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【96話】 二学期⑮(鹿沼母)

長い事ベッドで話してるなぁ。


 俺は昨日、23時ごろに家に帰ってきた。

 佐切さんの家に行ってゲームはしたものの当然男女の肉体的な何かは無く、家に帰ると一日の疲れで眠気がMAXになり、風呂にも着替えもせず寝てしまった。

 


 朝起きてスマホを見ると鹿沼母から寝ている鹿沼さんが胸を揉まれたりパンツに手を入れられたりしている動画がチャットで届いていた。

 低い声で頑張って男を装おうとしていたみたいだが、全く男っぽくないし、そもそも鹿沼母から送られてきた動画だから特に焦りもせずただの悪ふざけだと理解できた。

 それでも万万万万が一の事も思って鹿沼家に無断で入り、ベッドのある部屋に行ってみたのだが……。



 そこにいたのはやはり、ただただ爆睡してる鹿沼さんと鹿沼母の姿。

 鹿沼さんは昨日の動画と同じように服は胸上まで捲り上げられていて、ズボンは膝くらいまで下げられている。

 撮影し終えたんなら元に戻せよと思ったが……まあいいや。



 ベッドの上にある時計の時刻は6時5分。

 昨日早く寝たから起きた時刻もいつもより早い。

 俺はベッドの方へ歩き、寝ている鹿沼さんと鹿沼母の姿を近くで見てみる。



 親子なのでやはり顔つきが似ていて、髪色も銀髪が混じっている。

 しかし鹿沼母の方が、身長も体のモチモチ具合もまだまだあって女性的。

 まあ、鹿沼さんはまだ10代の高校生だしこれからまだまだ成長するんだろう。



「成君」



 ジロジロと寝ている親子の事を観察していると、鹿沼母の口が動いた。

 そして顔が動き、俺と目が合う。



「こっちおいで」



 鹿沼母がベッドをトントンと叩いて俺を隣で寝るよう促してきた。

 


「嫌です」

 

 

 ただでさえ鹿沼さんはほぼ下着姿に脱がされているのに同じベッドに寝るわけにはいかない。

 俺が拒否すると鹿沼母は頬を膨らませて俺を睨んできた。

 鹿沼さんが怒った時にする行為と激似。

 前から思っていたが、感情によって変化する表情だったり行為だったりが親子で似すぎてて、本当は歳の離れた双子の姉妹なんじゃないかと思わされる。

 


「しょうがないですね」



 ずっと膨れっ面で睨まれた俺は一度ため息を吐いてベッドに上る。

 いつも鹿沼さんが要求してきた時と同じ対応。

 他人の親の横で寝るなんて小学生の時ですらなかった事。

 つまり赤ちゃんぶりという事になり、もうそれは初体験と言ってもいい。



「やっぱり優しい子ね」

 


