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【90話】 二学期⑨(ラブレター)

資格試験まで残り三日。

頑張るます。

「うーん、何にしよう」



 リオンのフードコートは平日の昼という事もあってかなり空いていた。

 俺たちの学校は普通の学校と違う時期に中間テストがあるのでこの時間には他校の生徒もいない。

 いるのは既に年金生活を送っているご老人かノートパソコンをカタカタ操作している自営業らしき人のみ。

 とはいえフードコートの店はどこもしっかり開店しているので今は列に並ばなくても選び放題な状態だ。



「私はうどんにしようかな」

「俺はカレーかな」

「どのカレーにするの?」

「スペシャルグリーンカレーセット」

「私もそれ気になってたんだよね。後で一口くれる?」

「いいよ」



 俺はカレー店の前へ歩き、鹿沼さんは隣のうどん店に歩いた。

 注文をしてお金を払うと番号が貼られたブザーを手渡されたが、客が少ないしすぐに鳴ると思い席には帰らず待つことにした。

 すると思っていた通りすぐに鳴り、スペシャルグリーンカレーセットが乗ったお盆を持ち歩く。

 鹿沼さんも同タイミングで商品を受け取ったらしく、俺の横に来てまじまじと俺のお盆を覗き見てきた。



「うわぁ、美味しそう。私もそっちにすれば良かったかなぁ」

「鹿沼さんのもメチャクチャ美味しそうじゃん。なんてやつ?」

「豚骨ざるうどんデラックスセット大盛り。トッピング卵と味噌汁」



 もはや呪文のようなメニュー名で面白い。

 鹿沼さんは相変わらずよく食べる。

 どうやって体型を維持してるのか気になるレベルだ。



「俺にも後で一口ちょうだい」

「いいよ。味に飽きたら一時的に交換するとかもどう?」

「それもいいね」



 そんな会話をしながら席に戻ると、既にみんな食事を食べ始めていた。

 今ここにいるのは当初予定していたメンバーと亀野、佐切さん。

 何故亀野と佐切さんがいるのかというと、どうやらあのドッキリに失敗した後、佐切さんと亀野が一緒に下校した時に校門で待つ戸塚さんに誘われたという事らしい。

 俺と鹿沼さん、戸塚さんは海で仲良くしていたから普通に接する事ができるけど八木は気まずいんじゃないかと内心不安だった。



 しかし俺のそんな不安は完全に的外れのようで、何やら楽しげに話していている。

 よくよく考えたら八木は人見知りしない性格の男だ。

 俺が転校してきた時も一番最初に話しかけてきたし、初日で彼女紹介したり合コンに誘ったりするような奴だったし。



「二人とも遅かったじゃん〜」

「みんなが早すぎるんだよ」

「げっ、鹿沼さんメッチャ食べるじゃん」

「景は普段から大食いだよ~」



 八木は「マジかよ」と驚き目を丸くした。



「毎日ではないよ? 急激にお腹が空くときが週に5日くらいある時だけ」

「ほぼ毎日じゃん」



 全員で声を出して笑った。

 現状フードコートには人がほとんどいないからワイワイしてても誰にも迷惑がかからない。

 俺と鹿沼さんはお盆をテーブルに置いて席に座った。

 俺達は隣同士で目の前にはベンチソファーに座る八木と戸塚さん。鹿沼さんの右斜め前には佐切さんと亀野が座っている。

 佐切さんはつい20分ほど前に鹿沼さんの本気の威嚇にビビり散らかしていた。

 そして鹿沼さんに対する恐怖感というのがまだ残っているのか、鹿沼さんをチラチラ見て機嫌を伺っている。

 どこかのタイミングでアレが実は逆ドッキリだったことを伝えないとギスギスした関係になってしまいそうだ。



「あーあ、明日もテスト面倒くせえなぁ」



 八木は突然ため息交じりに言った。

 

 

「八木の選択した科目ってなんだっけ?」

「国語」

「じゃあ鹿沼さんと一緒か」

「亀野は?」

「僕は英語」

「じゃあ明日が勝負だな」

「そうだね」



 普通の高校生の、普通の会話。

 残り4ヶ月で日本での高校生活は終わりと考えると、こうやって皆でフードコートで日常会話をするなんてこともそんなに多くはないだろう。

 そんな事を考えながらカレーを口に運び、ただただみんなの会話を聞いているとトントンと右肩を叩かれた。

 右を振り向くと、何か言いたげな瞳をした鹿沼さんがこちらを見ていた。

 

 

「何?」

「そろそろ一口欲しいなって」

「いいよ」

 

 

