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【99話】 二学期(ドライブ)

 まだ9月上旬という事もあって、夜でもまだ暑い。

 レストランでのディナーが終わって1時間が経ち、今はピッタリ22時。

 レンタカーの中では鹿沼母が後部座席で横になっていて、鹿沼さんが助手席で電話をしている。

 俺はこの駐車場の看板にある問い合わせ番号に電話してみたのだが、残念ながらもうこの時間では誰も出なかった。

 地下にある駐車場なので空が完全に暗くなった今、ちょっと薄気味悪い雰囲気が漂っている。

 


 俺達は3万円以上使ったから3時間は駐車無料だ。

 まあ今となっては3時間無料だろうが、どうせここから12時間近く泊める事になるからあまり意味をなさないのだが。

 全ての車が出て行ったかの確認が無いのなら別にこのままここに駐車しぱなしでもいいかなとか思ったけど、多分警備員さんとかが最後に見回りするだろうし、そこで駐車違反とかなったらそれはそれで面倒くさい事になるから筋は通すべきだと思いやめた。

 今は鹿沼さんがレンタカー屋さんに事情を話してレンタル時間を延長してもらっていて、それが終わったら二人で隣接する高級そうなホテルのフロントに行って大人の助けを求めるつもり。

 鹿沼さんを連れて行くのはただ俺が安心したいだけ。

 一人で行くよりも鹿沼さんと行く方が心強いし。



「レンタル料2倍になったけど、延長できたよ」



 鹿沼さんが助手席から出てきて車のボンネット越しに言った。



「まあ、元からそんな高くなかったし2倍で済んで良かったんじゃないかな」

「そっちはどう?」

「ダメだったよ。だから隣のホテルに行って、車だけでも停めさせてくれないか頼みに行こうと思って」

「停めてくれるとしても、どうやって動かそうか」

「そこも含めて大人を頼るしかないね」

「もうっ、お母さんのせいで大変な事になっちゃったじゃん!」

「そんな怒らないでさ、ボチボチ行こうか」

「うん」



 俺達は鹿沼母を車内に残して出入口へ向かう。

 駐車場にはもう車も人もいなくて、俺たちの足音と声だけがものすごく響く。

 薄気味悪い反面、男としては夜にただっ広い人工物の地下に取り残されたような感覚に少しだけ男心をくすぐられる。



「ホテルでも助けてくれなかったらどうしようか」

「そしたら車は置いておいて菜々美さん連れてどっか泊まる場所探そう」

「今から行くホテルじゃダメなの?」

「だって高そうだし。それに色々お金使いすぎだよ今日」

「まあ確かにね……。行った事無いけど、ネットカフェとか漫画喫茶とかで一泊できるって前に美香が言ってたよ」

「戸塚さんは金持ちなんだからホテル泊まればいいのに」

「庶民的な金銭感覚で遊ぶ方が楽しいんだってさ」

「なんかそれ嫌味にも聞こえるな」

「あははっ、ひねくれ者にはそう聞こえるかもね」

「俺はひねくれてないけどな」



 ネットカフェとか漫画喫茶で一泊という選択肢は悪くない。

 料金的にも高くないだろうし、ちゃんと個室が分けられてるだろうから鹿沼家と俺で二部屋取ればいいだけだし。

 

 

「警察の人に見つかったら補導されるかな?」

「されるだろうね。地域によっては16歳だと20時でも外に出るのダメだったはずだよ」

「ナル君って今16歳?」

「先週なったばかり」

「言ってよ。祝ったのに」

「そっちは?」

「私は四月だからとっくに16歳。私の方がお姉ちゃんだね」



 鹿沼さんはニマッと笑ってこっちを見た。

 俺たちは今、条例違反をしている可能性が高い。

 しかしだからと言って今の状況はどうしようも無いし、補導されたら補導されたで事情を説明すれば流石に理解してくれるはずだ。

 


