表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/91

*25* 修羅場なう

「──というわけで、明日にはこの街を出て、ブルームへ向かうことになりました」

 

 カフェテリアへ戻り、『ギルド認定薬術師』としての初仕事を受けたいきさつを、ノアに説明する。


「新しい街でお仕事だね。わかった、すぐに準備するよ。それはそうと」


 ノアはひとつうなずいてから一変、キッと細めたサファイアの瞳を、わたしの隣へ向けた。


「なんで下の階に行って帰ってくるまでのあいだに、変な虫くっつけてきてるの」

「あ、あはは……これはちょっと、事情がありまして」


 ノアのいう『変な虫』というのは、わたしと肩を並べた人影をさした言葉だ。


 虫っていうより背後に薔薇とか咲かせてそうな、麗しいご尊顔の美青年なんですけどね。


「おや。いつの間にこんなぼうやまで手懐けたんです?」


 ミルキーホワイトの髪に蜂蜜色の瞳と、甘い色合いをまとった美青年が、わたしに向かってきょとん、と首をかしげてみせた。


「なんかそれ、語弊がありますよ、エリオルさん……」

「またそんな他人行儀に。エル、でしょう?」

「めっちゃグイグイきますね、エル……」

「ふふっ、あなたと再会できてうれしいんですよ、リオ」

「だから、あんただれだよ! 気安くリオを呼ぶなっ! あっち行けっ!」


 胸ぐらにつかみかかる勢いで詰め寄ってきたノアが、威嚇する。シャーッ! と全身の毛を逆立てた、黒猫みたいだ。


 でも威嚇されたエルは、あわてずさわがない。


「それは無理なおねがいですね。今回のご依頼、僕も冒険者ギルドから協力要請を受けての同行になりますから」

「は? なに言ってんの。意味わかんない」

「リオの話をきいていませんでしたか? モンスターが出没するブルームに、冒険者ギルドは治療師(ヒーラー)を派遣しています。それに合わせて、僕たちは救援物資の輸送をしているんです」

「まて。それじゃあんた、もしかして」


 ここまで説明されれば、ノアも理解したらしい。エルが、何者なのか。


「えぇ、わがカーリッド家は赤レンガ会──商団ギルドの、ちょっとしたえらいひとたちなんですよ。よくわかりましたね、ぼうや?」

「あのさぁ……こども扱いしないでくれる?」


 エルがほほ笑むほどに、ノアの眉間のしわが深くなっていく。


 ……これは、たいへんなことになりそうだ。



  *  *  *



 エリオル・カーリッド。通称エル。

 年はわたしのひとつ上で、十九歳だそう。


 やわらかい乳白色の髪に、黄金の瞳。

 優雅な仕草のひとつひとつに目が惹かれる、甘い顔立ちの美青年だ。


 ……娼館街の薄暗い路地裏で出会い、『キャンディ』をあげたあの日から、一ヶ月。


 どこか冷めたまなざしをしていた彼に、この短いあいだで、一体なにが起こったんだろう。



「おむかえに上がりました。お手をどうぞ、レディ」

「はい、リオ。足もと気をつけてね」


 冒険者ギルドでエルと再会した翌日、長らく滞在していた街を出る。


 馬車に乗るとき、エル、ノアのふたりに手を差し出されたときは、どうしようかと思ったけど。


 すみません、リオさん、ひとりで乗れます。


 おむかえに来てくれた馬車は乗り心地最高なんだけど、居心地が悪くてしかたない。


 なんていうか、いたるところに導火線が張り巡らされてるっていうか。


 向かい合わせになったボックスシート。

 わたしの隣には、エルを睨みつけているノア。

 向かいには、終始にこやかでまったく動じていないエル。


 イケメンふたりが、なぜかバチバチと争っている。


 なんでこんなことに?


 内心泣きそうな心境に耐えているうちに、おひさまがお空の高いところまでのぼっていた。


「うぇ……」

「リオ、つらそう……あのヘラヘラ男とおなじ空気吸ってたからだよね? 大丈夫?」

「いや、ちょっと酔っただけ……酔い止めもってるから、大丈夫だよ……」


 天使みたいな悪魔のノアくんが、馬車を下りてうずくまるわたしの背を、心配そうにさすってくれる。


 何気に辛辣な言葉を吐きますね。だれにとは言いませんが。


 これが三日間続くんだってさ。わたし大丈夫? 耐えられる?


「馬車を止めてしまって、ごめんなさい……」


 急いでブルームの街に向かわなきゃいけないのに、怪我人を治療するための薬術師がダウンとか、笑えない。これじゃあお荷物だ。


「気にしないで。慣れない馬車の旅なら、無理もないことです。休める場所をご用意しましょうね」


 だけどエルは怒らない。それどころか、同行していた商団ギルドの部下さんたちにおねがいして、風通しのいい木陰近くに天幕を用意してくれたほどだ。


「ちょうどお昼どきです。馬たちもひと息つきたいでしょうから、ゆっくり休憩してくださいね」


 ここまでしてくれたんだもん、断るのも失礼だよね。


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 スープとパンで軽く昼食をとり、自作の酔い止めを飲んだあとは、天幕におじゃまして横になる。



 一時間くらいは休んだかな。目が覚めると、ネイビーのローブにすっぽり包まれていた。


 ぎゅっとハグするみたいに、ノアに添い寝されてたんだ。これには笑っちゃったよ。


「んん……リオ、元気になった……? よかったぁ」


 ふにゃあ、とねぼすけスマイルの癒やし効果といったら。なんて有能な抱きまくらでしょう。


 酔い止めがきいたのか、頭もすっきりだ。これなら、午後は大丈夫そう!


 ぐぐ~っとのびをして、はりきって立ち上がろうとしたそのとき、ちょうど天幕の入り口を開けていたエルと目が合う。


「様子を見にきました。起きていたみたいですね。お加減はどうですか?」

「おかげさまでよくなりました! ご心配をおかけしちゃって……」

「いえいえ。休息も必要ですよ。これからまた出発しますが、その前に提案があります」

「は、はい、なんでしょう!」


 思わずかまえてしまったわたしをよそに、にっこりと、そりゃあもうまぶしい笑顔を浮かべるエル。


「僕と馬に乗りましょうか、リオ」

「ふぇっ? なんでまた……」

「乗りましょうね、リオ」

「へい」


 なんだろう。言葉遣いはすごくやさしいのに、有無を言わさぬ圧を、エルから感じた気がするのは。


 答えは、はいかイエスしか許されていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