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*15* まさかのパターンに絶句

 気がついたら、青空と、だだっ広い庭園の景色がひろがっていた。



「わーお、絶景だねーえ! ってあらら? リオちゃん大丈夫? おーい」



 草むらにへたり込んでいたわたしは、かがみ込んできたヴァンさんに、ツンツンとほほをつつかれる。



「ポカンとしちゃって……かーわいっ!」

「むぐっ……」



 そうこうしていたら、ぎゅむっと抱きしめられた。



「はなっ、離してください……!」

「小動物みたいでかわいいなー、エルにはもったいないや。私がお嫁さんにもらいたいくらい」

「だから、意味がわかりませっ……!」



 ジタバタと抵抗していたときのこと。


 熱烈ハグをしてきたヴァンさんの胸を押し返そうとして、『あること』に気づく。



「…………えっ?」



 まぬけな声がもれた。


 仕方ないでしょ。だって……



 ヒュオオ……



 石のように固まったわたしの背後で、風が渦巻く。


 直後、まばゆい閃光が走り、突風が吹きおろす。




「──気はすみましたか?」




 いまとなっては、聞き慣れた声がした。


 おだやかなトーンに、どこか底冷えのするオーラをまとわせていたけれど。


 ついさっきわたしたちがテレポートしてきた場所に、ミルキーホワイトの髪をなびかせた美青年がたたずんでいる。



「あらまぁ……お早いお越しで。てゆーか早すぎでしょ? さては商団ギルドの臨時ポータル使ったな」

「リオの位置情報は把握しています。ためらう理由がありませんね」

「はっ、まさかハンカチに細工してたな!? やだー、ストーカーだー! リオちゃーん! いますぐそのハンカチ捨てたほうがいいよー!」

「誘拐犯にストーカー呼ばわりはされたくないですね」



 この際だからいうけど、わたしは戦慄していた。


 なぜなら、エルが真顔だったから。


 いつもにこにこと笑顔だった、あのエルが、だ。



「あなたの自由奔放なふるまいには寛容でいたつもりですが、さすがに度をこえています」



 草むらを踏みしめながら歩み寄ってきたエルが、わたしを抱いたヴァンさんを見おろして、にっこり。


 ただし、蜂蜜色の瞳はみじんも笑っていない。



「愛人いじめがお好きとは、ほんとうに意地が悪いですねぇ……()()()?」



 そのひと言が、すべてを物語っていた。



「あはっ」



 茶目っけたっぷりに笑ったヴァンさんが、右手の中指にはめた指輪をはずして、フードを脱ぐ。



「そう怒らなくてもいいじゃない」



 次に聞こえてきたのは、ハスキーだけど、女性みたいに高い声だった。


 いや、『みたい』じゃない。



 風になびく藍色のポニーテール。


 細い輪郭線に、ぷっくりとしたくちびる。


 瞳は鮮やかなマゼンタで、うすくチークを散らした左の目もとに、泣きぼくろ。



「笑顔で人が殺せるわよ、私の愛しのエル?」



 間違いない。


 ヴァンさんは、女性だったんだ。


 だって、さっき押し返そうとしてふれた胸が、やわらかかったんだもん。



「貴婦人ともあろう方が、変声の魔法具を使って男装してまで各地を放浪しているだなんて、だれが予想できますかね」

「あら、そんな私の愛人に立候補したのは、きみでしょう?」

「ビジネスパートナー、です。お間違いなきように」

「つれないわねぇ」

「……えぇっと」



 ヴァンさんは女性で、エルが愛人で。


 ということは、つまり……



「んふふ、びっくりさせちゃったわね。あらためて、私はヴァネッサ・カーリッド。お会いしたかったわ、リオちゃん?」



 そういうことに、なっちゃうよね……!