 俺はスプーンに白ご飯を乗せて、そのままグリーンカレーのルーに漬ける。

 そしてスプーンから汁がこぼれない様に気を付けながら鹿沼さんの口元まで持っていく。

 すると鹿沼さんはパクッと俺のスプーンを咥えたので、そのまま斜め上に引っ張ってスプーンだけをとりだした。

 

 

「うーん、美味しい」

「こういう所でタイ米使ってるの珍しいと思わない?」

「ほんと、珍しいね。やっぱタイカレーはタイ米で食べた方が何倍も美味しい」

「俺もそう思う」



 平成5年に日本で米騒動が起きた際、日本人はタイ米を輸入したが不評で大量に売れ残ったという話を聞いた事がある。

 もちろんタイ米の種類やブレンドによって好き嫌いがあるのかもしれないけど、今ではタイ米の評判もだいぶ良くなってきている。

 しかしやっぱり年配の方だとやっぱりタイ米に拒絶反応を起こすこともあるらしく、フードコートのような場所では基本的に日本米が使われる。

 


「羽切君、私のも食べていいよ」

「なんなら一回交換する?」

「しよしよ」



 なんだか鹿沼さんは楽しそうだ。

 俺もそんな鹿沼さんを見て口角が自然と上がってしまう。

 俺たちはお盆を交換してそれぞれが買ったモノを食べ始めた。

 


「鹿沼さんと羽切ってそんな仲良かったっけ?」



 しかしそんな事を言われ、すぐに箸が止まった。

 言ったのは正面に座る八木で、こちらを不思議そうに見ていた。



「八木君、私達そんなに仲良く見える?」

「凄く仲いいように見えるけど。羽切のスプーンでアーンされてたし、間接キス的な事とか気にしないの?」


 

 アーンって……食べさせてもらったとか表現があったろうに。

 


「八木君は間接キスとか気にするんだ? 間接キスを気にする八木君と佐藤さんとの進展はどんな感じなの?」

「未央とは……」



 さすが鹿沼さん上手い。

 自分に向けられた話題の矛先を逆に返して八木を困らせている。

 戸塚さんと亀野、そして佐切さんは俺と鹿沼さんが仲良くしているところを見ているから、むしろ八木とその彼女である佐藤さんの進展の方が気になるはず。

 八木は何やら言うか言わないか迷っているようでヨソヨソとしだした。



「そっか~、八木君は彼女さんとセックスしたんだ~?」

「セッ!? まだしてないよ!」

「じゃあ何でいきなりそんな落ち着きがなくなるのさ~」

「だって恥ずかしいだろ」

「さすがにキスはしたんでしょ~?」

「して……ない」

「はぁ~?」



 戸塚さんはあからさまに呆れた顔になった。

 もし戸塚さんが誰かと付き合ったらグイグイ行ってすぐに関係を進展していくだろうから、他人の恋にもどかしさを感じるのもわからなくはない。



「まあまあ、人には人のペースがあるから」



 亀野が手助けをした事で八木はホッとした顔になった。



「そういう戸塚さんはどうなんよ? 好きな人とかいないの?」

「私の場合は好きとか嫌いとかじゃなくて、ヤりたいかヤりたくないかだし〜」

「すげえなそれ。どういう基準で決まるわけ?」

「そりゃ顔と体つきだよ〜」

「その基準に達してる人は学校に何人いんの?」

「三人だけど〜、その中にメチャクチャに犯したい子が一人いるんだよね〜」

「狙われてる奴は気が気じゃないだろうな」

「狙われてる事すら気づいてないかもね〜」



 ドン引きとはまさにこの事か。

 俺が以外の全員は戸塚さんが冗談を言っていると思っているかもしれないけど、事情を知ってる俺はそれが本気だとわかる。

 当然その一人が俺の隣で何も知らずカレーを頬張っている鹿沼さんである事は確定的。

 今まで鹿沼さんに手を出す瞬間はいくらでもあっただろうに、もしかしてその度に鹿沼さんが拒否しているのだろうか。



 俺は箸を取って再度うどんを汁に漬けてすする。

 グリーンカレーで辛かった口の中を浄化するかのように豚骨の香りが口の中に広がり、モグモグと食べ応えのある麺を咀嚼した。



「この後どうする?」

 


 食事も終わりに近づいてきて、八木が言った。



「明日もテストだし解散でいいんじゃないか?」

「それもそうだな。飯食い終わったら自由行動で」

「了解」



 流石にテスト期間だし帰って勉強したい人もいるはず。

 グループで行動していると自分だけ帰ると宣言しづらい。

 だからいつでも離脱可能みたいな雰囲気を出しておくとすごく自由で良い感じのグループになる。

 結局、来るもの拒まず去るもの追わずが一番関係としてはちょうどいい。

 よく一人のリーダーとその他幹部+αみたいなグループがあるけどそういうグループは自分の意見とかを言いづらい雰囲気を出しちゃうし、言ったら言ったで自分がいない間に陰口されてるんじゃないかみたいな不安も出てきて居づらくなるのがよくあるパターンだ。

