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*28* モンスター出現

「いつもいっしょにいるリオをとられた気がして、カッとなっちゃった……ごめんなさい」


 魔法で馬をびっくりさせてしまった騒動については、その日のうちにノアから謝られて、わたしもそれを受け入れた。


 だから、わたしたちの仲が険悪になるなんてことはない。


 エルたち商団ギルドのメンバーに加わっての馬車の旅は、それから問題なく進んだ。


 そして迎えた、3日目。


「……リ…………オ……リオ」

「はっ、はいっ」


 しまった、名前を呼ばれていたみたいだ。


 反射的に背すじを伸ばすと、「大丈夫ですか?」とやわらかな声が頭上からひびく。


 見上げれば、澄みきった青空と、心配そうにのぞき込んでくる蜂蜜色の瞳がある。 


 規則正しくゆれる馬上の景色が、鬱蒼とした森の中から、いつの間にかゴツゴツとした岩肌がのぞく山道に変わっていた。


「ごめんなさい、ちょっと考えごとをしてて」


 気だるいけど、これはポーションを作った魔力枯渇が原因じゃない。


(なくなりそうだったら、『補充』されるしねぇ)


 それも『口移しによる魔力供給』っていう、少女漫画もびっくりなファンタジー設定でね。


 これまで旅のあいまに魔法薬を作っていたけど、魔力が底をつく前にノアがやってきて、わたしにキスをする。


 日中、ノアは馬車で移動していて、なかなか顔が合わせられないから、単にわたしとスキンシップがしたいってのもあるかもしれない。


 ちょっと気だるいのは、魔力供給の代わりにすくなからず精気を吸い取られているからだ。


 さすがに人前でキスされそうになったときはあわてたよ。で、「むやみやたらと人前でするもんじゃありません!」って言い含めた。


 ノアも根は素直で純粋なので、理解を示してくれた。「わかった。人前でキスはしないようにするね」って、微妙に違う方向で納得された気がしないでもないけど。


 ただ、キスはしなくてもハグはしてくる。それも、やたらとエルの目の前で。なんでだろう。


 エルもにっこりと笑い返してはいるけど、どこか冷え冷えとしたオーラを感じるような。


(仲良くしてほしいっていうのは、わたしのわがままかなぁ)


 必要最低限の会話しか交わさないふたりを見ていて、ふと、さびしくなる。


 そうして物思いにふけっていたすがたが、エルを心配させたみたいだ。いけないいけない。しゃんとしないと。


「疲れましたか? 朝早くから魔法薬を作っていましたものね。すこし休憩しましょうか」

「さっき昼食をとったので、休憩は大丈夫です」

「わかりました。なにかあれば、遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとう、エル」

「いいえ。あと一時間もすればブルームの街です。あせらずにゆっくり行きましょうね。急いては事を仕損じますから」


 エルがにっこりとほほ笑む。そのまぶしいこと。太陽も裸足で逃げ出すんじゃないだろうか。


 わたしが前に向き直るのと同時に、エルが手綱をにぎり直す気配がした。


 さっきより、からだが密着した気がする。


「失礼ですが、なにを考えていたのか、訊いても?」

「えーと、いろいろ……ブルームの街に着いたら、しなきゃいけないことがいっぱいあるなとか……エルともお別れだなぁ、とか」

「ふふっ」

「えっ、なんで笑うの? わたし変なこと言いました?」

「リオが可愛らしいことを言うものだから、つい。不意討ちでした」


 くすくす。


 頭上で笑い声がこぼれて、わたしだけが状況を理解してない。解せぬ。


「僕たち商団ギルドのお仕事は支援物資の輸送ですが、届けてはい終わり、ではありませんよ。救護活動も含まれます」

「救護活動……ですか?」

「えぇ。一般の方に被害は出ていませんが、現地の商団ギルドはモンスターの襲撃を受けたようです。冒険者のみなさんはそれ以上の損害を被っています。これは、冒険者ギルドと商団ギルドが協力して解決しなければならない問題なんです」

「そう、でしたか……」

「怖いですか?」


 歯切れの悪い返事をして、考え込んでしまったからだろうか。エルから案じるような問いかけがある。


「リオ。商団ギルドのお仕事もありますが、はじめにおねがいしたように、僕はあなたの騎士(ナイト)として同行しているんです。凶暴なモンスターが襲ってきても僕が守ります。だから、不安がらないでください」


 いつも笑顔を浮かべているエルだけど、このときばかりは笑みをひそめ、真摯な表情で語りかけている。


 そんな光景がありありと目に浮かぶような、凛とした声音だった。


「ありがとう。危ないのは覚悟の上です。怖気づいて足を引っぱる真似はしません。ただ……」

「なにか、気になることでも?」

「どうして、いまなんでしょうね?」

「と、言いますと」

「ブルームにモンスターが出没するようになったのは、ここ二週間の話なんですよね。それも、頻繁に。なんでなんだろうって、わからなくて」


 近くに村や街はなく、野を越え山を越え、数日かけてやっとたどり着くことができる。それがブルームの街だ。


 人の手が入らない豊かな自然に囲まれた街のまわりでは、ほかの地域では見られない珍しいモンスターもすみついているときく。


 それは、大昔から人とモンスターが共存してきたあかしだ。


 なのに、最近になって突然モンスターが凶暴化しているという。


(いまは秋。だいたいのモンスターは春が繁殖期だし、食糧がすくなくなる冬にはまだ早い。なのに……どうして?)


 これまで保たれていた生態系が壊れた。……いや。


「この均衡を、()()()()()()()()()……?」

「リオ……?」


 ほぼ無意識のうちにつぶやいた、そのときだった。


「──エリオルさま! ご報告申し上げます!」


 進行方向から、馬に乗った男性が駆け戻ってくる。


 たしか、先頭を行っていた商団ギルドメンバーのひとりだったはず。


「何事ですか」

「は。この先の岩壁に、鋭い爪のようなもので傷つけられた痕が複数見受けられ、周囲には真新しい血痕が」

「なんですって!」


 にわかに、戦慄が走った。


 思わず叫んでしまったわたしの肩を、とん、と軽く叩く手がある。

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