 ──ヴァネッサ・カーリッド。


 彼女こそ、エルをひろったという、カーリッド家の奥さまなのです。



  *  *  *



「意味わかんないんだけど」

「大丈夫、わたしもいまだによくわかってない」



 あれから数分後、遅れてノアが庭園にテレポートしてきた。


 エルとヴァンさん……ヴァネッサさんをまじえて事情を説明したけど、しかめっ面だ。


 ヴァネッサさんは長身だし、指輪型の魔法具で声も変えてた。わたしも本気で男性だと思い込んでたよ。


 いろいろと衝撃的すぎて、理解が追いつかない。



「僕だけならまだしも、リオにちょっかいを出さないでください」

「いじめてるわけじゃないわよ。お姫さまだっこでベッドに連れて行ってすらくれないツンツンエルくんが、ベタ惚れした女の子を見つけたっていうじゃない? それで会いたくなっただけよ」

「ほかに余計なことはしていませんね?」

「リオちゃんにエルの好きなところをみっつ訊いたわ。無回答だったわね、どんまい!」

「そうですか。今夜は僕が寝かしつけてさしあげますね、奥さま?」

「やだ、それ物理的なやつ。ぶん殴ってお屋敷に強制送還するときのトーンじゃない! きれいな顔して物騒な男だわー!」



 ぶん殴って強制送還されたことがあるのか……


 エルとの舌戦を聞きながら、ヴァネッサさんの言い方は、前科があるひとのやつだなぁ……と他人事のように思う。


 ちなみにヴァネッサさん、エルとはひと回り年が違うらしい。


 ということは、30代……わー、同世代だ。精神年齢的な意味で。



「ま、いいわ。リオちゃんたらコロコロ表情が変わって面白いから、さっさと手篭めにしちゃいなさい。どうせ溜まってるでしょ?」



 なんだろう、すごく強烈なことを、サラッと話題に出された気がする。



「リオに変なことしたら、俺が許さないよ」



 たぶんノアは、ヴァネッサさんの言葉の意味を理解してはいないだろう。


 でも不穏な空気を感じ取ったのか、あいだに割り込んでわたしを守ろうとしてくれる。


 ありがとう、ノア……



「余計なお世話ですし、はしたないですよ」



 ため息まじりのひと言で、エルに『その気はない』ってことが証明された。エルもありがとう……



「あらら。リオちゃんのまわりは紳士ばかりねぇ」



 ヴァネッサさんのほうはオープンすぎて、いっそ清々しいです……



「でも、長いこと女の子を抱いてないみたいだから、覚悟しといたほうがいいわよ、リオちゃん? 戦場に身を置く者は、性欲が強いからね」

「んなっ……」



 ふいにヴァネッサさんに耳打ちされて、絶句。


 最初からそう。ヴァネッサさんは、エルとわたしが結ばれることを望んでる……? ……なんで?



「リオに余計なことを吹き込まないでください、ヴァン!」



 思考停止していると、エルに両耳をふさがれる。



「今日はこのへんにしとこうかしら。邪魔者は退散しようっと。またね、リオちゃん」



 くすくすと笑いながら手をふるヴァネッサさんに返事をすることもできず、遠ざかる背中を見送った。



「まったくあのひとは……ご気分を害してしまいましたよね、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です……びっくりしただけです。ちょっと、変わった方ですね」

「野良猫のごとく男娼をひろって公然と愛人にしてるんです、かなり変人です」

「あはは……」



 ビジネスパートナーって、エルが言ってたよね。


 つまり、ふたりのあいだには恋愛感情がないってことだけど……


 おだやかで紳士的なエルが、ずけずけと本音をぶつけてるんだ。信頼や親愛はあるんじゃないかな。



(ヴァネッサさんも気さくで親しみやすいし、悪いひとではないのかも?)



 せめて、わたしとエルをくっつけようとする理由がわかったらなぁ。訊いたら教えてくれるのかな?



「はいはい、そこまで! そっちの面倒事にリオを巻き込むのも、いい加減にしてよ。俺たちはあそびに来たんじゃないの」



 しびれを切らしたノアが、エルとわたしを引き離すようにあいだに入る。



「もちろん、僕も立場はわきまえているつもりです」



 すっと蜂蜜色の瞳を細めるエル。


 その面持ちは、真剣そのものだ。



「城内のフロアマップを入手しました。ふたりとも、こちらへ。ご案内いたします」



 エルはそういって、迷いのない足取りで、颯爽と庭園をあとにする。



 ──旧ブルーム城。


 街を見おろす壮大な城が、青空のもと、わたしたちを迎え入れた。



  *  *  *



 エルの案内で、そのむかし、パーティー会場として使われていた大ホールへやってきた。


 怪我をしたひとたちは、この一ヶ所にあつめられている。



(さぁ、いよいよだ)



