*26* 鐘の音が鳴る
なんか『契約』したワイバーンが実はドラゴンで、美少年だったらしい。
衝撃的すぎて、あらゆる方位からぶん殴られた気分だったよ。
そんなわたしは、現在別の原因によって頭をかかえていた。
「おーはなっ、おーはなっ、きーれいーだなー、あっ、ちょうちょさん!」
「可愛いの権化か?」
なにを隠そうこちら、自作のお歌を歌ってちょうちょさんを追いかけている、美少年のせいです。
あらためてよく観察してみる、
見た目はだいたい10歳前後。
背はわたしよりちょっと低いくらい。
服装がこれまた独特。いわゆる民族衣装って言われるたぐいの黒装束だったんだけど、不思議なことに既視感があった。
というのも、平安時代の公家さんとかが着てそうな、日本古来の着物に酷似したデザインだったから。
靴は履いてなくて、裸足。
ただ本人(本竜?)はぜんぜん気にしてなさそうなので、あえてふれないでおく。
「竜人族ではないのでしょうか?」
「俺もそのへんがよくわかんない」
ユウヒが人間のすがたになったおかげで、冒険者の目を避けて部屋に戻る必要がなくなった。
だからこうして庭園をお散歩できてるわけなんだけど……
連れ立って歩くエル、ノアは、ユウヒに関して疑問が尽きないようで。
大丈夫、わたしもだよ。
「竜人族は、ドラゴンにそっくりな亜人のことです。似てるから、そう言われてるだけです。なので、ドラゴンの血は引いてません」
「ほ、ほう……?」
「ユウヒはとうさまがドラゴンで、かあさまがニンゲンなので、ドラゴンなのです!」
「ドラゴンと人間の混血ってこと!? そんなことあるんだね……」
言うなれば、ハーフドラゴンってことだよね。
そりゃあドラゴンと人間だったら、ドラゴンの血のほうが勝つよね。
「おっきいユウヒだと、すぐヒトに見つかっておおさわぎになっちゃうので、ちっちゃいユウヒになって、あるじさまをさがしにきたのです。でもユウヒ、『せいしんねんれい』が見た目に引っぱられちゃうのです……」
ユウヒによると、からだの大きさを自由に変えられる。
一方でちいさくなると、中身もこどもになってしまうらしい。
『おちびちゃん』は、人間でたとえると赤ちゃんなのだとか。
「でもでも、あるじさまと『契約』してユウヒも強くなったので、中くらいのユウヒになったり、ニンゲンのユウヒになったりもできるようになりましたです!」
わざわざちっちゃくなって城にもぐり込んでるくらいだ。
最初に見た巨大なドラゴンが、ユウヒ本来のすがたってことだよね?
この美少年が中くらいのユウヒの人間のすがたなら……おっきいユウヒは、どうなってしまうんだ。
(えぇっと、ユウヒはハーフドラゴンで。ちっちゃいの、中くらいの、おっきいのに自由にからだの大きさを変えられる、と)
さながら弱火、中火、強火ってか。
「事情はわかった。それで、なんでおまえは、あんなに傷だらけになってたの?」
そうノアが問いかけたとき、はしゃいでいたユウヒが、ふっと笑顔をひそめた。
「言いたくなかったら、言わなくてもいいんだからね? ユウヒ」
あれほどの致命傷を負わせられたんだ。
ユウヒにとって、嫌な記憶であることは間違いない。
「……ううん、へいきです。ユウヒ言えます」
いつの間にか、ここにいる全員の足が止まっていた。
静まり返った庭園で、しばらく。
意を決したようにユウヒが口をひらく。
「ユウヒはもっと山の奥の、おっきな沼のそばで暮らしてました。そしたら、いきなりモンスターにおそわれたんです」
「ドラゴンを襲うとなると、かなり高ランクのモンスターじゃない?」
「そんなのじゃないです。よく見るモンスターです」
「どういうこと?」
「ユウヒもよく、わからないです……いつもなら、ちょっとおどかしたら逃げてくんですけど、ユウヒが追いはらっても、噛みついて、引っかいてきて」
