【97話】 二学期(ドライブ)
スマホで書いたから......とか色々変になってる可能性あり。後で修正します。
「いつまで怒ってるんだよ」
「うるさいバカ」
朝飯を食べ終えて、俺達はレンタカーの車内。
俺の隣に座わっている鹿沼さんは、朝起きてきてからずっと不機嫌で目すら合わせようとしてこない。
鹿沼家がよくやる膨れっ面の可愛い不機嫌ではなくて瞼を半分下げて無表情のガチなヤツで、全く話を聞いてくれないし、何に怒ってるのかもわからない。
鹿沼母は有休を使って昨日帰ってきたらしく、今は運転中。
今後は有休を全部使ってイギリスに行くまでの間ちょくちょく娘に会いに来るらしい。
そして今日は突然レンタカーを借りてドライブに行こうと突然鹿沼母が言い出し今に至るのだが、一体どこに行くのやら。
鹿沼さんから放たれる不機嫌な空気にいたたまれなくなった俺も窓の外に視線を移動すると、既に高速道路に入っていた。
鹿沼母の運転は物凄く丁寧で良かったのだが、高速に入ってしばらく経った今、大きな違和感に気づいた。
俺達の車は後続車からバンバン抜かされているし、車がスピードを出した時のGを全く感じないのだ。
「あの、奈々美さん」
「はーい?」
「今何キロ出してます?」
「な、70キロ」
「70キロ……?」
もう一度、窓の外を見てみる。
後続車が俺達を抜き去るスピードは途轍もなく、恐らく2倍近くスピードの差があるのがすぐにわかった。
俺はシートベルトを外し、前の運転席を鹿沼母の肩からスピードメーターを覗き込む。
俺たちの今のスピードは……。
「40キロしか出てないじゃないですかっ!」
「だって、これ以上出すの怖いんだもん!」
「スピード出てないのは逆に危険ですから、もっとアクセル踏み込んで下さいよ!」
「そ、そ、そんな勇気私にはないの!」
「ゴールド免許だから運転のプロよ! ってドヤ顔で言ってたのは何だったんですか!?」
ゴールド免許でドヤ顔してた時点で何だか心配していたのだが、やっぱりか。
そもそもゴールド免許は無事故無違反であれば車に一切乗ってなくても六年目で取得できる。
鹿沼母の市街地での運転を見るに運転慣れ自体はしているようだが、高速は慣れてないらしい。
というかスピードを出すことに慣れていない。
「運転できる事を自慢したかったの!」
「そんなしょうもない事で自慢しないで下さいよ……。っていうかせめて50キロまでスピード上げてください。法律違反でゴールド剥奪されますよ!?」
「焦らせないでもらえる!? 私だって上げれるなら上げーー」
鹿沼母の声は隣をブォォォっとクラクションを鳴らしながら追い抜いていった大型トラックにかき消された。
いきなりの事で俺もビックリしたのだが、鹿沼母はもっとビックリしたらしく顔を引き攣らせている。
「危ねえ、って怒られましたよ今」
「そ、そうね……スピードを上げてみようかしら」
鹿沼母はそう言ったが一向にスピードメーターが上がらない。
「何してるんですか」
「おかしいわ成君。私の体がこれ以上スピード出すのを拒否してて踏み込めない」
「わかりました。じゃあちょっと危険ですけど強硬手段をとります」
「強硬手段って?」
「前を見て、絶対ハンドルから手を離さないで下さい。いいですね?」
「え? あ、うん」
俺は運転席の上から前傾姿勢の鹿沼母の脇腹に両手で添える。
「ひゃん!」
鹿沼母は変な声でビクッとし、俺はそんな鹿沼母の耳元で言う。
「あのスピードメーターが80キロを超えるまで奈々美さんの体をくすぐり続けます。いいですね?」
「だ、だめ! 私敏感なんだからっ!」
「景さんと同じですね、好都合です。言っときますけどここで事故起こしたら娘さんも死ぬんで本当にお願いしますよ?」
一応念を押しておく。
高速でこんな事するのは超危険なのは分かってるけど、周りが80キロとか100キロ出している中で40キロしか出していないのは同じくらい危険。
高速道路なんてほぼ真っ直ぐだし一度スピードに慣れれば街中より簡単なはずだ。
