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*18* 天才少年はお勉強中

 空が蒼く澄みわたった昼下がり。


 黒いレンガ造りの建物内で、エントランスのらせん階段をのぼると、二階は憩いのフロア。


 冒険者たちがひと息つくカフェテリアと、各地の魔導書や文献、娯楽用の絵本や小説が集められたライブラリーがある。


 ──インキュバスの尾、とくにスペード型の中心部分は、敏感な性感帯のひとつです。


 ──もしインキュバスに襲われそうになったら、ここにあるくるみ大のすこし硬い箇所を強く押しつぶしましょう。


「『前立腺を刺激するのと同等の性的快感を与え、インキュバスを前後不覚に陥らせることができます』……()られる前に()れってこと?」


 何分、人間専門の薬術師をやってきたもので、淫魔の生態についてはちょっと存じ上げなかった。


 著者がどうやって検証&どんな心境で執筆したのか激しく謎な文献を、苦笑しながらそっと本棚へ押し戻す。


 そのタイミングで、く~きゅるる、と空きっ腹がさびしげに鳴いた。


「さすがにおなか空いたよー……」


 今日は、冒険者に義務づけられている半年に一度の健康診断があった。


 血を抜いてわかるのは血糖値とか中性脂肪の数値じゃなくて、魔力量とかそういうファンタジー世界ならではの項目なんだけど、なんていうか、癖でね、朝ごはん抜いたんです。


 だいじだよね、早朝空腹時。


 健診も終わって、午後はオフだし、時間はたっぷりある。


「まずはランチにして、そのときにノアと……よし」


 腹は決めた。あとは実行するだけだ。


 静かな館内で邪魔にならないように、そうっとあたりをさがして回る。


 一時間半ほど前に別れたノアは、ライブラリーの最奥にある読書スペースにいた。


 おなじみの黒ローブ。室内だけどフードをまぶかにかぶった後ろすがたは、「話しかけるな」とでも言わんばかりの寒々しさだ。


 他者を寄せつけないあの子の周辺は、本当に気温が二、三度低い気がする。


 近づいて観察してみれば、テーブルに分厚い本を何冊も積み上げ、右手には羽根ペン。


 手もとには、びっしりと書き記された便箋が散らばっている。ポルプの木から作られた紙製品で、安く手に入るから、ノート代わりにたくさん買ってあげたんだよね。


 カリカリカリ……


 羽根ペンの先が紙の繊維を引っかく音は、心地よくて好きだ。


 黙々と黒いインクの文字を追うサファイアの目もとも、涼しげで魅入ってしまう。


 ノアって、黙ってるとクール系美少年なんだよなぁ。


「や、おまたせ」

「……リオ!」


 反射的に腰を浮かせたノアに向かって、立てた人さし指を、しぃ、と唇へ添えてみせる。


 ノアが気恥ずかしげに座り直すと、わたしも椅子を引いて、右隣に座った。


 会話は、内緒話をするみたいにひそめた声で。


「熱心にお勉強してたみたいだね」

「魔法式を書いてた。一回書いたら、大体覚えられるから。そこのは読み終わったやつ」

「これぜんぶ? すごっ……!」


 テーブルに積まれていた本は五冊。火、風、土、雷、水魔法の魔導書だ。


「インプットはしたから、あとは実践でアウトプットするだけ」


 サラッと口にしてるけど、ノアくん、それ、デキるひとの言葉です。


 駆け出し魔術師のはずなのに、初クエストでマンドラゴラを電撃で丸焦げにした実績のあるノアだから、すごく説得力がある。


 そんな天才少年は、六冊目、治癒魔法の魔導書をひろげて、格闘の真っ最中みたいだった。

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