「結局、そのモンスターたちは?」
「……しかたなく、燃やしました」
ノアの質問に、落ち込んだ様子で、ユウヒがつぶやく。
ユウヒは、とても心優しい性格なんだと思う。
お花やちょうちょが好き。
はじめて会ったときも、攻撃的な商団ギルドのメンバーに反撃をためらっていたことからもわかる。
正当防衛だとしても、モンスターたちを倒してしまったことを悔やんでる。優しすぎるんだ。
「くわしいことは、よくわからないですけど……なんか、やな感じがしました。ずっと前から山にすんでたモンスターが、いきなり暴れだした、みたいな」
「……ほう」
ユウヒの言葉に反応したのは、エルだ。
すっと蜂蜜色の瞳を細め、なにやら考え込んでいる。
エルほどじゃないけど、ユウヒの話を聞いて、わたしも気になることが。
「突然凶暴化した──似てますよね。ブルームの街を襲うモンスターと」
「えぇ。僕が先日討伐に参加した範囲内でわかることでも、ユウヒさんのお話と一致する点が数多くあります」
「たとえば?」
「まず、街を襲ったのは低級モンスターだということ。種族は一定でなく、さまざまなモンスターがいましたが、いずれにも共通することがひとつ」
「共通することって」
「我を忘れて、狂ったように暴れていたということです。僕が足を切り落とそうが、全身を切り刻もうが、おかまいなしに襲ってきました」
「そんな……」
エルが血まみれで帰ってきたのは、いくら攻撃しても、モンスターたちが反撃してきたから。
「痛みを感じていないようでした。そもそも、痛みに怯むほど自我があったかすら、さだかではありませんが」
最近になって、急に低級モンスターたちが凶暴化した。
本来ではあり得ないくらい、獰猛に。
ブルームの現状に、ユウヒの話。
とてもじゃないけど、偶然の一致とは思えない。
「このあたりは、やな感じがします。それでユウヒ、あるじさまも怖い目にあったらって思ったら、がまんできなくて、追いかけてきたんです」
ユウヒはわたしのローブの裾をきゅっとにぎって、いまにも泣きそうだ。
「わたしを心配してくれたんだね。ありがとう、ユウヒ」
「あるじさまぁ……!」
ぎゅうっと抱きついてきたユウヒの体温は、ふつうの人間より高い。
熱いくらいの体温が、じんと胸にまでしみわたる。
「どうやらこの件は、僕たちの予想以上に、根深い問題があるようですね。各ギルド関係者をあつめて、対策会議を──」
ゴーン、ゴーン、ゴーン!
前触れもなく、鐘の音がひびきわたった。
次の瞬間、エルがはじかれたようにふり返る。
「南の城門の方角……これは、モンスターの襲撃をしらせる警鐘です!」
「うそでしょ!? まだお昼にもなってないですよ!」
モンスターは夜にしか襲ってこないんじゃなかったの?
わたしが焦りを隠せないなか、城内のほうからも、だれかが指示を飛ばす声や、走り回る足音が聞こえはじめる。
「ただちに、街のひとびとの避難誘導が必要です。リオ、僕は出撃可能な冒険者のみなさんと街へ向かいますので、あなたは城内で待機を」
「……はい」
「ノアくん、きみは」
「俺はリオの助手だからね。そばを離れないよ。それに、もしあんたがヘマしても俺がリオを守るから、安心して」
「僕がいないあいだ、よろしくお願いします」
「ユウヒも! ユウヒだって、あるじさまの盾くらいにはなれますぅ~!」
「心強いドラゴンさんです」
この緊急事態でも、エルは冷静だ。
どうなってしまうのか、不安がないわけじゃない。けど、だめだ。
「お気をつけて」
エルは強い。負けない。
わたしが信じなくてどうするの。
ふいにエルの右手が伸びてきて、わたしのほほにふれる。
直後にこつんと、おでこがくっつけられた。
「断言します。いまこの瞬間、僕の勝利が確定しました」
最後にそう言って、エルはほほ笑む。
ふわりと、花がほころぶような笑みだった。