 そして家にいるときにSNSで自分以外のグループメンバーが遊んでいる写真を見て絶望するのだ。

 仲間外れにされたと。


 

 俺たち一同は昼飯を食い終わり、お盆を戻してリオンの正面入り口へと歩いた。

 正面入り口に着くと八木が振り返り、全員に視線を配らせパチンと両手を叩いて言う。



「そんじゃ、解散!」



 ただ学校終わりに昼飯絵お食べに行っただけだったが、意外と楽しかった。

 高校生活が始まって半年。

 もう既にグループみたいなものが固まってきた頃合いだろう。

 当然その中には一つのグループに所属する訳じゃなくて色んなグループに顔を出す器用な人もいれば、一つのグループに全力を注ぐ人もいる。

 俺たちがいるこのグループはガッチリとメンバーが定まっている訳じゃないけど、それでも軽い感じで誘い合えるような関係は築けてると思うし、それは鹿沼さんにとっても良い事だ。



「私は帰ろっと〜。じゃあね皆〜」

「俺も帰るぜ、またな」



 正面玄関から出て行ったのは戸塚さんと八木。

 残された俺ら四人は顔を見合わせる。



「これからどうする?」

「羽切達は今日は何もないの?」

「何もない。そっちは?」

「何もないよー」

「恵麻、明日のテストは大丈夫なのか?」

「大丈夫……じゃない」

「じゃあ帰って勉強しなよ」

「えー、もうちょっと一緒にいたい!」

「じゃあどっかのカフェ入るか? 教科書持ってきてるんならそこで勉強教えるよ」

「やったあ!」

「二人もくる?」



 お誘いを受けたので鹿沼さんを見ると、鹿沼さんも同タイミングでこちらを見てこくりと頷いた。



「よし、行こうか」

「個室あるカフェ知ってるからそこ行こう。この時間メッチャ空いてるだろうから勉強が捗る」

「いいね」



 亀野が歩き出したので俺達もその背中を追うように歩き出す。

 前で歩く佐切さんは何度もこちらを振り返って何やらビクビクしていて、鹿沼さんを気にしてる様子。



「どうしたの恵麻。お化け屋敷に入った時みたいな慌てようだけど」

「だってぇ……」

「佐切さんは学校出る時、鹿沼さんにブチギレられたんだよ」

「ぶ、ブチギレてないって!」

「あ、あの温厚な鹿沼さんを怒らせるって恵麻何しでかしたんだ!?」

「ちょっと鹿沼さんの嫉妬心をくすぐってみたら大変な事に……っていうか計画したの全部羽切君じゃん!」

「まあ、何にせよ俺達は鹿沼さんに騙されたんだけどね」

「どういう意味?」

「鹿沼さんは俺達が屋上から中に入った時、カツラをかぶって変装してる佐切さんってすぐに気づいたらしいよ」

「……はあああ!? って事は」

「俺達は逆ドッキリにかけられたってわけ」

「まぁぁぁじかぁ」



 佐切さんは大きく息を吐いて安心した表情になった。



「鹿沼さんもう怖すぎておしっこチビりそうになったんだから。それにあんなん見せられてこっちまでドキドキしてくるし、もう感情メチャクチャにされて頭がおかしくなっちゃいそうだった」

「まあ気をつけた方がいいよ。鹿沼さん怒ると本当に怖いだろうから」

「肝に銘じておきます」



 何気ない会話だったが、俺はその中に一つヒントを見つけた。

 今日ずっと考えてた、どうやったら亀野を佐切さんに意識させるよう仕向けるかという疑問のヒント。

 それは嫉妬心を煽るというもの。

 今日の屋上での出来事は鹿沼さんの嫉妬心を煽った訳じゃないし、鹿沼さんもそもそも嫉妬なんて感じてないだろうが、それを意図的に煽ることで亀野も少しは佐切さんを意識したりするのではないだろうか。

 子供の頃から一緒にいた幼馴染の女子が他の男と仲良くしてたり、いきなり自分以外の男にデートに誘われたりしたらどう思うのだろうか。

 ちょっと実験も兼ねてやってみるのもアリかもしれない。

 そんな事を考えていると、カフェにたどり着いた。

 

ほんっっっとうに寒くなってきた。

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