 出入り口から外に出ると生暖かい風が肌を掠めた。

 ここまで来る間に自然と俺の手は鹿沼さんの手と繋いでいて、そのまま隣接するホテルの正面玄関へと足を進める。

 夜の街を歩くのは久々な気がする。

 最後に歩いた時も鹿沼さんが隣にいて、大雨だった。

 酔っ払った鹿沼さんをホテルまで連れて行ったあの日。



 チラリと鹿沼さんを見てみると、薄く笑みを浮かべた横顔があった。

 


「どうしたの? 私のことずっと見て」

「こんな状況なのに笑ってるからさ」

「だって楽しいもん」

「楽しい?」

「知らない街でナル君と二人っきり」

「それのどこに楽しい要素ある?」

「不安だったり緊張だったりを一緒に共有できてるとこかな」

「変な性癖だね」

「性癖って言うなっ」



 短くたわいのない話をしていたらホテルの正面に着いた。

 もはや駐車場問題を解決するにはここが最初で最後の砦。

 グッと軽く鹿沼さんの手を握り締めてホテルの自動ドアの中に入った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 人間というのは意外と困ってる人に手を差し伸べてくれるものだ。

 クヨクヨ悩んだり考え込むよりも誰かに相談した方が何百倍も問題が解決する事も多い。

 特に八方塞がりで自分ではどうにもできない問題であればなおさら。



「お忙しいのに、すいません」



 俺達はホテルマンと共に駐車場へと歩いている。

 ホテルのフロントで相談した結果、俺達のレンタカーはホテルの駐車場に停めてもらえることになった。

 しかし流石に宿泊者と同じ無料というわけではなく、通常料金。

 それでも上限が3000円でその辺のコインパーキングで一晩置いていくより少し高いけど、わざわざ運転してくれると言うのにコインパーキングに駐車してくださいとは言えず。

 とりあえず車を出すことができて駐車するアテも見つかったしとりあえずホッとした。


 

「いいえ、困ってる時はお互い様ですよ」

「本当に感謝してます」




 レンタカー料金と車の移動、駐車料金の問題が解決し、後は泊まる場所を探すのみ。

 この辺は物凄く栄えているわけではないけれど、ネットカフェや漫画喫茶などはあって一泊するだけだったら探す場所には困らない。

 それでも出来るだけ綺麗な店舗の方が良いと思い、さっきスマホで検索をかけて少し遠いが“快活クラベ”という場所に行くことにした。

 


「あのホテルで一番高い部屋っていくらくらいするんですか?」



 素朴な疑問を投げかけたのは鹿沼さん。



「最上階のスイートルームで一泊78万円ですね」

「ななじゅうはちまんえん!?」

「外国人の方だとそこで10泊とかして行きますよ」

「10泊!? って事は宿泊費だけで780万円......。すごい世界ですね」

「全くですよ。私みたいに普通の仕事してる人には一生無理でしょうね」



 ホテルマンさんは呆れ顔をしながらコメカミをポリポリ掻いた。

 ちなみにスイートルームのスイートは“甘い”のSweetではなく、”ひと続きの“という意味のSuiteだ。

 居間や寝室などの二つ以上の部屋がひとまとまりになっている事でスイートルーム。



「外国に出稼ぎに行く日本人も多いみたいですし、やっぱり日本より海外の方が稼げるんですね」

「それは間違いないと思いますねー。そういえば、今アメリカの特にハワイでは日本人の入国が厳しくなってるみたいですね」

「へー、何故です?」

「色々あるんですけど、その中の一つはインフルエンサーの方々が入国審査で観光ビザにも関わらず職業を聞かれたらインフルエンサーと答えた上で入国の目的を聞かれたら動画を撮るためと答えちゃうらしいんですよ。外国からするとインフルエンサーはちゃんとした職業ですし、そこで動画を撮るという事は仕事をしにきたと判断されてしまう。なのに労働ビザではなく観光ビザで入国しようとする日本人が多いから追い返されるらしいです」