俺が鹿沼母に念を押したのはくすぐられている最中でも頼むから冷静に運転しろよと言う事。
いきなりハンドルから両手を離したりしないでちゃんと車線を走れよと。
「それじゃよーい」
「ちょっと待ってってばっ!」
「ドン!」
「キャッハッハハッハハ」
鹿沼母の脇腹を軽く掴むと、鹿沼母の笑い声が車内に響いた。
すると体をよじらせながらスピードメーターもグングン上がっていき、遂に70キロまで到達。
俺は一度脇腹を掴むのをやめ、ゼェゼェ息を整えている鹿沼母の耳元に再度口を近づける。
「やれば出来るじゃないですか」
「ご、強引……」
「あと10キロです。いきますよ」
「まだやるの!?」
「当たり前です。80キロまで上げないとトラックに追いつかれて危険です」
高速道路での法定上限速度は普通乗用車100キロ、大型トラック80キロ(2024年4月からは90キロ)。
つまり80キロ以上出さないとトラックに追いつかれるということになる。
「そういえば、景さんはここが弱いんですよね。お母さんも同じですかね?」
俺は脇腹から撫でるように上にあげていき、胸の真横まで移行した。
「ちょ、ちょっ! そこはダメっ!」
「もしかして、お母さんも弱いんですか?」
「弱いからっ! そこ本気でされたら運転でき……あんっ!」
ほんの少し力を込めてみたのだが、それだけで背筋がピンと伸び、ギュッと脇腹が閉まった。
「娘さんと同じ所が弱点なんですね。ここをくすぐられて危ないと思うならスピードを80キロまで上げてください。5秒以内に」
「5秒!? 待って私心の準備が……」
「ごー、よん、さん、にー、いち」
「わかった! わかったからカウントストップしてっ!」
鹿沼母はここをくすぐられるのがよっぽど危険と判断したのか、一気にスピードが上がり80キロへと到達した。
「目標到達ですね」
「成君のイジワル。でもそういうとこ凄く好きよ」
「いきなり告白ですか」
「それよりもう80キロだし、そろそろ手離してもらえない?」
「駄目ですよ。いつでも刺激できるようにしておかないと、すぐ速度落ちるでしょ」
「成君のえっち~!」
そこから高速を降りるまで俺は鹿沼母の体から手を離さなかった。
80キロを下回れば弱点を刺激して、上回れば刺激を止めるの繰り返し。
俺と鹿沼母が戯れる度に隣でクスクスと笑い声が聞こえてきたが、俺が見るとまた不機嫌になると思いほっとくことにした。
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鹿沼母が連れてきてくれたところは渓流の上流部。
上流部で何をしているのかというと、釣り竿を持って魚が釣れるのを待っている。
この場所はイワナ釣りで有名な場所らしいのだが、もう9月という事もあってか客の数はかなり少ない。
イワナという魚は一年中釣ることができるが、最もよく釣れる時期は真夏で秋ごろになって来ると入渓しやすい場所にいる個体は一気に減り釣れなくなる。
それに天然のイワナは希少種になっていて保護の目的で禁漁期間が設けていることもあり、この時期のイワナは天然じゃなくて養殖魚を放流して数を増やしているのが普通だ。
しかし水の中を覗き見ながら歩いていても全くイワナがいる気配がしない。
「よお兄ちゃん、釣れたかい?」
声を掛けられて顔を上げると、80代くらいのおじいさんがこちらを見上げていた。
「全く釣れませんね。だから目視で探してるんです」
「ワシも釣れん」
「っていうか全然いなくないですか?」
「おらんな」
「ここは養殖魚の放流とかしてないんですかね」
「いや、しとる」
「警戒心が強いって聞きますし、岩の間とかに隠れてるんですかね? 一応、岩場に棲む魚という意味で岩魚って漢字で書きますし」
「詳しいな」
「さっきインターネットで調べました」
「じゃあワシの疑問も調べてもらえんかな?」
「いいですよ。なんです?」
「この世に天使がいるかどうか」
「別にいいですけど、何でそんな事調べるんです?」
「あれを見てみ」
俺はおじいさんが指さす下流の方へを見る。
