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*23* 望まない再会

「ていうか、肝心のエルはどこで油売ってんの?」



 ひとしきり熱烈ハグを堪能して、満足したのか。


 ガッシリとわたしをホールドしていた腕をゆるめたヴァンさんが、不満そうにつぶやいた。


 たしかに、いつもなら朝のあいさつを交わしてる時間も、とっくにすぎてる。



「おとといとは違って、昨日はモンスターの襲撃はなかったんですよね?」

「そうそう。だから睡眠時間はたっぷり取れてるはず。そもそも、エルが寝坊したとこなんて見たことないけどね」

「わたしもです……」

「部屋にリオちゃんがいないってなれば、鬼の形相で探しまわってそうなもんだけど、まったく、なにやってんだか」

「まさか、急病で倒れてたりしないですよね……!?」

「いやぁ、私が刺しても死にそうにない男だけど、リオちゃんが心配なら行きますか、エルの部屋!」

「はいわかりました! ってはぃいっ!?」

「そうと決まれば、とつげ~き!」

「わ、ちょっ、ヴァンさん力強っ……」



 うっかりうなずいちゃったのが、まずかった。


 喜々として椅子から立ち上がったヴァンさんに手を引かれ、なかば引きずられるように、食堂を飛び出す。



「えっと、ララ! 朝食ごちそうさまーっ!」

「はいは~い!」



 かろうじて、朝ごはんのお礼だけは言い残せた。



  *  *  *



 一度おとずれたことのあるエルの部屋。


 だけどたどり着く前に、回廊ですれ違った商団ギルドのお兄さんが、驚くべきことを言い放った。



「エリオルさまをおさがしですか? 急な来客があって、その対応をされていますよ。各ギルド関係者でも、街の関係者でもないときいていますが」

「部外者ってこと? この時期にブルームへ来るなんて、とんだ物好きもいたもんだ」



 ヴァンさんの言うとおりだ。


 連日モンスターの襲撃を受けているこの街が危険なことは、近隣の街や村にも周知されているはずだから。


 商団ギルドのお兄さんに教えてもらったとおり、エルがいるという庭園へヴァンさんと向かうと──たしかに、いた。


 臨時ポータルの設置されたすぐ近くで、だれかと向き合っている。



「エル?」



 呼んでみたけど、返事はない。


 いつもならすぐに気づいてほほ笑みかけてくれるエルが、背を向けたまま、わたしに気づかない。


 それくらい、目の前にいるひとに、集中してるってこと。



「……おひさしぶりです。こちらには、どういったご用件で?」



 ふだんは柔和なエルの声が、どこか硬い。抑揚もない。


 そっとエルへ歩み寄る足を、思わず止めてしまった。


 なぜなら、エルを取り巻く空間が、底冷えするくらい、冷え切っていたから。



「傷つき、不安な夜をすごすひとびとへ、神の祝福を授けに」



 次に聞こえたのは、若い男性の声だ。



「この世に神などいません」

「かつて神の御前にお仕えしていた者の言葉とは、思えないな」

「『仕えさせていた』の間違いでは?」



 淡々と返すエルの言葉は、あからさまに刺々しい。


 それは、ヴァンさんに対するものの比じゃない。


 明確な拒絶と、嫌悪感によるものだった。


 ここまで来れば、エルと向き合った人物が歓迎されていないことは、いやでもわかる。



「あの男、神殿の関係者だね」

「神殿の……ですか?」

「そ。しかもあの純白の衣裳、大神官クラスだ。んー、顔がよく見えないな」



 たしかに、庭園をいろどる薔薇のしげみに阻まれて、エルのすがたもよく見えない。


 大神官らしき男性とエルが、なにをしているのか?


