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*20* たべられる

 朝起きてすぐ、眠気が吹き飛んだ。


 宿の部屋の前に郵便物──冒険者ギルドから昨日の健診結果と、認定ライセンス発行案内が届いていたからだ。


 冒険者ギルドのブランドを背負う、選りすぐりの薬術師。それが『ギルド認定薬術師』だ。


 その認定条件は、ふたつ。


 上級魔法薬を作ることのできる、高品質な魔力をもつこと。

 それを安定的に供給できる、豊富な魔力量をもつことだ。


『薬術師法』によると、健康診断における魔力項目の総合評価を、一日に生産できるポーション量にあてはめて、こう定義している。



 A 上級ポーション十本以上/日

 B 上級ポーション一本以上/日

 C 低級ポーション五本以上/日

 D 低級ポーション三本以上/日

 E 低級ポーション一本以下/日



 これまでのわたしは、総合評価がCだった。


 魔術師から特殊クラスの薬術師へ職業転身(クラスチェンジ)する必須条件のひとつが、『魔力が総合評価C以上であること』──これは言いかえれば、総合評価D以下の薬術師はいないということでもある。


『一日に生産できる低級ポーションが五本以上、九十九本以下の薬術師』は同ランクとして評価されるから、魔力薬を売って生計を立てている薬術師は、ほとんどがこのCランク帯でくすぶってる。


(なのに、かろうじて総合評価Cに足を引っかけてた底辺薬術師のわたしが、まさかのB評価認定ですってぇ!?)


『ギルド認定薬術師』の認定ラインであるB評価から、文言が『低級ポーション』から『上級ポーション』に変わっている。


 上級ポーションを一本作るためには、低級ポーション百本分の魔力量を必要とするので、『ギルド認定薬術師』は、まさに桁違いの実力をもった薬術師というわけだ。


「うそでしょ……」


 身支度もそこそこに、あわてて取りかかったのは、ポーション作り。


 あとは治癒魔法をかけて、瓶分けとラベリングをすればいいだけのところまで作り置きしていた分を、前倒しして仕上げに入る。


 小鍋ひとつで、低級ポーション五本分。それが、今朝は小鍋みっつ……低級ポーション十五本分の治癒魔法を使っても、クラクラすることはまったくなかった。


「信じられない……」


 ほんの数日前までは、低級ポーションを五本作っただけで、ぐったりしてたのに!


 ポーション作りが一段落し、実感と歓喜がわき上がってきたお昼前。おねぼうさんのいる寝室に突撃した。


「ノア! きいてノア! ポーションをいっぱい作っても辛くならないの! 『ギルド認定薬術師』になれる……認定ライセンスがあれば、ギルドに取引先を紹介してもらえるよ!」

「んん……リオ? 元気だね……」


 わたしのベッドで眠りこけていたノアが、のっそりと起き上がる。


 寝ぼけまなこをこするうちに目が覚めてきたらしく、ベッド脇のわたしを見上げて、ふにゃあ、とほほをゆるめた。


「よかった、ちゃんとなじんでたみたいで」

「えっ、なにが?」


 ノアはベッドからおりると、わたしの正面に立つ。


 のぞき込んできたサファイアのまなざしは、どこかいたずらっぽい。


「最近やけに眠いとか、感じたことない?」

「眠い……そういえば、あくびが止まらないことがあって……でも、なんで」

「知ってるよ。だって俺、インキュバスだよ? 人間を食べる悪魔なの」

「えぇっと……うん」

「その『食べる』って意味、ずっとかん違いしてたって、最近気づいたんだ」

「ひゃっ……」


 油断していたら、ぐっと引き寄せられるからだ。


 わたしはあっという間に、ノアの腕の中。


「痛いことなんてしない、おたがい気持ちよくなるだけ」


 じゃれるようにわたしの腰へ腕を回すノアの声は、うっとりしている。


「夢魔はね、人間の肉じゃなくて、精気を食べるんだ。だけど俺ばっかり美味しい思いはしちゃだめだから、お礼にね、俺の魔力を毎晩リオに注いでたの」

「へっ……魔力を、注ぐ……?」

「気持ちよくしてもらってるときはもちろん、こうやってね、リオが眠ってからも、夢の中で……んっ」


 わたしにほほをすり寄せていたかと思うと、ノアがちゅうっと唇を吸う。


「ちょ、まっ……」


 軽くふれるだけだったキスが、しだいに深くなり、ぬるっと熱いものが口内に割り込んでくる。


 その瞬間だ。びりびりびりぃっと、背すじを電流がかけ巡った。


「んんんっ!?」


 驚いて飛びのこうとしても、腰に腕を回されていて、びくともしない。


 衝撃の連続だ。ノアの華奢な腕のどこに、こんな力があったのか。


「ふぁ……の、あ……」

「んっ……気持ちいいね、キス、きもちい……はぁっ」

「んんぅっ……」


 息を荒くしたノアに、かぷりと噛みつかれる。


 唇へやわく牙を突き立てられ、ぞくぞくっと肌が粟立った。


 ちょっと痛いくらいに唇を吸われて、ごっそりと『なにか』が持っていかれるような疲労感にみまわれる。


 かと思えば、ふっ……と吐息を吹き込まれて、ぴくんっと腰が跳ねる。甘い痺れが、からだじゅうに広がってゆく。


「……っん……わかる? 俺の魔力が、リオのからだに入り込んで、染みわたっていくの……」

「ふぁあっ……」

「ははっ……顔、とろんとしてる……リオ、可愛い、かわいい……」


 だめだ。これ。


 このままじゃ頭がばかになっちゃうって、わかるのに、ノアを、拒めない。


 もっとほしいって、じぶんから腕を回して、しがみついちゃう……


「んくっ……んっ……んんっ」


 引き寄せられた腰を、すりすりと、指先でくすぐられる。そのたびに、ぴくん、ぴくんと甘く跳ねた。


「あぁ、こんなにしあわせな気分になること、なんでいままで知らなかったんだろう……リオ……リオっ」


 飽くことなく唇に噛みつきながら、わたしの名前を呼ぶノア。


 たべられてるみたいだって、ろくに働かない頭で、ぼんやり思う。


「俺の魔力、いくらでもあげるから……もっと俺をほしがって、ぎゅってして、リオ……」


 甘い吐息が、何度も耳に吹き込まれる。熱が、あふれる。


 やがて糸が切れた人形みたいに、わたしはずるりと、ひざから崩れ落ちた。

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