*22* 極貧スキルでDIY
──インキュバスは少食です。
──私たちとおなじ食事を摂ることもできますが、基本的には人間の精気を主食としているためです。
──精気とは、気力、または精神や魂とも。
──第二次性徴期がはじまり、人間の夢に入り込んで精気を食べることをおぼえたインキュバスは、肉体的に急成長するケースが多くみられます。
ライブラリーで読んだ文献に、そんなことも書いてあったっけ。
わたしより数センチ高いくらい、ちょっと背の高めな女の子くらいの身長だったノアが、いまでは見上げるくらいに。声も、より落ち着いたトーンになった。
黙っていればクールビューティーなお顔の美しさは変わらないままに、少年と青年のはざまにいる美男子の破壊力は、すさまじいものだった。
「ほら、こっちおいで! それちょうだい!」
「やだ!」
黒いてるてる坊主になって、部屋の隅で駄々をこねる『こどもっぽさ』は、相変わらずだったけどね。
「サイズ合わなくなったでしょ? 新しいローブ買わなきゃ!」
「これがいい! リオのにおいがするもん!」
とまぁこのように、わたしのおさがりの黒ローブをからだに巻きつけて、離そうとしません。肩まわりとか、窮屈になってるはずなんだけどな。
「よーし、じゃあこうしよう!」
しばらくの攻防戦の末、わたしはついに、切り札を投入する!
「捨てないから、貸してくれない? そのローブがノアに似合うように、わたしが変身させてあげる!」
「え? 変身?」
年季の入ったマジックバッグから取り出すのは、裁縫セット。
伊達に、極貧生活送ってきてないんだからね!
* * *
手ごろな型紙をもとに生地を裁断して、ファスナーとポケットをつけたら、各パーツを縫い合わせる。
あとはバックルにベルトを通せば、あら不思議。ローブがウエストポーチに大変身!
外はシンプルに黒一色。内布はマチをつくった青い生地を縫いつけている。
そこに『空間圧縮』と『重量軽減』の魔法式が組み込まれた巻物をちぎって放り込めば、手作りマジックバッグの出来上がり!
リュックを背負った上からローブを着るのは、不格好だからね。ウエストポーチなら、そんなにシルエットも目立たないと思う。
「じゃじゃーん、余った布でちびノアくんも作りましたよ!」
頭でっかちな黒だるまに、ちっちゃいコウモリの羽根。
ウサギみたいなひし形の耳と、内布とおなじ青い生地で作ったくるみボタンのおめめも、ふたつ。
中に綿をつめて、ふっくらした手乗りマスコットを、ベルトの金具部分に提げてみた。
「これ俺なの? なんかシュール」
ちびノアくんを指先でつっついて、ぷはっと吹き出すノア。
「リオが俺のために作ってくれて……すごく、すごくうれしい、ありがとうっ!」
「わぁっとぉ!?」
感極まったノアにがばっと抱きつかれたら、受けとめきれずによろめいてしまう。
純粋で、寂しがりで、甘えたがりなところは変わらないのにねぇ。
「大きくなったねぇ……ノア」
ちょっとずつ、いろんなことが変わっていく。
ノアは器用で頭もいいから、すぐにわたしを超える魔術師になって活躍するだろう。
ふと、疑問に思う。
そのときも、ノアは変わらず、わたしの前で笑ってくれてるのかなって。
(わたしのことが好きだって言ってくれるけど、こどものときにやさしくしてくれた近所のお姉さんに、あこがれてるみたいな感覚だったら?)
恋に恋をしているのかもしれない。
かん違いは、しちゃだめだよね。
だったら、必要以上のスキンシップはひかえるべきだって突き放さなきゃいけない。
なのに、屈託のない笑顔で抱きつかれたら、つい抱きしめ返してしまう。
……わたしたちの関係って、なんなんだろう?
この関係を終わらせることも、名前をつけてしまうこともこわい、臆病なわたしが、ここにいる。
「ねぇリオ、おでかけしよう。俺もリオにプレゼントしたい」
ひとり悶々とするわたしの手を引いて、きらきらとしたサファイアの瞳で、ノアは笑った。