 なりゆきを見守っていると、しばらくの沈黙があって、くだんの男性が口をひらく。



「では、日をあらためてうかがうとしよう」

「また追い返されるとはお思いになりませんか?」

「思わないな。ひとびとはかならずや、神の慈悲を乞うだろう」



 風が吹き、薔薇の葉がそよぐ。



「エリオル」



 黙りこくるエルへ歩み寄った男性の顔が、あらわになった。



「…………え?」



 そのとき、その瞬間。


 見えた。見てしまった。


 エルと言葉を交わしていた男性の顔を。



「エリオル。ひとたび神へその身をささげたおまえは、すでにわがしゅのものだ。どこにいようと、神がさだめる運命からは逃れられない」



 わたしの心臓は、バクバクバクと異様に加速をはじめる。



「──ッ!!」



 とっさにローブのフードをまぶかにかぶり、後ずさっていた。



「リオちゃん? どうしたの?」



 わたしの異変に気づいたヴァンさんが、心配そうに声をかけてくれる。


 だけど皮肉なことに、そのやさしさが、わたしの望まない展開をまねいてしまう。



「……リオ? いたのですか?」



 エルに、気づかれてしまった。



「ごめんなさい、朝のごあいさつにうかがえなくて……どうしたんですか、からだがふるえてます。具合が悪いのですか!?」



 顔を隠したくらいじゃ、エルの目はごまかせなかった。


 フードをにぎりしめた手がわずかにふるえていることすら気づかれて、血相を変えたエルが駆け寄ってくる。



「ヴァン、彼女になにかしたんじゃないでしょうね」

「誤解だよ! ここに来るまでなんともなかったってば!」

「どうだか。……部屋まで送ります。今日は1日無理をしないで、休んでください。ね? リオ」



 やわらかくほほ笑みながら、肩を支えてくれるエル。


 彼はわたしの様子がおかしいほんとうの理由に、気づかない。


 気づけるはずもないんだけど。



「…………『リオ』?」



 エルの言葉に反応したのは、あの男性だ。


 わたしは神殿なんか行ったことがなければ、大神官の知り合いもいない。


 だけどわたしは、彼を知っている。


 そして、彼もまた。



「そこにいるのは、まさか……リオなのかい?」



 こわごわとわたしに問いかけてくる彼は、アッシュグレーの髪に、葡萄酒のように深みのある赤い瞳。


 男性にしては柔和で、繊細な顔立ちだった。


 その顔を、わたしは知っていた。


 ……忘れたくても、忘れることのできない面影だ。



「答えてくれ……リオなのかい?」



 わたしはぐっと唇を噛んで、答えない。


 それが、なによりの答えになってしまった。



「っ……リオ」



 たまらない、といったように踏み出した男性が、純白の神官服をひるがえして、あっという間に距離をつめる。


 しなやかな腕が伸びてきて、顔を隠していたフードを脱がされるのも、時間の問題だった。


 そのとき、すぐそばで、はっと息をのんだような気配があった。


 エルだろうか、ヴァンさんだろうか。



「あぁ……やっぱり、リオだ」



 葡萄酒色の瞳をゆらめかせた男性が、ひたりと、わたしのほほに手のひらをふれあわせてきて。



「会いたかった……私のリオ……っ!」



 それからはもう、感情のままに、きつく抱きしめられる。



 痛いくらいの息苦しさにつつまれながら、混乱真っ只中だった。


 でもそれは、わたしだけじゃなくて。



「……待ちなさい。あんた、テオ……テオバルトじゃないの」



 低くうなるような発声があった。


 わたしを抱擁した男性が、怪訝そうにヴァンさんをふり返る。



「なぜ、私の名を?」

「知ってるに決まってるでしょうが……!」



 投げやりに言い放ったヴァンさんが、まぶかにかぶっていた外套のフードを脱ぎ、指にはめていた変声魔法具も引き抜く。



「まさかこんなところで再会するとはね、テオバルト!」

「……これは驚いた。ヴァネッサか?」



 マゼンタとワインレッド。


 微妙に色味は違うけれど、おなじ赤系統のまなざしが、絡み合った。



「なんであんたが、リオちゃんに馴れ馴れしくしてんのよ!」

「リオが私のリオだからだが」

「意味わかんないわよ!」



 まって。エルだけじゃなくて……ヴァンさんも、このひとと知り合いだったの?


 いよいよ、わたしの混乱も最高潮に達していた。



「リオ。この子は私の、愛しいひとり娘だ」

「はっ……?」

「……なん、ですって」



 呆然とするヴァンさん。


 エルも、蜂蜜色の瞳を見ひらいて硬直している。



「つらい思いをさせたね……ごめんね、おまえを想うがゆえに、厳しい仕打ちをしてしまった」

「……おとう、さん」

「なんだい? パパにしてほしいことがあれば、なんでも言ってごらん」



 にっこりと浮かべられた笑顔は、バースデーにクマさんのぬいぐるみをプレゼントしてきたときのそれと、まったくおなじだ。



「嗚呼、神よ……立派に成長した娘とふたたびめぐりあわせていただき、ありがとうございます」



 ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめるお父さんは、涙すら浮かべている。



「……冗談はよしてよ」



 そんななか、これまできいたことのないほどの低音で、ヴァンさんがうなった。


 鋭く細めたマゼンタの瞳で、お父さんを睨みつけている。



「いきなり家門を飛び出して行方をくらませたと思ったら……あんたがリオちゃんの父親ですって?」



 そして次の瞬間。ヴァンさんは、衝撃的な言葉を放つのだった。



「いったいどういうことか説明しなさい、テオバルト・カーリッド!」

 

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