 気を引きしめて、マジックバッグからステーショナリーポーチを取り出す。


 中には治療に必要な道具が一式そろっているけど、まず手に取るのは──



「それは?」



 カラフルな紙の束を目にしたエルの蜂蜜色の瞳が、丸みをおびる。


 使い道が想像できないんだろう。



「文房具屋さんで買った便せんを使って、ちょっと工作したものです」



 デザインとしては、色を塗って、上から黒、赤、黄、緑のボーダーラインを入れたもの。


 ラインとラインの境目にローラーカッターでミシン目を入れて、垂直に細長く切り離す。


 そしてしおりみたいに糸をつけたこれは、リオさん特製アイテムだ。



「ノア、これからわたしがすることを、よく見ておいてね」

「わかった」



 真剣な面持ちでうなずいたノアをつれて、まず最初の負傷者のもとへ。



「こんにちは。わたしは『ギルド認定薬術師』のリオといいます。まずはじめに、お名前を教えていただけますか?」



 負傷者の右手首に特製アイテムの糸をくくりつけながら、簡単な質問をする。


 こうした現場で、ヒーラーのわたしが真っ先にすべきこと。


 それは、『ふりわけ』だ。



  *  *  *



 トリアージ。


 傷病者が多数いる場合、治療の優先順位を決めるために用いられる現代の分類法。


 わたしは前世で学んだ知識を駆使して、今回の任務に、これを取り入れることにした。


 トリアージの区分は、次のとおり。



【Ⅲ】

 緑タグ 優先順位3位:傷病者が自力で動けるもの、軽傷

(軽度外傷、小骨折、小範囲熱傷)


【Ⅱ】

 黄タグ 優先順位2位:バイタルは安定、数時間待機可能

(頭部外傷、開放骨折、熱傷)


【Ⅰ】

 赤タグ 優先順位1位:バイタルが不安定、ただちに処置が必要

(大出血、重症熱傷、ショック、呼吸困難)


【0】

 黒タグ 優先順位4位:救命不可

(死亡判定)



