*29* 目には目を、力には力のゴリ押し戦法
「どうやら、近くにモンスターがいるようですね。リオ、あなたは一度馬車へ戻って、ノアくんといっしょにここで待機していてください」
「エルは、どうするんですか?」
「この先の様子を確認に行ってきます」
「血痕があるなら、怪我人がいるかもしれないんですよね? それならわたしもっ……!」
「リオ」
言い募ろうと見上げた矢先、唇に長い指先を押し当てられる。
「いいこで待っていてください。わかった?」
こんなとき、こんな状況なのに、エルはやさしくほほ笑んで、わたしに有無を言わせないんだ。
……ずるい。
「今生の別れでもないんですから、そんな顔しないで。僕は大丈夫ですよ。こう見えて強いんです」
うつむくしかないわたしのつむじに、ちゅっとキスが落とされる。
エルがおどけてくれてるんだから、わたしも暗い顔はやめないとね。
「はい。強いエルがうっかり怪我をしても、わたしがちょちょいっと治しますね!」
「ふふ、心強い薬術師さんです」
きっと、大丈夫だよね。
先に降りたエルの手を借りて、鐙から右足を外す。
ビュオウッ……
そのときだ。吹き抜けた突風に煽られ、ぐらりと視界がゆらぐ。
「きゃっ……」
「リオ!」
「……へ、へいき、です。びっくりした……」
よろめいたけど、エルが手を引き寄せてくれたおかげで、こけずにすんだ。
「……風の流れが、妙ですね」
わたしの背を支えながら、すっと細めた蜂蜜色の瞳で、あたりを警戒するエル。
直後、はじかれたようにわたしの腕をさらい、わたしを下がらせると同時に、前へ出た。
「リオ、こっちへ!」
「エ、エル!? どうし……ひゃあっ!」
エルの行動のわけを知るのは、そのすぐあと。
ヒュオオオ…………ビュオオウッ!
突風。いや……竜巻。
突如として巻き起こった風の渦が、わたしたちに向かって牙を剥いたんだ。
エルが背にかばってくれてるのに、なんて勢い……目が開けていられない……これじゃあ、飛ばされる!
「──『トルネイド』」
風の吹きすさぶ音が、ふいに凪ぐ。
聞き慣れた声が、不思議と鮮明に耳に届いて。
やっとの思いでまぶたを開いた次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
──ゴォウッ!!
わたしたちの目前で発生したもうひとつの竜巻が、迫りくる竜巻に襲いかかったんだ。
地面を削り、土煙をあげながら猛烈な勢いをみせるそれは、わたしたちに接近する風の渦を、飲み込んでしまう。
──パチンッ。
指を鳴らすスナップ音。
竜巻を飲み込んだ竜巻が、跡形もなく消滅する。
あたりは静けさに包まれ、あぜんとするわたしの背後から、ザッ、ザッと土を踏みしめるブーツの音が近づく。
「まぁ、こんなもんでしょ」
ふり向けばそこには、ネイビーのローブに、フードをまぶかにかぶったあの子がいる。
「ノア! いまのってもしかして……!」
「うん、俺の風魔法。アレよりおっきい竜巻をぶつけたら勢いが弱まるだろうから、その隙に吸収して消しちゃえって思って」
「ゴリ押し脳筋戦法だね!」
さすが魔力おばけのノアくんだ。
「ほめてくれてもいいんだよ?」って、かがんで頭を差し出してくるあたりは、相変わらずだ。
でも、これはなでる。なでずにはいられないよね。
「んふふ、きもちい…………ねぇそこのあんた。勝手にいきがって吹き飛ばされるのはかまわないけど、リオを守るならもっとちゃんとやってよね」
頭をなでなでされてご満悦だったノアくん、一瞬後には氷柱みたいな言葉をエルに言い放ちます。ちょっ、切り替え!
「これは先を越されましたかね。ご助力ありがとうございます、ノアくん」
「……ふん」
素直な感謝の気持ちを述べるエルに、肩すかしを食らったんだろうか。
ノアはふいっとそっぽを向くだけで、それ以上辛辣な言葉を投げかけることはなかった。
「それにしても、さっきの竜巻、なんだったんだろ……」
「リオ、だめ。……向こうから、血のにおいがする」
きょろきょろとあたりを見回していたら、ノアに腕を引かれる。離れないで、ってことらしい。
そういうノアは整った顔をしかめて、ローブの袖で鼻と口を覆っている。
血のにおい……わたしはなにも感じないけど、インキュバスは、嗅覚も優れてるのかな。
……なんて悠長なことを考えているときに、『それ』は現れた。
ギシャアアアア!
「なっ、なに!? なんなのっ!?」
大地を揺るがす、咆哮。
おだやかに晴れわたった青空に、またも不穏な風が渦を巻き始める。
「あれを見てください!」
だれかが叫んだ。
商団ギルドのみんなに、エル、ノア、それからわたし。
その場にいただれもが、空を見上げていた。
「グゥゥ……シャアアアアッ!」
頭上にかかる巨大な影。
血のように赤い翼で不規則に羽ばたき、低空を旋回した『それ』が、一枚岩の上へ。
だけど、ゴツゴツと足場の悪いそこでうまく体勢を整えられるはずもなく、ずる、と岩を捉えそこね、地面に落下した。
ドォン……
地鳴りとともに、土埃が舞い上がる。
巨体をしたたかに打ちつけた『それ』は、硬い硬い地面に、うずくまっていた。
鋭い爪をもつ二本の足に、一対の翼。トカゲのような長い尾をもつ巨大なモンスターといえば。
「あれは……翼竜だ!」