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*26* 黒馬の王子さま

「馬は、急に動いたり、大きな声を出したりすると、びっくりしてしまいます。怖がらなくて大丈夫。ゆっくり近づいて、まずは(くび)をなでてあげてくださいね」


 見晴らしのいい草原で、ふたりと一頭。


 お馬さんとのはじめてのふれあいにおっかなびっくりしていたわたしも、いまや馬上の人だ。


「わ、思ったより高い……けど、すごくながめがいいですね……!」

「でしょう? 馬車にこもっているより、風と景色を楽しみながら駆けているほうが、案外酔わないんですよ」


 (くら)にまたがったのはわたしで、そこから左右にさがった吊革みたいな足場((あぶみ)というらしい)に足を置いているのも、わたし。


 このおかげで足もぶらぶらにならず、体勢も安定してる。


 エルは、後ろでわたしを支えてくれている。鞍を譲ってくれたから不安定なはずなのに、両足で馬の胴をきゅっとはさんで、まったくからだの軸をブレさせなかった。なんて体幹。


 手綱はもちろん、エルがにぎっている。まだ慣れないわたしのために、馬を軽く歩かせてくれていた。


(馬のあつかいに慣れてるし……『これ』も、本物、だよね……?)


 そっと左の足もとへ視線を落とせば、馬の歩みに合わせて金属音を立てている『それ』が目に入る。


 エルの腰の左側にさげられた、細身の剣だ。柄も鞘もまぶしい白銀色。


 わたしをひょいっと軽々押し上げて、馬にまたがらせてくれたことからもわかる。エルは、華奢なわりに力強い。それなりに鍛えてるんじゃないだろうか。


 イケメンでやさしくて、颯爽と馬を乗りこなして、その上剣でモンスターをバッタバッタとなぎ倒されたりなんかしたら、最強すぎてだれも太刀打ちできないんじゃ?

 

「エルは、王子さまだった……?」

「はい?」

「わたしの住んでた世界(ばしょ)では、王子さまは白馬に乗ってやってくるって相場が決まってるんです。この子、黒馬ですけど」

「おやおや……ばれてしまっては、しかたないですね」

「マジで王子さまだったっ……!?」

「なんてね。ふふっ、冗談です」

「なぬっ……!」

「リオは見ていて楽しいですね」

「もしかしてわたし、遊ばれてる……?」


 もしかしなくても、そうだ。頭上からくすくす笑い声が聞こえるもん。


「あなたにとっての王子さまになりたいとは、いつも思っていますよ?」

「まーたそういう台詞をサラッと……エルって物好きですよね。わたしみたいなのを相手にして、なにが楽しいんだか……」

「……リオ」


 おだやかなひびきは変わらないままに、わたしを呼ぶエルの声音が、半音低くなる。


「あなたはほんとうに……じぶんの価値が、わかってないんですね」

「わたしの価値……?」

「『じぶんを安売りするな』と言ったのは、あなたじゃないですか。あの日、あなたに『キャンディ』をもらって、僕がどれほどうれしかったか、知らないでしょう」

「……エルだけじゃなくて、ほかにもいろんな人にあげてましたよ」


『お菓子配り』は、男娼の誘いをかわすためにやっていたことだ。


 じぶんの身を守るためで……ついでに、性病に(かか)って苦しむひとも減ってくれたら、いいなって。


「あなたにとっての僕は『その他大勢』でも、僕にとってのあなたは『唯一のひと』だ」

「っ……」

「あなただけなんです。地を這いずりまわる僕に手を差し伸べてくれたのは、あなただけ……だからあなたは、僕にとっての『特別』なんですよ、リオ」


 流れる景色がいつの間にか止まっていて、静止した馬上で、ぎゅっとからだが密着する。

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