*2* 虚無顔美少女の爆誕
いまから15年前。わたしが3歳のときのこと。
高い高いをしてきた『おとーたん』に、勢いあまって両肩を脱臼させられた。
それが、悲劇のはじまり。
「いっっってぇなまじでやべぇ、ふざけんなよこんちくしょうっ! わぁあん、しんじゃうよぉおお!」
「…………リ、リオ?」
愛らしい幼女が、いきなりキレ散らかしたせいなのか。
わたしを見る『おとーたん』の目が、一変した。
結論から言うと、「気味が悪い」と捨てられた。
ちょっとアレな宗教に入れ込んでた『おとーたん』なので、娘が悪魔に取り憑かれたと思ったらしい。
こうしてわたし、リオは、弱冠3歳にして路頭に迷う羽目になったわけであります。
でも、『幼女脱臼事件』のショックで思い出した前世の記憶のおかげで、意外と図太くやってこれた。
そう、わたしは転生者。
趣味はアニメを観たり、漫画や小説を読んだり。
そんなわたしは、医師と薬剤師ふたつの資格を持っていた。
ダブルライセンスってやつだ。頭だけはよかったからね。
「なんですってぇ! 新型ウイルスぅ!?」
製薬会社の研究員として、薬剤師サイドの職に就いた入職1年目のこと。
なんと世界中をパンデミックの恐怖に陥れる新型ウイルスが、流行をはじめたのだ。
研究所で寝泊まりをし、新薬の開発に追われる日々。
そしてついに特効薬となり得る薬剤配合を思いついた瞬間、わたしの記憶は途切れている。
そういうわけで。社畜女子は過労死の末、異世界に転生。虚無顔美少女として爆誕したのである。
……うそごめん、美少女は言いすぎました。
マロン色のクルクル癖毛にそばかすの、地味地味っ子です。
まぁ精神年齢は余裕で三十路超えだし、人生2週目だし、いろいろと悟りは開いている。
話をもどすね。
3歳で父親に捨てられた、天涯孤独な今世のわたしだけど──
「弟子にしてください!」
「断る」
「そこをなんとかー!」
治癒魔法の権威らしいエルフに弟子入りしたり、叩き出されたり。
なんやかんやあって、異世界での過酷な日々を生き抜いてきた。
その末に、薬剤師ならぬ薬術師の職を手に入れたってわけ。
ただ、駆け出しのため実績の少ないわたしは、上級ポーションを作れても売ることができない。
そのへんはギルドの認可が厳しくて、まだまだ信用されてないってことだ。
せっせと治療用の低級ポーションを作るけども、それじゃあ最低限の生活をするのに精いっぱい。
そこで、わたしはある秘策を引っさげ、娼館街へやってきたのだ。
それはズバリ──
「避妊薬とか作ればいいんじゃん!」
──というもの。
避妊薬や性病予防薬だって、立派な治療薬だもんね。
なんといっても、低級ポーションより単価が高いときた!
わたしのお家が近いエリアでは、女性向けのお店が大半。
だから、男娼のための性病予防薬が売れる売れる。
わたしが作る薬は服用しやすいキャンディ型になってるから、売れ行きもそこそこのびていた。
でも、取引先へ向かう途中で男娼に路地裏へ連れ込まれた経験も、片手じゃ足りないくらいの回数はある。
なので、奥の手として『特製キャンディ』を無料配布することで、なんとか回避している。
貞操を守るために、わたしだってなりふりかまってられないんだ。
「てか、『お菓子配りの魔女』とか呼ばれてたんか……厨二くさいな?」
まぁ、黒いフードをまぶかにかぶった怪しい女が、バスケット片手に夜な夜な『キャンディ』を売り歩いてるんだ。それくらいの弊害はあるか。
「ふわぁ……もういいや。寝よ」
自宅の独創的ログハウス(オンボロ小屋ともいう)にとんぼ返りしたわたしは、考えることを放棄した。
仕事をドタキャンしたとか、細かいことは考えたら負けだ。わたしは眠いんだ。
大丈夫、明日のわたしがなんとかする!
止まらないあくび。ベッドには先客がいるので、ラグを一枚敷いた床へそのままダイブする。
ローブのフードをかぶって、赤ちゃんみたいに丸まる。
そうしたら、少しもしないうちに、睡魔がおむかえに来てくれた。
* * *
ダンダンダン!
たてつけの悪い木製扉を、乱暴に叩く音がする。
むくり。床から起き上がったわたしは、カーテンのない窓から射し込む朝陽の直撃を受け、完全に覚醒した。
「……やらかした」
寝起きのせいか、声がカッスカスだ。
頭が痛いのは、低血圧だからじゃない。
「なんてことしてくれちゃってんの、昨日のわたしーっ!」
充分な睡眠を取り、正常な思考がはたらくようになったわたしは、頭をかかえて発狂した。
「おい薬術師! いるんだろう、いますぐ出てこいっ!」
ダンダンダンッ!
怒号まじりのモーニングコールは鳴りやまない。
「そうだった、昨日は見栄とカネだけが取り柄のやり手ババア……んんっ、老舗娼館の美人女将との商談だった! 小娘に鼻っぱしへし折られて、黙っちゃいないよねぇっ!」
こっちが無理を言って定期購入にこぎつけたくせに、肝心の『商品』を納品しなかったんだ。
その気がないとしても、「前払い金をちょろまかされた」と解釈されたって不思議じゃない。
「よし、逃げよう!」
寄こされた下男の様子から察するに、話し合いの場を求めたところで聞いちゃくれないだろう。
だってヤミ金の取り立てみたいじゃん!
「あれとそれと、あぁ、これもっ!」
使い古したマジックバッグに、調薬で使う道具を片っぱしから放り込む。
その途中で、気づいた。
「……なにしてんの」
ベッドから起き上がった黒髪の少年が、こっちを睨みつけていることに。
「へっ……あっ、そうだったぁ!」
パニックのあまり、昨日ノリでひろった彼のことをすっかりサッパリ忘れてた。
どうする? ねぇこれどうする? 置いてく?
いや、そんなことをしたら、罪のない少年に濡れ衣を着せることになってしまう。
「ねぇきみ!」
「っ……やめろ! はなせっ……」
いきなり手首をつかんだから、驚いたんだろうか。
とっさにふり払おうとする少年だけど、あんまり力が入ってなくて。
「ごめんっ、詳しく説明してるヒマはないの! わたしについてきてくれる!? いっしょにこの街を出よう!」
足をもつれさせながらベッドから下りた少年の手を引いて、裏口から抜け出す。
寝室の机の上に、バスケットいっぱいの『特製キャンディ』を置いて。




