【94話】 二学期⑬(デート)
資格試験、不合格マジかよー。
「暇」
「なんかごめん」
女子とのデートで暇だと言われたら謝る意外何もできない。
そもそもラウンドツーで出来ることはスポーツかゲームしかなくて、4・5人で来たならまだしもたった二人のそれも恋愛関係に無い男女がこの場所で一晩遊び惚けるのは不可能だ。
ボーリングが終わった後、俺達は大学院生グループと遊び回った。
俺は佐切さんと運動しまくって疲れていたのだが、その後6人でテニスやバスケをしてさすがにあくびが出るほど疲れきってしまっている。
大学院生グループは大学の課題が忙しいらしく一通り遊んだ後は帰ってしまい、今は佐切さんと二人きりでカラオケボックスで休憩中で、特に歌う事もせずただただカラオケボックスに設置されているコ型ソファーの角と角でそれぞれスマホを弄って暇つぶしをしている状態。
「今日、本気で朝までここにいるつもり?」
「羽切君がそう言ったんじゃん」
「ほとんど冗談のつもりだったんだけど」
「まあでも、羽切君と一夜を共にしたっていっくんに伝えた方が効果ありそうじゃない?」
「どうかな」
俺達が一夜を共にしたって事を亀野が知ったら、むしろ佐切さんとの関係を敬遠するようにならないだろうか。
もしそうならこの作戦は逆効果だし、今すぐにでも解散した方が良い。
そんな事を考えているとお腹がグゥ―と鳴った。
今の時刻は18時40分。
時間も時間だし、運動もたくさんしたから体が食事を求め始めている。
「お腹すかない?」
俺の腹音が聞こえたのか、佐切さんは言った。
「腹ペコ。この辺何があるんだろ」
「色々あるよ。ファミレスでも牛丼でもマックでも」
「詳しいね」
「だって地元だし」
「そうなんだ」
もし解散となれば佐切さんの家との距離も考えて早めにした方が良いと思ったのだが、地元らしいので別に急がなくても良さそうだ。
俺の家もここからだと三駅先で最悪徒歩でも帰れるし。
「じゃあこの辺の知ってる店行こう」
「結構飲食店あるから、歩きながら決めようよ」
「いいね」
俺達は立ち上がり、カラオケボックスの出口へと向かう。
カラオケボックスは一回の利用が30分と制限されていて、時間は扉の外にあるタブレットで設定して時間になると室内にそれを知らせるベルが鳴る仕組み。
だから退室するなら外のタブレットで退室ボタンを押すのを忘れない様にしなければならない。
そんな事を考えながら少し重厚な扉を開くと「キャッ!」と女性の声が外から聞こえ、見ると少女(?)が尻もちをついてこちらを見上げていた。
冬でもないのにニット帽を深く被り、室内なのにサングラスにマスク姿。
ニット帽の後頭部は大きく膨れていて、多分髪を後ろで結んで全部入れているんだと思う。
「あの、大丈夫ですか?」
俺は尻餅をついている少女(?)に近づいて手を伸ばす。
すると女の人は俺の手を掴み、立ち上がった。
そして「だ、大丈夫です」と言って慌ただしく俺から離れ隣のカラオケボックスへと入って行った。
「なに今の」
「さあ?」
「どこのお店行こうかなー」
佐切さんは扉の前にあるタブレットで退出ボタンをタップしエレベーターの方へ歩き出したが、俺はさっきの少女(?)が気になって動けずにいた。
何故ならその少女(?)があの人に似ていたからだ。
身長、体格、声、サングラスの奥の瞳、手に触れた感触、後ろ姿、歩き方。
何もかもが鹿沼さん。
「羽切君、置いてっちゃうよー?」
「今行く」
……いや、まさかな。
俺は自分の疑念を払拭せず、佐切さんの元へと歩きだした。
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突然羽切君と対峙した事でスピードアップした鼓動が収まらない。
既に19時を過ぎて空も暗くなっているのに、10mほど先にいる羽切君と佐切さんは楽しそうに話しながら駅とは真逆の方角に歩いているからだ。
この辺りはかなり栄えていて飲食店などが多いが、同時に少し外れると風俗店やラブホテルなども多い。
この時間に駅へ向かわないという事は、ご飯を食べて解散するつもりなのか、それとも……。
「あの二人、今日は二人っきりでどこかにお泊まりするのかもね〜」