「今の世の中、どこにいても仕事出来る人がいるでしょうし、時代ですね」



 ホテルマンさんは言わなかったが、もう一つ入国が厳しくなっている要因がある。

 それは日本人女性を含むアジア人がアメリカで買春するケースが増えているからだ。

 昔、誰かから聞いたのだが日本のデリヘル嬢でお店に内緒で色んなオプションをお客に耳打ちし、店に割合で売り上げを取られないように稼ぐ女性は月200万くらい稼ぐらしい。

 日本で200万ならアメリカで上手くやれば2~3倍になるだろう。

 仮に3倍の月600万円だとしたら、年7千2百万円。

 日本の平均年収は414万円だからもはや比べるまでもないレベルだし、3年で平均的なサラリーマン45年間以上の賃金を稼ぐ計算になる。

 もちろん病気とか妊娠、暴行や薬などのリスクはあるから何とも言えない気持ちだが、人によってはそのリスクがあったとしてもとんでもない額稼げるなら渡米するという女性がいてもおかしくはない。


 

 そんな雑談をしながら車に辿り着き、助手席のドアを開けると、鹿沼さんが「あれ?」と後部座席のドアに手をかけた状態で固まった。



「どうしたの?」



 鹿沼さんの視線は窓越しに車内にあり、物凄く焦った様子でドアを開けた。

 

 

「お母さんがいない」

「は?」



 俺も車内を見てみるが、確かに鹿沼母の姿がない。



「あのババァ……」

 


 少し怒りを感じたが、一度抑える。



「早く探さないと」



 鹿沼母は酔っ払ってるし今すぐ探し始めないと遠くまで行ってしまう可能性がある。

 それに事故に遭う可能性もあるし、変な人に変なことされる可能性もある。

 

「景~!」



 そんな事を考えていると、駐車場に響く鹿沼さんの名前。

 見るとこちらに走って来る鹿沼母。

 しかし足元がヨロヨロで、遂には前向きにごてんと転び「うええええん、痛ったああい!」と泣き喚く始末。



「お母さんっ、大丈夫!?」



 急いで自分の母親の元へと駆けていく鹿沼さん。

 酔っ払いの扱いは本当に面倒臭いと頭を抱える俺。



「車、どうしましょうか」



 夜の駐車場でカオスな事が起きているのを目の当たりにしたホテルマンは苦笑いで言う。


 

「鍵、お渡ししますのでお願いできませんかね? なんかまだ時間かかりそうですし」

「構いませんよ。お名前だけお伺っていいですか?」

「鹿沼です。明日には取りに来るので」

「わかりました。鹿沼様でお鍵を預かっておきますね」

「本当にご迷惑をお掛けします」



 俺は深々と頭を下げてホテルマンが車を発進させたのを見送り、鹿沼さん達の元へと向かう。

 


「さて、菜々美さん」

「はーい」

「早めに今日泊まるところに行きたいので、立ってください」

「立てないー、おんぶー!」



 酔っ払いはやはり面倒くさい。

 頬をプクーっと膨らませて懇願する鹿沼母に背中を向けて腰を低くする。



「やったー!」

 

 

 その動作を見てか、鹿沼母は俺の背中に飛び込んできた。

 アルコールのせいで子供に戻ってしまったかのような言動に行動。

 鹿沼母を腰に乗せたまま立ち上がると思いのほか重くて後ろに倒れそうになったが、後で鹿沼さんが支えてくれたのでぎりぎり背負う事ができた。



「今日泊まる場所はここからどのくらいなの?」

「3キロくらいかな」

「羽切君、3キロお母さん抱えて行ける?」

「微妙かも」


 

 大人の女性を背中に抱えて運ぶのはかなり大変だ。

 重量もそうだし真横に顔があるから匂いもするし、背中には柔らかい感触するし。



「とりあえず行こう。部屋空いてなかったらマジで最悪だから」

「そうだね」



 俺達は快活クラベへと向かい歩き出した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 快活クラベに到着したのは23時30分。