 自作のトリアージタグを装着した最初の段階で、もっとも重症度の低い緑タグがいちばん下にきている。


 ここから、治療優先度に対応した色が下にくるように、タグをミシン目から切り離していく。


 そうして、だれを優先して治療すべきか一目でわかるように、ふりわけるんだ。



 大ホールにあつめられた傷病者は32名。


 そのうち緑タグが31名で、黄タグが1名だ。


 ふりわけをしたら、まず黄タグ、次に緑タグと、優先順位ごとに治療をしていく。



 身動きが取れない黄タグの傷病者は、右足のふくらはぎ部分を開放骨折した冒険者の男性だった。


 開放骨折っていうのは、骨折した際に皮膚がやぶけて、骨が露出した状態のこと。



「大丈夫? ノア」

「……うん、だいじょう、ぶ……」



 なかなかにグロテスクな光景だったもので、見慣れていないノアには、刺激が強かったみたいだ。


 くわえて外傷の治癒に薬効を全振りしたポーションは、わたしもまだ『レシピ』を開発できていない。


 従来のツンと鼻にくる薬品のにおいが、あっという間に広がった。




 開放骨折には上級ポーション、緑タグの外傷には低級ポーション。


 手持ちの魔法薬で、なんとか治療をすることができた。


 ノアは顔を真っ青にしながらも必死にお手伝いしてくれて、わたしが治療を終えたあと、ガーゼや包帯で患部を保護する処置をやりとげた。



  *  *  *



 治療に没頭すること、数時間。


 傷病者は全員動けるまでに回復した。


 あとはエルに声をかけて、一般のお部屋に案内してもらうことに。



「さすがにくたびれたなぁ~」



 人影がなくなり、静まり返った大ホール。


 薬品のにおいを逃がすために、窓や扉をあけて、換気をする。


 ついでにバルコニーへ出てみると、まぶしいオレンジ色の景色に目がくらんだ。



「きれい……」



 切り立った崖の上にある旧ブルーム城。


 目下にひろがるミニチュアサイズの街には、昼間見たような人通りがまったくない。


 よくできた模型みたいに、ただそこにあった。



「……ねぇ、リオ」



 茜に染まる街をながめていると、背後からノアの声がした。


 ふり返れば、ノアがフードを脱ぎながら歩みよってくるところだった。


 ふたりきりのときはこうして素顔をさらすノアだけど、その面持ちは強ばっている。



「俺、あんまり役に立たなかったよね。ごめん……」

「治療のこと? びっくりしちゃうのも仕方ないよ」



 ノアの元気がないのは、血まみれ惨状に圧倒されて、うろたえてしまったことが理由なんだと思う。


 こういう現場では、女性のほうが精神的に強いって言われてる。


 月経があって、日常的に血を見慣れてるからね。



 前世で医学生だったとき、病理解剖の見学をした。


 ご遺体にメスを入れて摘出した臓器の計量や写真撮影をするんだけど、同級生の男子が気分不良で離脱してた。


 もちろん、みんながみんなそうってわけじゃないことは、補足しておく。



「なんか俺、血のにおいが苦手みたい……」



 そういえば、大怪我をしたワイバーンにいち早く気づいて、顔をしかめていたっけ。


 決まりだ。ノアはわたしより嗅覚がするどい。



「無理して、わたしのお手伝いしなくてもいいんだからね?」

「ううん。リオの力になるって決めた。こんなとこでへこたれてられない」



 夕暮れ時のちょっと冷たい風が吹き抜けて、ノアの艶やかな黒髪がなびく。


 決意を示すように、ぎゅっとにぎられた手は力強くて。



「いっぱい、がんばる。リオが重いもの背負っても、俺も持ってあげられるように、強くなるからね」



 真正面にあるサファイアの瞳は、どこまでも澄んでいる。


 ……なんて純粋で、ひたむきな子なんだろう。



「ノアはやさしい子だね」



 思わずジーンとしちゃって、照れ隠しにぎゅっとハグをする。



(……あったかいなぁ)



 独りで死んで、独りで生きてきたけど、いまは、ノアがそばにいてくれる。


 わたし、いつの間に独りぼっちじゃなくなってたんだろう。



「はわ……リオが、ぎゅってしてくれた……」



 ここでノアくんに、ぎゅううっと抱きしめ返されます。



「むぐ……ちょっと苦しいかもです……」

「だってぇ……思う存分リオのことぎゅってできるの、ひさしぶりなんだもん」



 わたしより背の高いノアが、わたしの首すじにぐりぐりと頭をこすりつけてくる。


 あー、ブルームに来るまでは、思うようなスキンシップができなかったからかな。


 甘えたモードに突入しちゃってる。



「ねぇリオ、もう人目を気にしなくてもいいでしょ? 今夜はいっぱい、ベッドで『よしよし』してくれる……?」



 おぉっとぉ。出ました、無自覚ノアくんのうるうるおねだりです。


 言い方はこどもみたいに可愛らしいけど、内容はえっちなお誘いですからね。


 本人に下心はないのが困ったところ。



「えーと、それはですね」

「俺は気持ちよくなって、リオも魔力補充できる。いいこと尽くしでしょ? 魔力いっぱい注いであげるから、ポーションたくさん作ろうね」



 そうなんだよ。魔力量カッスカスのわたしにとって、ノアは大容量バッテリーみたいなもんなんだよ。


 くっ……なんて断りづらい……!



「リオのこといーっぱい『食べる』から、夕食はいいや」



 はにかんだノアが、とどめとばかりに、ちゅっとほほにキスを落とす。



「ごほうびは、まだおあずけ。ふふ、シャワー浴びてくるね」



 内緒話をするみたいに耳もとへささやきかけられたら、もう頭をかかえるしかない。



「……あざといぞ」



 軽やかな足どりで行ってしまったノアの背が見えなくなると、脱力。


 ベタベタに甘えてくるノアとのスキンシップが、嫌とは思えないから、なんだかなぁ……



「流されてちゃだめなのに、わたしっていうアラサー女子は……はぁ」



 ため息をついたところで、はたと呼吸が止まる。



(……あれ)



 じぶんでつぶやいたことに、衝撃を受けていた。



(どうして、だめなんだっけ……?)



 ノアはわたしのことを好きだって言ってくれてる。


 わたしも、ノアといるのは楽しい。


 なのに、どうして、なにが『だめ』なんだろう。



 ──受け入れちゃえばいいじゃん。なにもかも。



 そうささやきかけてくる『わたし』が、わたしのなかにいる。



 ──好きだよ、リオ。



「わたし……わたし、は」



 まっすぐに想いを伝えてくれるあの子に、どんな言葉を返せばいいんだろう……?



「リオ」

「……っ」



 名前を呼ばれたのは、完全に不意討ちだった。

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