私の懸念を美香が言葉にした事で胸がギュッと押しつぶされるような感覚に陥った。
羽切君が佐切さんにデートを申し込んだ時、朝まで付き合ってもらうかもと言っていて、その時は冗談かと思っていたけど現実味を帯びてきて自分が焦っているのを感じる。
「幼馴染が今から女にされちゃうかもだけど~、亀野君今どんな気持ち~?」
「恵麻が……いや、僕には関係ない事だしどうでもいいよ」
「本当かなぁ~?」
幼馴染がこれから大人にされるかもしれないって聞かされたらどんな気分なのだろうか。
亀野君にとって佐切さんは幼馴染ではあるけど、好きな人ではないので本当にどうでもいいと思うのかそれとも少しは意識してしまう事なのか。
「ストップ」
亀野君が左腕を広げて私達を制止した。
私達がいる場所は飲食店とホテル街の境界のような場所で羽切君と佐切さんは二人は少し腰を屈めて何かを確認している模様。
二人の手前には小さなピンク色の光る看板があって、“HOTEL”と書いてある。
「まさか……」
私の悪い予感は当たってしまったみたいだ。
今日、羽切君と佐切さんはホテルで宿泊しようとしている。
私達はもう高校生だし男女でホテルに入り、そういう事になる事自体は別におかしなことではない……はず。
しかしそれは付き合っていたらの話。
羽切君はオスだからなりふり構わずみたいなところがあるのかもしれないが、佐切さんはどういうつもりなのだろうか。
だって佐切さんの好きな人は今私の隣にいる亀野君のはずなのに、好きでもない男子とホテル探しをするなんてどう考えてもおかしい。
だけど私の目に映っている佐切さんの表情は明るくてノリノリという感じだし……。
羽切君と佐切さんは3歩ほど下がりビルを見上げた後に中へと入って行った。
これがいわゆる失恋の感情というやつなのだろうか。
ザワザワとした気持ちを持ちながら、私は羽切君たちを追いかけるようにしてビルの前へと移動した。
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「ここのラーメン屋、ほんと美味しいんだから」
おんぼろビルの三階にあるラーメン屋。
口コミ平均評価は3・2と普通だが、細かく評価している人のコメントや星数を見るとかなり二極化しているのがわかる。
星1を押している人は、ビルがボロボロで狭いなどラーメンでは無いところで低評価。
星5を押している人は、ビルはともかくラーメンは鬼ほど美味しいからオススメというまともな評価や、隣のラブホテルで激しいオセッセの後にここのラーメン食べに来るのがおすすめです! のような下品な評価まである。
店内には入って左側にカウンター席が3つと右側には窓に沿ってテーブル席が連続して二つあり、俺達はカウンター席に座り今はラーメンを待っている状態。
佐切さんが美味しいラーメン屋があると言ってついてきたらとんでもない場所だったのでビルの前で
躊躇ってしまったが、とりあえずまともそうな店で安心した。
「本当かな、俺達しかいないけど」
「これから入って来るって」
「これからって、もう19時だよ?」
俺がそう言った瞬間、チリンチリンと店の扉が開いた音がした。
店主は「いらしゃいませー」と言い、水の入ったコップを三つ俺達の後ろのテーブル席へと持っていく。
隣に座る佐切さんは「ほらね」と小さく笑った。
「羽切君と鹿沼さんの話聞きたいな」
「俺たちデート中って事、忘れてない?」
「別に私に気があるからデートに誘ったわけじゃないんだし、いいじゃん別に。それでさ鹿沼さんとは今までどんな所行ったの?」
「水着屋とか遊園地、夏祭り、ライブハウスとラブホテルかな」
「ラ、ラブホテル!?」
……しまった。
気が緩んでたせいか、頭に浮かんだ場所をスラスラと全部言ってしまった。
「なーんだ、二人やる事やってんじゃん」
「何もしてないけどな」
「ラブホテルに入って何もしないわけないじゃん。だって鹿沼さんと合意の上で入ったんでしょ?」
「いや、その日は台風で帰れなかった上に鹿沼さん泥酔しちゃったから仕方なくだよ」
「げっ、鹿沼さん酔わせて連れ込んだんだ?」
「いや違くてだな」
