街
正円形にそびえる城壁をくぐれば、そこが目的の地。
ヨーロッパのアパートメントを思わせるような複数階建ての集合住宅が、デコボコと段違いにたち並んでいる。
背の高さこそ違うけど、どの建物もオレンジの三角屋根。
一階の窓はグリーンカーテンで覆われ、二階以降の上層階には、張り出しバルコニーに鉢植えが並ぶ。
オレンジとグリーンのコントラストが鮮やかな、美しい街。それがブルームだった。
「市街地は、平和そのものですけど……」
ゆったりと進む馬上からきょろきょろと街並みを見わたしていると、頭上からおだやかな返答がある。
「夜間外出禁止令が出ていますので、日没後はガラリと様子が変わりますよ」
「そりゃそうか……モンスターは大半が夜行性ですもんね」
当然、街のひとたちにも仕事や生活があるわけで、日中の行動制限はかけない代わりに、夜間の外出を一切禁止しているのだとか。
それがブルームの現状だって、エルが教えてくれた。
「行きましょうか。冒険者ギルドはあちらです」
馬上の旅が終わる。
だけど、ここからがはじまりなんだ。
『ギルド認定薬術師』として、はじめてのお仕事。
「はい、行きましょう!」
背すじを伸ばして、エルの言葉にうなずき返した。
* * *
ブルームの街において、黒いレンガ造りの建物はひときわ異彩を放っていた。
一階の総合受付で冒険者ライセンスを提示し、『到着報告』を完了させてからが、わたしのミッションのスタートとなる。
「お待ちしておりました。リオさまには早速、旧ブルーム城にお越しいただきます」
「旧ブルーム城、ですか?」
対応してくれた受付のお姉さんが言うことには、この街を一望できる切り立った崖の上に、その旧ブルーム城なるものがあるらしい。
そのむかし、このあたり一帯を治めていた領主は、こども好きで有名だった。
領主自身は子宝に恵まれなかったけど、『未来あるこどもたち』のため、みずからの死後、居城を教育施設として一般向けに開放した──それが、旧ブルーム城なんだって。
「現在、東西南北の城門付近、黒レンガ会、赤レンガ会、そして旧ブルーム城の計七ヶ所に臨時ポータルを設置しています。これにより、負傷者は各ギルドが連携して、旧ブルーム城へ転移魔法で搬送する取り決めとなっております」
「なるほど」
日本でも、災害時に学校の体育館とかが避難所になっていた、あんな感じね。
見たところ、ブルームの街自体はそんなに大きくない。教育施設といっても、こどもの数にも限りがあるはず。
余りまくったお城の部屋を負傷者に開放して、病院みたいな役割も果たしてるわけね。効率的だわ。
その上で、問題点を挙げるとすれば。
「ひとつお訊きしたいのですが、わたし以外に、治療師は?」
「近隣の冒険者ギルドに派遣要請をおこなっておりますが……現在こちらには、リオさまのみのご到着となっております」
まぁ、そうだよね。
薬術師や回復師といった治療師自体が特殊職業な上、生半可な実力のもち主じゃ、今回みたいなケースには適応できない。
そして『ギルド認定ライセンス』を持った治療師も、そうそういるわけじゃないしね。
わたしひとりで、どこまでやれるか。
わからない。でも、ベストは尽くすつもりだ。
「すぐに旧ブルーム城へ向かいます」
まずは、現状の把握を。
「臨時ポータルの設置場所は……っと、その前に、もうひとり同行しても、いいですか?」
「最大で五名まで同時にテレポート可能です。お連れさまですか?」
「はい。魔術師ですけど、わたしが魔法薬学や治癒魔法について教えている子です。応急処置の心得はありますし、助手として、お力になれると思います」
「かしこまりました。ではのちほど、お連れさまとごいっしょに、地下一階の『魔法実験ホール』までお越しくださいませ」
臨時ポータルはその『魔法実験ホール』に設置されていて、ギルドスタッフの魔術師が、テレポートの準備をととのえてくれるらしい。
受付のお姉さんにお礼を言って、わたしは一度、エントランスへもどることにした。