 俺は促されるまま横になる。



「あぁ……私の息子」



 すると鹿沼母は俺の体を右手で覆うようにして絡めてきた。



「あの、もしかして寝ぼけてます?」

「冗談よ冗談。それよりどう?」

「どうって?」

「鹿沼家の親子に挟まれて寝てるのよ? 感想は?」

「鹿沼家のニオイが充満してますね」



 人の家にはそれぞれ匂いが存在している。

 それはいわゆる生活臭というやつで、ご飯のニオイだったり柔軟剤のニオイ体臭のニオイ木造建築なら木のニオイ等、千差万別で面白い。

 今は鹿沼家の人間に挟まれているから柔軟剤だったりベッドの洗剤だったりの匂いがする。

 当然、寝ている時に流した汗のニオイも混じってるだろうが、俺には戸塚家長女の真里さんばりの嗅覚は持ち合わせていないのでわからない。



「臭くはないかしら」

「むしろいい匂いですよ」

「……」



 いきなり静かになったのでチラリと右に寝ている鹿沼母を見ると、何故か赤くなっていた。



「あの、いきなり赤くならないでもらえません? こっちまで恥ずかしくなるんですけど」

「興奮しちゃった」

「そんなんで興奮しないでくださいよ。男子高校生じゃないんですから」

「私も長い間お預け状態だからね」

「お預け状態って?」

「お父さんが亡くなってからベッドで男の人と寝たことが無いってことよ」

「ああ、なるほど」



 だとしても俺は高校生だし歳の差ありすぎだと思うけど。

 鹿沼家の良い匂いがするって言っただけで赤くなるなんて何だか可愛いくてホッコリしてしまう。

 


「お父さんとは高校生の時に出会ってね、付き合い始めたの。私は当時結構モテてて、人気のある先輩に告白されまくってたけどお父さんを選んだのよ」



 まあ、この人の見た目的に学生時代モテたのは間違い無いだろう。

 30代後半の今ですら若々しくて可愛いし。



「なぜ人気のある先輩じゃ無くてお父さんを選んだんですか?」

「それを説明するにはまず伝えなくてはいけない事があるわ」

「なんです?」

「ここだけの話だけど高校生の時、援助交際……今でいうパパ活をしていたの」

「マージですか……」



 援助交際・パパ活。

 それは若い女性が大人の男性(パパと呼ぶ)と遊ぶことで金銭的な見返りを得るというもの。

 ただお喋りするだけで終わる事もあるらしいが、ほとんどの場合、性的なことを要求されると聞く。

 場合によっては二泊三日の旅行をオジサンと行って……なんて事もあるらしい。

 


「言っておくけど、オジサンとエッチしてお金を稼いでたわけじゃないわよ?」

「どうだか」

「本当だってばっ! そういう要求はあったけど全部断ってたんだからっ!」

「はいはい。それで援助交際してたのがどうして付き合う流れになったんです?」

「当時、私にいつも優しくしてくれるオジサンがいてね、ある日、その人が突然豹変して脅してきたの。今からホテルでヤらせてくれないなら援助交際してるの学校にバラすぞってね」



 不思議な事にいつの時代も女子高校生というのは需要があるものだ。

 AVやエロ漫画のランキングを見ると必ず上位にあるくらい男はその年齢層を好む傾向にあるらしい。

 まだ子供から大人へと変わっていくその体に興奮するのか、それとも体は成熟したけど精神的にはまだ子供という事にエロスを感じるのか。

 それともまだ大人になりきれていないので、経験が薄く純白なイメージがあるから求めるのか。

 俺にはまだよくわからない。



「一週間くらい前に援助交際がバレて退学になっちゃった子がいてね、私怖くなってホテルまで着いてっちゃったの。その時まだ処女だったけどこれから何が起こるか何をされるかは動画とかで見てたからわかってて、だけど拒否できなくてものすごく後悔したのを覚えてるわ」

「何で援助交際までしてお金が欲しかったんですか?」

「これは景にも伝えてないけど、実は家庭環境が良くなくて家に帰りたくなかったの。食卓を親と囲むのも嫌で晩御飯を自分で食べて夜遅くに家に帰ってシャワー浴びてすぐ寝るっていうルーティーンで親とできるだけ顔を合わせないようにしたくて。それに早く家を出て自立したかったから一番稼げる援助交際を選んだの」

「へー」



 ここまで聞いただけでも鹿沼母がいかにすごい人かがわかる。

 子供時代は家庭環境が悪くて親にも愛されなかったんだろう。

 なのにその中でなんとか自立しようと頑張って、子供も産んで幸せな家庭を築こうとしたが最愛の夫を亡くし……。

 それでも尚、頑張って何かにしがみついて生きているその姿は尊敬に値する。



「ホテルの一室に入って扉が閉まった瞬間、オジサンに凄い力でベッドに押し倒されて乱暴に制服脱がされるわパンツの中に手ツッコまれるわ最悪だった。ぶっといオジサンの指でアソコなぞられて、嫌悪感でいっぱいなのに体は反応しちゃうし、力で抑えつけられて抵抗できないしで放心状態だった。今でもあの感触は忘れられないわ」