俺は変な誤解をされないためにライブハウスでの出来事とか鹿沼さんがレモンサワーをアルコールと知らずに飲んでしまった事などを話した。
今更だけどまるでサラリーマンが仕事に疲れて同期と飲みの後にラーメン屋に入り、お互いの近況を話すみたいな状況だ。
もちろん高校生の俺にはサラリーマンの夜ってそんなイメージがあるだけで実際にはどうかは知らないが。
「ってなわけで大変だったよ。いきなり脱ぎ始めるわ下着姿で抱きつかれて好きって言われるわ、寝る前にキス要求されるわ。酔っ払うと人って変わっちゃうって改めてわかったよ」
「違うよ羽切君、酔っ払うとその人の本性が出るんだよ」
「本性?」
「だからね、鹿沼さんは羽切君に見てほしいって言う欲求があるから下着姿になったし本当に好きだから告白した。キスして欲しいからそう要求したって事」
「それは無いと思うけどな……」
確かに酔っ払うと暴力的になったりいきなり泣き出したりするみたいにその人の本性が出るという話を聞いたことがあるが、もしそうなら鹿沼さんは俺のことが好きで、俺に下着姿を見られても良くて、キスもされたいという事になる。
しかしそれは違うと思う。
鹿沼さんが俺に告白してきたのは俺と同じで“好き”を知りたいという欲求で、下着姿になったのは単に雨で濡れて肌感が悪いから。キスはあの時俺にファーストキスの上塗り権利があったからそれを意識してだろう。
「逆に羽切君はどうなの? 隣に泥酔した下着姿の鹿沼さんが寝てたわけだし、実は色々したんじゃない?」
「色々って?」
「そりゃ全裸にひん剥いたり、舐め回したり?」
「確かにしたな」
俺がそう言うと、後ろのテーブル席からコップを落としたかのようなガタンという音が聞こえた。
音的に水が入っていて、急いで何かで拭いているのが雰囲気で分かる。
隣の佐切さんを見ると、酔っ払ってるんじゃないかと疑うくらい顔を真っ赤にして俺を見ていた。
「ぐ、具体的に?」
「まずは下着を全部俺の手で脱がした。しばらく全裸で寝てる鹿沼さんの体を目に焼き付けた後に胸の味見をして、今度は足首を持って下半身を御開帳……って佐切さん、俺が冗談言ってるの理解した上で聞いてるよね?」
佐切さんは結構こういう話が好きだという事は海の時にわかったので冗談を言ってみたのだが、表情見てるとマジに聞いてるような気がしたので一応の確認。
「あっ、冗談なのね」
「当たり前だろ」
やはり佐切さんはマジに聞いてたみたいだ。
ラブホテルで泥酔してる鹿沼さんを全裸にしただなんて嘘に決まってるのに、どうして信じようとするのだろうか。
「あー、ビックリした。羽切君って結構強引な所があるから冗談なのか本気なのか時々わからないんだよね」
「強引な方が物事うまく進む事もあるからな」
「もしかしてラーメン食べ終えたら隣のラブホテルに強引に連れ込もうとしてる?」
「もちろんそれも選択肢の一つ」
「うーわ、やっぱヤリチンだ」
「童貞でヤリチンは両立しないだろ。ち◯こ二つあったら可能かもしれないけど」
「ブハッ! それなら両立するね」
夜のラーメン屋で女子と下品な会話。
まあ、店内には俺たちしかいないから何も気にせずそういう会話ができ――いや、後ろに三人組の客が座っているんだった。
三人組で入ってきたにも関わらず全く会話がなく、完全に忘れていた。
「ここ出たらもう一回ラウンドツー戻る?」
「いや、目的は佐切さんをデートに誘った時点で達成してるし、やっぱ解散した方が良いかも」
「良かったらウチでゲームする?」
「こんな時間に? 親いるでしょ」
「お母さんは旅行中でお父さんは単身赴任中。弟がいるけど、まあそこはね?」
「じゃあお邪魔しようかな」
「エッチな事は無しだから」
「わかってるって」
折角のお誘いで乗らないわけにはいかない。
今日は一応のデートだったが、目的もなくデートしても後半暇になることが分かった。
まあこれから佐切さんの家でゲームして、飽きたら帰るとしよう。
「お待たせしましたー」
そんな事を考えていると、俺達の前にラーメンが置かれた。
ラーメンを食べ終わるまで俺達の間に会話は無かった。
佐切さんとの話、微妙だから早めに切り上げた。
投稿頻度遅くて申し訳ない。