俺は鹿沼親子と別れて上流の方で釣っていて全く釣れなかったし、そもそもイワナがいる気配もしなかったから下流へ下ってきたのだが、おじさんの指さす水には何やら騒がしく波打っているのが見えた。
そしてその渓流の左右の岩場にいるのは鹿沼親子。
「何が起きてるんです? あれ」
「ワシにもわからんが、警戒心のあるイワナがあの二人に群がっとる」
恐るべし鹿沼家。
鹿沼さんが動物に好かれる特性を持っているのは知っていたが、まさか魚にまで好かれる体質なのはもはや超能力に近い。
一回ちゃんと専門家に全身を調べてもらった方が日本の動物研究に有益じゃないだろうか。
「完全に他の客に迷惑ですね、すみません」
「なんだ、兄ちゃんの連れか。別に迷惑だなんて思ってないさ、ただ一つ約束してほしい」
「約束?」
「イワナを一匹譲ってくれ。ワシもさっき来たばかりなんだが、あの二人がいてちゃ釣れる気がせん」
「それはすみません。後で母親の方をお貸ししますよ」
「いや、ワシはイワナを一匹貰えば十分なんだ」
「いいえ、せっかく来たんだから釣った喜びを経験しないとつまらないですよ」
「優しいな。じゃあ後であの大人の天使を貸してくれい」
「大人の天使ってなんかエロい言葉ですね」
「アッハッハ、兄ちゃんおもろいなぁ。安心せい、ワシの下半身はもう終わっとる」
「そうですか。それじゃ、一回戻りますね」
「頼むぞい」
大阪弁と名古屋弁がほんの少し入ったおじいさんを置いて鹿沼親子の元へと向かう。
「二人がイワナを独占してるから他の客が迷惑してるよ」
「しょうが無いでしょう? 寄ってくるんだから」
「奈々美さん、あそこのおじさんのところに行ってください」
「えっ、なんで?」
「おじいさん釣れなくて困ってるんですよ。奈々美さんが行けばイワナも半分ついてくるでしょ? そしたら釣れる可能性が高まるって事でさっき奈々美さんを貸す約束しました」
「まさか人身売買されるとはね……まあいいわ、行ってくる」
鹿沼母が遠ざかるとその場にいたイワナもゴッソリと減った。
俺は鹿沼母のいた場所に座り釣りを始めるが、反対側にいる鹿沼さんの方ばかりイワナが寄っていて、動物に嫌われる体質の俺の方には寄ってこない。
鹿沼さんはイワナが大量に寄ってきているのにも関わらず、釣りをする気配がなくただその群がる魚達を観察している模様。
「釣らないの?」
「見たらわかるでしょ。これじゃ簡単に釣れちゃう。釣って放すの可哀想だし最後に一匹釣って後で食べる」
ここにはイワナを釣ると500円で串刺しで炙ってくれてその場で食べられる。
今釣ってしまうとすぐに食べなくてはいけないから、ただ時間が経つのを待ってるということ。
それではつまらないよな、と思いつつも今日の鹿沼さんは不機嫌だから下手に変な事は言わない方が良さそうだ。
そう思い移動しようと立ち上がろうとするが、すぐに腰を中心とした全身に筋肉痛が走り立つのをやめた。
「痛ててて」
「筋肉痛?」
「主に腰がね。昨日激しく腰動かしたから」
「最っ低」
昨日のラウンドツー屋上での佐切さんとのバスケ1on1は激しかった。
佐切さんはバスケ部だし、そもそも俺はバスケをほとんどしたことが無いから動きについて行くのに大変で、しかしやられっぱなしなのは性に合わないから無理して体を動かした結果、今になってその代償が襲ってきているのだ。
それにボーリングで重い球を腰を据えて転がしたり、バッティングセンターやテニスで慣れない腰の捻りをしたり、とにかく腰をよく使った。
鹿沼さんは蔑む目でこちらを見てきて、すぐにまた俯いた。
「羽切君は佐切さんの好きな人が亀野君って知っててそういう事したんだ?」
「知ってるからこそ誘ったわけだからな」
「うーわ、羽切君に対して失望を通り越して嫌悪感抱いてます私」
「なんで?」
「人の心弄んで欲望に溺れたからです」
「まあ否定しないけど、別にいいだろ? 一応俺には何でも命令できる権限あったんだから」
俺は佐切さんをデートに誘う事で幼馴染の亀野がどう思うのか、感情が動く事があるのかを試した。