「レイプじゃないですか」

「まあそうね。だけど当時は結構そういう事があって、泣き寝入りみたいなのも多かったの」

「最悪な時代ですね」

「今でも昔ほどではないにせよあるはずよ」



 時代というのはやはりある。

 今はSNSの発達が凄まじい上にコンプライアンスやらで大物芸能人や事務所ですらメディアを押さえ込むことができず大問題へと発展する。

 それは5年前だろうが10年前だろうが関係なく、一度そういった事をするというのは一生爆弾を抱えて歩くようなもので敬遠しなければならないという風潮がある。

 将来何らかの形でメディアに顔を出したり、ビッグな人間になりたいというのであればなおさら。

 


「乳首も強く吸われたりねちっこく舐められたりして気持ち悪かったけど我慢してたら突然扉が開いて入ってきたのが雅さんだった。『警察呼ばれたくなけりゃ出ていけ! それともうその子と関わるな!』ってすごい剣幕で。そしたらオジサンは転びそうになりながら部屋を出て行って、雅さんはベッドで呆然と座る私の方に歩いてきて、思いっきりビンタしてきたの」



 雅というのは鹿沼父の事だろう。

 鹿沼母は懐かしがるかのように目を細めていた。



「優しい人だった。馬鹿な事をした私を本気で怒ってくれて、最後にはボロボロ泣く私を優しく抱き寄せてくれて……気づいたらお互い裸で朝を迎えていたわ」

「ちょっと待った。話めっちゃ飛んでません?」



 ここまで真剣に話を聞いてきたけど、一瞬にして信憑性が地に落ちた。

 普通、オジサンに襲われて傷ついた女子とその日のうちにそんな事になるだろうか。

 それに雅さんはなぜそんなタイミングよくホテルなんかにいたのかという疑問もある。



「しばらく抱き合った後、私が誘ったのよ。セックスしよってね」

「ド直球ですね。なんで突然そんな事言っちゃったんですか」

「分からないわ、勝手に口が動いたの。でも確かに雅さんに触れられて嬉しくて安心する自分もいて、そんな経験した事がなかったから変に高揚しちゃったのかも」



 それもあるかもしれないが、本能的に早くオジサンに襲われたという記憶を無くそうとしたって可能性もありそうだ。

 家庭環境が悪いと優しくしてくれる人にホイホイ言いなりになって依存してしまうというのもよくあると聞く。



「それで?」

「嫌だって言われちゃった」

「ブハッ、まあ気持ちはわかるけど」

「学校で一番人気があるって周りからチヤホヤされてた身からすると据え膳が拒否られてビックリしちゃった」

「理由は聞かなかったんですか?」

「聞いたわ。『俺にはもったいない』だってさ」

「「ぶはっははっはっは」」



 思わず鹿沼母と声を揃えて笑ってしまった。



「武士みたいなこと言うから私もその場で爆笑しちゃって」

「わかるなぁ、雅さんの気持ち」

「もうオジサンに穢されたし、そもそも君の思うほど神秘的なものじゃないよって言ったんだけど顔真っ赤にして頑なに拒まれたわ」

「そうでしょうね」

「オジサンは私を朝まで帰すつもりなかったみたいで、料金も全部支払い済みだったの。家に帰りたく無かったし、何とか説得して一緒に泊まることは承諾してもらった」

「思ったんですけど、その時点で雅さんがどこの誰なのか認識してたんですか?」

「制服だったから同じ学校なのはわかったけど、名前も学年も全く知らなかったわ」

「よく何も知らない男子と一晩泊まる気になれましたね」

「なんだかんだで傷心してたのよ。馬鹿な行為で自滅して......だから一人になりたく無かったの。いつも夜まで一人公園で時間潰してても耐えられたけど、その時は無理だったのね。それに悪い人じゃない事はすぐわかったし」

