【91話】 二学期⑩(テスト結果)
久々に微妙かも。
まあ繋ぎだからね。
テスト週間が終わり、今週は返却の一週間。
当然だが返却の一週間と言っても通常の授業があるから午前中に帰れるなんて事はないので本格的に二学期が始まったという事。
今は返却の一週間の金曜日、六限終わり。
ゲーム参加者達は各々自分の答案用紙を手に持ち、鹿沼さんの机に集まっている。
「誰から最初に発表する~?」
口を開いたのは戸塚さん。
自信ありげに折り畳んだ答案用紙をヒラヒラさせている。
「やっぱ自信がない人からじゃない?」
「まあそっちのほうが盛り上がるな」
「じゃ、じゃあ私から……」
自信がない順と聞いて挙手したのは佐切さん。
手に持っている答案用紙を広げ、囲っている鹿沼さんの机に置いた。
点数は86点。
決して低くはないし、なんなら高い方だ。
しかし佐切さん以外、誰もその点数を見て微動だにしていない。
「この点数より低かった人いる〜?」
誰も反応しない。
「やっぱ私が最下位かぁ」
「恵麻も勉強すればちゃんと良い点取れるじゃん」
「得意科目だからね。他はボロボロだよ」
「じゃあ次は~?」
「俺」
次に手を挙げたのは八木。
「どうだ!」とばかり机に叩きつけ、自身ありげに手をどかした。
点数は94点。
いきなり高得点が出てきた。
「これより低い人は〜?」
しかし、戸塚さんの確認に誰も反応しない。
「マジかよ」
八木が驚くのも理解できる。
だって94点でまだ上に五人もいるのだから。
とんでもない高レベルな戦いになっている。
「次は~?」
「じゃあ僕」
亀野は投げるようにして机に置く。
ヒラヒラと舞って机に落ちた答案用紙の点数は――。
「99点!?」
声を荒げたのはやはり八木。
三人目にして圧倒的優勝候補。
「あーあ、同点かぁ」
悔しそうに呟いて重ねて答案用紙を出してきたのは鹿沼さん。
その答案用紙は同じく99点。
「私も同じ」
そして織田さんも同点。
残されたのは俺と戸塚さん。
みんなの視線が俺たち二人に刺さるが、どうやら戸塚さんは答案用紙を出すつもりはないらしい。
つまり戸塚さんは100点を取ったという事になる。
俺はチラリと自分の答案用紙を見る。
俺が選んだのは“英語”で正直自信が無かった。
理由は俺がこれまで勉強してきたのはイギリス英語で、アメリカ英語ではないから。
基本的に日本の英語教師はアメリカ英語しか理解しておらず、イギリス英語で教師になる人はほとんどいない。
何故なら日本の高校で学ぶのはアメリカ英語で、受験も基本的にアメリカ英語だから。
2021年から大学入学共通テスト(センター試験は2020年に廃止)で場面によってはイギリス英語での出題がされる可能性も出てきたが、それでもほとんどがアメリカ英語での出題となっている。
つまり今の教員でイギリス英語を理解している人は少ない。
しかしどうやら俺達の英語教師は俺がイギリス英語で解答していることに気づいてくれたらしく、“次からイギリス英語で解答したらバツにします”と一言が加えられている。
期末試験は12月頃だから俺に次があるかわからないが「ありがとう先生」と心の中で感謝し、点数を見て自然と口角が上がった。
「マジか~。私と羽切君の満点同点か~」
戸塚さんはつまんなそうに自分の答案用紙を机に置いて頬杖をついた。
その答案用紙にはバツが一つもなく、右下には100点の文字。
「同率一位の場合はどうなるんだっけ?」
「優勝者なし~、命令権限もなし~」
「えっ、つまんないじゃん」
「羽切君が一点でも落としてくれれば私が物凄い過激な命令してたのにな~」
「にしても100点って凄すぎない? 羽切と戸塚さんが頭が良いの意外なんだけど」
「意外はひどいよ~……っていうか何で羽切君黙ったままニヤけてるわけ~?」
今週のテスト返却で、英語の返却があったのは火曜日。
俺は返却がなされた瞬間に勝ちを確信した。
それはイギリス英語での解答が認められたからというだけではない。
「それはな……こういう事じゃっ!」
俺は自分の答案用紙を全員の重なった答案用紙の上に叩きつける。
「は?」
「へ?」
俺の点数を見た一同は驚きの声を上げて、目を丸くした。
当然だ。俺の答案用紙には101点と書いてあるのだから。
「いやいやいや、は? 101点? 不正だろ?」
亀野が驚くのも当然だ。
100点満点中のテストに101点と表記されているのだから。
しかし何が起きているのか理解したのか、鹿沼さんは呆れ顔で俺を見上げた。
「救済措置だね」
「正解」
救済措置。
それは英語が得意じゃない人に対して10点を上限に配布するという制度。
当然何もしないで配布されるわけじゃなく、毎週のように出される宿題をクリアする事が条件。
英語ができる人はこの制度を利用しない。何故なら赤点回避のための救済10点なわけだし、赤点を取らない自信のある人は毎週の宿題の方が面倒臭いと感じるからだ。
俺もこの制度のことは転校して最初の授業で既に知っていたが面倒臭いと思い利用していなかった。
しかし夏休み中にイギリスに転校すると知り、その勉強の取っ掛かりとして事前に配布されていたやらなくて良い宿題を解き、それをイギリス英語に変換するという作業をしていた。
