*24* 蜂蜜色の瞳の青年
「こちらが、『ギルド認定薬術師』ライセンスとなります。紛失の際は、再発行料金が発生いたしますので、ご注意ください」
「はいっ、わかりました。ありがとうございます!」
冒険者ギルド一階フロア、専用窓口で、ハートに翼が生えたデザインのゴールドバッジを受け取る。
これが、ひとびとの命を守る特別な薬術師の証。
ノリのきいた真新しいテディブラウンのローブの左胸で、つつましくも凛と輝く光に、背すじが伸びる思いだ。
「では早速、現在『ギルド認定薬術師』向けに募集されている魔法薬販売のご紹介なのですが……リオさま、もしよろしければ、こちらの案件をおねがいできますでしょうか?」
ライセンス発行受付のときに、お仕事の紹介もしてくれないかお願いしていた。
それでピックアップしてくれたんだろうけど、一枚の文書を差し出すギルドスタッフのお姉さんの表情は、どこか煮えきらない。
気になるそのお仕事内容を記載した書面に、さっと目をとおしてみるけど……
「『ブルームの街での魔法薬納品』──ブルームって、ここから北西へ行った街ですよね? たしか、馬車で数日かかる距離だったような」
「馬車や道中の宿泊費用など、諸費用は冒険者ギルドにて負担いたします。実はこちら、至急の募集案件となっておりまして」
「……なにか、起きているんですか?」
「二週間ほど前から、モンスターの侵入が頻発する現象が見受けられるようになりまして。さいわい、一般市民への被害はございませんが、討伐にあたった冒険者を治療するための人員ならびに物資が、不足している状況とのことです」
「なるほど」
お姉さんが渋る理由が、わかった。
つまり、モンスターがうようよいる危ないところに、わたしみたいなひょろひょろ薬術師を送るわけだからね、そりゃ心配にもなるわ。
だからって、怖気づくのは違うでしょ。
「その依頼、お受けします」
だってわたしは、薬術師なんだから。
傷ついているひとがいるのに、見て見ぬふりなんてできない。
「すばらしい! その勇気と深い慈愛に、感動いたしました」
「え……?」
ふいに、背後から聞き慣れない声が。
ふり向くと、わたしより頭ひとつ分は背の高い青年が、たたずんでいた。
ミルキーホワイトの髪は、ふんわりと軽くうねったセンターパート。さらけ出されたおでこがなんともまぶしい、いわゆる美青年だ。
スッと鼻筋が通っていて、どちらかといえば繊細な顔立ちなんだろうけど、軟弱な印象は受けない。
それは、柔和なほほ笑みをわたしに向けてきた彼から、どこか只者ではないようなオーラが感じられたからなのかもしれない。
「……あなたは?」
「これはこれは。レディのお話をお邪魔した上に名乗りもせず、ご無礼を」
そういって、突然あらわれた謎の美青年は、わたしに向かって恭しく頭を垂れてみせる。
「僕はエリオル。エリオル・カーリッドと申します。どうぞお気軽に、エルとお呼びください」
エリオル・カーリッド。知らない名前だ。
でも、ひとつだけわかることがある。
わたしもそうだけど、この世界で、平民の多くは苗字を持たない。つまり。
「貴族の方が、どうしてギルドに……わたしに、どういったご用件でしょう?」
エリオルと名乗った美青年は、わたしの問いに、にっこりと笑みを深めるばかりで。
「モンスターの出没する危険な街へ向かわれるとのこと。ぜひ、僕も同行させていただけませんか? レディをお守りする騎士の役目を、拝命したいのです」
「ちょっ……ちょっと待ってください!」
いくらなんでも、話が急すぎやしないか。
「エリオルさんが、見ず知らずのわたしにそこまでしてくださる理由が、わからないのですが……」
「見ず知らず……ね」
そのとき、ほんの一瞬だけど、彼の瞳がまたたいた。
猫のように妖しく光る、蜂蜜色の瞳──って、あれ。
「ふふ、おぼえていないのもしかたないでしょうが、僕たち、会ったことがあるんですよ?」
輝く黄金の瞳を、わたしは、見たことがあるような気がする。
あれはたしか、薄暗い路地裏で──
「ねぇ……『お菓子配りの魔女』さん?」
耳もとに寄せられた唇が、そっとささやく。
その瞬間、はじかれたようによみがえる記憶がある。
「あなた、まさか……っ!」
「思い出してくれましたか? うれしいです」
やわらかい笑みを浮かべた美青年が、蜂蜜色の瞳をまぶしそうに細め、右手で掬ったわたしの髪のひとふさに、キスを落とした。
「ようやく見つけましたよ……僕の女神。あなたをさがしていたんです。『あの日』から、あなたを想わなかった日はありません」
あまいあまい声音が、わたしの思考を溶かすように、熱く染み入ってくる。
「──覚悟してくださいね? 僕を買わなかったこと、後悔させてあげます」
わたしを映した蜂蜜色の瞳は、とろっとろに、蕩けて。