それは亀野の心を弄んだことになるし、そもそも実験的なことだったから俺の欲がスタートだ。
しかし溺れたと言われるほどのことをした覚えはない。
「その権限使って自分に気のない女子に色々出来て良かったですね。それで、どうだった?」
「どうだったって?」
「気持ち良かった?」
「ああ、いっぱい汗かけたし気持ち良かったよ」
「……」
鹿沼さんが突如沈黙したのでチラリと横目で見ると、少し俯き加減で寂しい顔をしていた。
相変わらず表情豊かで魅力的だけど、今回は感情も右往左往していて様子がおかしい。
「一緒に成長したかったのに……抜け駆けしないでよ、バカ」
小さく囁かれたその言葉を聞いても俺には何のことか理解できない。
今回の佐切さんとのデートで何か成長するようなイベントも経験もなかったし、デートは鹿沼さんとも何度も行ってるから抜け駆けにはならないはず。
「抜け駆けなんてした覚えないけど」
「黙ってヤリチン」
「おれはまだ童貞だ」
「嘘つき。親のいない佐切さんの家に行って朝に帰ってきたくせに」
「何で佐切さんの家に行ったの知ってるんだよ……。俺は昨日の23時には家に帰ってきたぞ」
「……え? じゃあ夜の営みはしてないって事?」
「男女が親のいない家に一緒にいたら必ずそういう行為が行われると思ってるの?」
「思ってる。だってナル君、強引なとこあるし」
「俺は鹿沼さんと何回も夜一緒にいるでしょうが。一回も襲ってないし、強引にしようとなんてしてないだろ」
「た、確かに」
「それとも何? 本当は俺に襲われたかったわけ?」
「……」
何の返事も返ってこないので見ると、今日初めて鹿沼さんと目が合った。
「ち、ちょっとだけ……」
俺に襲われたいという気持ちがちょっとあると視線を横に逸らして恥ずかしげな表情で言われてドキッと心臓が跳ねた。
「まあ、男女二人っきりで家に居たら襲われる可能性もあるから気をつけた方がいいな。昨日は弟さんもいたから三人でゲームしてただけだよ」
「本当に?」
「疑うなら佐切さんに聞いてみればいい」
俺はそれだけ言って、再度イワナを釣るべく水面を見る。
しかしやはり俺の周りには一匹もいない。
釣れる気配がしない事にため息が出た。
しかしその瞬間、俺の首に何かが回り背中に柔らかいものが強く押しつけられた。
俺は岩のギリギリに座っていたので、一瞬落ちかけたがなんとか耐えて左肩に乗る何かを見る。
見る前から匂いで分かっていたが、そこには背中から抱きついてきた鹿沼さんの顔。
その表情は朝からの不機嫌とは打って変わって赤面で恥ずかしげ。
いつの間にかこちら側に渡ってきたらしい。
「危ないよ」
「ごめん」
「何に謝ってるの?」
「ナル君の事、疑ってた」
「別にいいよそんなの。それより胸当たってる」
「嫌?」
「嫌じゃ無いけど、どうしたの?」
「謝罪の気持ち」
結局、鹿沼さんが何に対して不機嫌だったのかよく分からなかった。
鹿沼さんは俺が佐切さんとそういう行為をしたと思っていて、それに対して怒っていたのはわかるが、何故それで不機嫌になっていたのかまではわからない。
もしかしたら俺が権限を使って佐切さんを無理矢理に近い形で犯したと本気で思っていたからなのかもしれない。
「それに、私の動物に好かれる体質と羽切君の動物に嫌われる体質をガッチャンコしたら±0でもっと釣りを楽しめるかもって」
「それなら抱きつく必要ないだろ」
「私はこのままがいいな」
「わかったわかった。じゃあ始めるよ」
「うん」
俺もまたこれで釣れるかもという期待を胸に、釣り糸を水へと落とした。
風になびく木々の音と流れ続ける渓水の音。
綺麗ですんだ空気。
そんな自然豊かな場所でちっぽけな俺たち人間。
背中にはちっぽけながらも大きくて柔らかくて温かい鹿沼さん。
五感全ての幸せを胸に、俺達は釣りを楽しんだ。
ちなみに俺の動物から嫌われる体質は鹿沼さんの動物に好かれる体質を少し上回るらしく、最初の一匹を釣るのにかなり苦労した。
苦労したからこそ、食べるイワナの味は別格に美味しかった。