結局途中でイギリス英語用の参考書を買ったので半分くらいしかやらなかったけど、それを提出したことでついた1点。
俺もまさか満点のテスト結果に+1点されるとは思っておらず、最初返却された時は驚いた。
この1点は俺の成績になんの影響もないんだろうし、点数を101点にしたのは英語の先生の遊び心なのだろう。
「でもさ、これって有効なの?」
鹿沼さんがそう疑問に思うのも当然だ。
勝負はあくまでテストで一番高得点をとったものが優勝というルール。
テスト以外の点数1が加算されているのが有効かどうかの議論は必要。
ここからはどれだけ言いくるめられるかが重要になってくる。
「有効だろ。あくまでテストの点数が一番高かったらっていうルールなんだから」
「テスト以外のところから発生した1点なのに?」
「この1点は俺がテストで100点を取ったから気づけたけど、例えば94点+1点で優勝だったらこの1点に気づけなかったんじゃない?」
いちいち人の点数を計算し直す人はいない。
だから94点+1点でトップだったらなんの疑いもなく俺が優勝だっただろう。よってこの1点は有効であるというちょっと無理のある論調。
「まさかこんな事態が発生するなんて予想できなかったし、もう多数決で決めようよ~。羽切君が優勝でいいのか優勝者なしでゲーム終了か~」
「まあそうだな。細かいルール作らなかったわけだしそうしよう」
「じゃあ、羽切君が優勝だと思う人~?」
手を上げたのは俺、戸塚さん、八木、織田さんで7人中4人の賛成多数。
いろいろラッキーなこともあったけど、とにかく俺は優勝した。
これで俺には誰か一人に何でも命令を聞かせる事ができる権限が付与されたわけだが……。
「優勝者は羽切君~! おめでと~!」
パチパチと皆んなが祝福してれたが、悔しそうにしている男子陣はともかく、戸塚さんを除いた女子陣は不安そうだ。
しかし俺はもう誰に何を命令するか決めている。
この場に当事者全員がいるからこそしっかりとこの場で発言しなくてはならない。
昨日先週思いついた、実験。
それを今ここで実行する。
「それで、羽切君は誰に何を命令するのかな〜?」
ちょっと興奮した戸塚さんが俺の肩に手を乗せてニヤリと笑った。
「明日、俺とデートしてくれ……佐切さん!」
「……?」
俺はしっかり体を佐切さんに向けて目を見て言った。
佐切さんはしばらくキョトンしていたが、徐々に顔が歪み慌て出した。
「ええええっ、私!?」
「佐切さんはこの中じゃ一人しかいないでしょ」
「えっ、でっ、でも……」
佐切さんはチラリと亀野の方に視線を向け、そして座っている鹿沼さんに視線を向けたところで小さく「ヒッ」と声をあげた。
そして再度俺に視線を戻したが、返事が返ってこない。
仕方がないので俺から更に押すことにした。
「何でも命令できるんだよな?」
「そうだよ~」
「俺が週末に佐切さんとデートしたいってのも有効だよな?」
「もちろん~」
「わ、わかったよっ! デートするよっ!」
やっと決心がついたみたいだ。
チラチラと視線を横に動かし誰かのご機嫌を伺っているようだが、とりあえず良かった。
「私はあくまで命令でデートに行くだけだからね?」
「それでもデートはデートだ」
「どこ連れて行くつもり?」
「それはまだ決めてないけど、夜まで……いや、朝まで付き合ってもらうかもな」
「あ、あ、あ、朝まで!?」
朝まで付き合ってもらうという意味は高校生ならもうわかるはず。
もちろん嘘だが、これは亀野の意識を少しでも佐切さんに向けるための実験。
やるからには全力でだ。
「とにかく、明日の予定は後で連絡するから」
「わかった」
とりあえず佐切さんからOKを貰ったのでみんなの表情を見ずに隣の自分の席に座る。
すると帰りのホームルームのチャイムが鳴った。
「というわけで、皆んなテストお疲れ~。打ち上げはまた今度、羽切君達のデートが終わったらしようか~」
戸塚さんがそう言い、クラスが違う佐切さん織田さんは教室に戻り、このクラスのメンバーは自分の席に帰る。
「おい羽切、お前まじか」
俺の前の席に戻ってきた八木は、振り向いて言った。
「大マジだ」
「お前のこと見くびってたぜ、男の中の男だな」
「なんじゃそりゃ」
「一色さんともデート行ってるし、合コンで連絡先交換した他の女子とも実は行ってじゃねえの? そして今回は佐切さんだろ。羽切お前、もしかしてヤリチンなのか?」
「誰ともヤッてねえからヤリチンじゃねえよ」
「最終的に誰選ぶのか今から楽しみだぜ」
最終的に誰を選ぶのか……か。
相変わらず八木は人の恋愛事情に興味津々らしい。
俺が残りの時間で彼女を作る事はまずあり得ないけど、少なくとも異性を好きになる感覚くらいは理解したい。
どうやら高校生という期間はどうしようもなく異性とイチャイチャしたいという欲求が昂るらしい。
それは俺もなんとなく分かるけど、それが性欲なのか恋愛感情なのかの違いがいまいち分からない。
それを知るために多少強引に佐切さんをデートに誘って亀野を揺さぶってみたが果たしてどうなるか。
この二人を使った実験が行き着く先は正直分からない。
だけどまあ、行動してみないと分からないこともある。
そんなことを考えていると先生が教室に入ってきて、帰りのホームルームが始まった。