 着いた頃には足腰はガクガクしていて、鹿沼母は背中で爆睡していた。

 受付で鍵付きの部屋で三部屋借りようかと思ったが、二部屋しか空いておらず、仕方がないので二部屋借りる事にした。



 部屋の中は縦長でマットレスが常時敷かれており、奥にはパソコン。

 一人ならちょっと狭いなくらいの感覚だが、二人となると窮屈だ。

 俺は個室の鍵を閉めてから靴を脱ぎ、マットレスの上に乗る。

 そして奥のパソコンの前へと詰めると、今度は鹿沼さんが後を追うようにしてマットレスに乗り座った。



「結構狭いね」

「それもそうだけど、寝る時は菜々美さんの所で寝るよね?」



 鹿沼母は隣の部屋に寝かせて鍵を閉めてきた。

 扉の内側には紙で「部屋を出る時は、電話してからにして!」とでかでかとメモを残して。



「なんで?」

「俺達、一応男女だし」

「それ今更言う?」

「まあ、そうだけどさ」



 俺達は一応男女。

 付き合っても無い男女が二人きりで鍵付きの部屋に寝泊まりするのは本来ありえない事だ。

 なのに俺達は既に4、5回一緒の布団で寝ており、俺はむしろ男として鹿沼さんと寝れるのは喜ばしくラッキーくらいに思っているが、鹿沼さんは何故この状況を許しているのかよく分からない。



 だって男の俺が寝てる鹿沼さんを無理矢理襲うことだってありえるわけだし、その可能性に怯えないでスヤスヤ寝れるのは変だし。

 鹿沼さんは男ってのをまだまだ理解が薄いという事なのだろうか。

 いや、不良学校の時に自分を襲いに家にまで不良男子がやってきたのは相当なトラウマになっているはずだし、男に対する警戒感はかなり高いはず。



 俺が唯一、何をしても発作が出ない男だからこんなに無防備なのか?

 だとしたら薬で発作が抑えられた時、今の俺のポジションはどっかの男子に変わっている可能性もあるわけだ。

 鹿沼さんと話して、手を繋いで、一緒に寝て、キスして。

 それが誰かに奪われると思うと胸焼けのようにモヤモヤして心臓が押しつぶされるような感覚に陥った。



 この感覚が何なのか気づくのにそんなに時間はかからなかった。

 俺は鹿沼景という女と一緒にいたいのだ。

 それ程までにこの人といる時間が楽しくて、今までの人生で感じた事がないほど充実したものになっている。

 初めて奈々美さんが帰ってきた日の夜、鹿沼さんの横で感じたあのモヤモヤの正体が今になって理解できた。



「ねえ、聞いてる?」



 心のモヤモヤが晴れた所で現実に戻ると、鹿沼さんの顔が至近距離にあった。



「あ……ああ、何だっけ」

「この施設、ドリンク飲み放題でアイス食べ放題なんだってさ」

「へー」

「それに、ビリヤードとかダーツでも遊べるみたい」

「ふーん」

「それにそれに、映画も見放題でシアタールームもあるって」

「ほーん」



 興奮している鹿沼さんの言葉を受け流していると、プクーっと頬を膨らませて睨んできた。



「なんかナル君、変」

「そうかな?」

「ずっと上の空って感じ」

「ちょっと疲れてるのかも」

「そ、そうだよね。ここまでお母さん背負ってきたわけだし……じゃあ、もう寝る?」

「眠たさって感じは無いんだよね」

「そうだ、マッサージしてあげるよ」



 確かに、足腰に乳酸が溜まっているのを感じている。

 本来なら早く寝たほうがいいのかもしれないけど、今この瞬間、もっと鹿沼さんと二人きりの時間を過ごしたいと心が言っている。

 俺が鹿沼さんといられるのもそう長くは無い。

 ましてや外出先で二人きりになるのはもしかしたらこれが最後かもしれない。

 


「じゃあ、お願いしようかな」



 俺は狭い部屋でうつ伏せで横になり、鹿沼さんは俺の腰に跨ってマッサージを始めた。

 確かにマッサージは気持ちよかったけど、俺の腰に鹿沼さんが跨っているという状況に興奮していたのは内緒だ。

 

投稿ペースを元に戻したい気持ちと、それが出来ない現実に挟まれて悲しみ深い。

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