「そこから始まるんですね。初体験ストーリーが」

「気になる?」

「もちろん」



 初体験の話というのを実際に聞く機会は今まで無かった。

 親にも聞けないし、同級生で関わっている人達もそんな話してこないし。

 だから興味がある。



「細かいところは端折るけど、お互いシャワー浴びてベッドでお話しをしてた。そこで雅さんのことを知ったわけだけど、やっぱり初めて会った同士だったから会話は長く続かなくて。お互いバスローブ姿で雅さんは視線のヤリどころに困ってて私はガン見してた。私は勇敢だったりモジモジしたりする雅さんを見て、イタズラしたい欲が収まらなくなってきて押し倒しちゃった。その後は自然の流れでね?」

「へー、積極的なんですね」

「元から大人しい性格では無かったからね私。結構元気タイプよ」



 鹿沼さんには大人しさと元気の両方がある。

 もしかしたら元気タイプの鹿沼さんはこの人から受け継がれたものなのかもしれない。



「私ったら初めてなのに乱れまくって、頭も真っ白。雅さんも理性とか全部捨てて支配欲全開で私を愛してくれた……そこから雅さんが亡くなるまでずっと人生のピークで幸せだった」

「そんな感じで出会って、初めて同士で愛し合って、結婚して出産して。雅さんが亡くなったのは残念ですけど、なんか羨ましいですね」

「何言ってるの。成君には景がいるじゃない」

「景さん……ですか?」



 俺は再度逆隣にいる鹿沼さんを見る。

 変わらず下着を露出して仰向けに寝ているのを確認すると、鹿沼母は俺の体に全身をくっつけて後頭部に顎を乗せてきた。



「景は私と雅さんの間に生まれた世界で一番の宝。ほら見て、私の宝はこんな健康に育ってくれた。成君のおかげでもあるのよ」

「俺は何もしてませんよ」

「いいえ、あなたは私の娘を不良から守り、発作からも守り、最近も偽装裸写真やいじめ動画が出回らないよう立ち回って景を守ってくれた。成君は娘の命の恩人なんだからもっと見返りを求めても良いと思うわ」

「別に見返りが欲しくてしたわけないですよ。ただ理不尽に悲しむ顔が見たくないだけです」



 理不尽に転校させられ、その環境に無理にでも馴染まないといけない日々。

 容姿が良いというだけで嫌でも注目され、男に優しくして安全に暮らそうとしているだけで理不尽に虐げられた。

 一般生徒は不良が怖くて助けず、不良女子は鬱憤晴らし。

 そして不良男子は日々ボロボロになっていく鹿沼さんを見て、俺に相談してきたのだ。

 『助けてやる代わりにヤらせろって言って、俺らでまわしませんか』と。

 低俗でクソ野郎の発言だが、あの学校はそのくらい環境が悪かったのだ。



「やっぱり成君には景に対する愛を感じるわ」

「愛……ですか」

「それに景の中にも成君に対する愛がある」

「……」

「あなた達二人は将来必ず結ばれる。私はそう思う」



 これは母親のただの願望だ。

 俺はこれから海外転勤でいつ日本に帰ってこれるかわからないし、鹿沼さんほど魅力的な人ならその間に良い男を見つけて結ばれるに決まってる。



「どうですかね」

 


 俺は鹿沼母の願望に肯定も否定もしなかった。

 


「さて、そろそろ起きて朝ご飯作らなきゃ。成君、手伝ってくれる?」

「わかりました」



 俺と鹿沼母は起き上がり、リビングへと歩いた。

 時刻は7時となっており、一時間も鹿沼母と話してしまっていた。


 

2話連続ベッド会話という。

母親帰ってくるの稀だし仕方ないね。

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