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【89話】 二学期⑧(ラブレター)

寒いよぉぉぉぉぉ。

 屋上に出ると生ぬるい風が肌を撫でた。

 俺は色んな学校の屋上というのを見てきたが、この学校の屋上は今までのどの学校よりも広い。

 それはそのはず、この学校の構造は凹の形をしている上に屋上も全て繋がっているのだ。

 昨今の学校では自殺防止のために屋上を施錠していたり、利用時間に制限をかけていたりするのだが、この学校ではそれが無い。

 その代わり金網は相当高い所まで張っていて、簡単には登れない様に網と網の穴が小さくなっている。



 俺が今いるのは凹の右下の角。

 テスト期間という事もあってか屋上には一人を除いて誰もいなかった。

 その一人は女子で、屋上の扉からまっすぐ行った所の金網から外を見ている。



「あの人かな?」

「多分」



 鹿沼さんは開いてる扉に顔の半分だけ出してこちらを見ていた。



「曖昧な断り方は駄目だからね?」

「断るかどうかは俺が決める」

「そんなぁ……」



 断るかどうかは俺に権限があるわけだが、そもそも相手が誰なのかが気になる。

 後ろ姿からはロングヘア―であること以外は何もわからないが、どう見ても俺と関わったことがある女子とは思えない。

 普通、関わったことがない異性に告白とかするだろうか。

 例えばカッコいい先輩とかだったらあり得ない話ではないかもしれないけど、俺は一年生だし女子にチヤホヤされるほどの容姿は持ち合わせていない。

 まさか罰ゲームとかじゃないだろうな。



 そんな不安を感じながら俺は歩き出す。

 後ろから小さく「頑張って」と鹿沼さんが言ってきた。

 鹿沼さんはこれまで何人もの男子から告白されてきたのだろうから断るのに慣れているのかもしれないけど、俺は初めてだ。

 一番考えなくてはいけないのは泣かれたらどうしようという事。

 泣かせた俺が慰めなきゃいけないのか、それとも泣いてる女子を無視して帰るのが良いのか……。



 対応をどうしようか考えながら歩いているといつの間にか女子の元までたどり着いてしまった。



「あの」

「遅かったね」



 俺が声を掛けるとロングヘア―の女子はゆっくり振り返る。

 そしてロングヘアー女子の顔を見た瞬間、俺は落胆した。



「佐切さん……これは悪質すぎ」

「告白されると思った?」

「絶対そういう事だと思った」



 その女子は佐切さん。

 いつもはショートヘアーだけど何故か今はロング。

 


「それは何? カツラ?」

「そう、演劇部の人から借りてきちゃった。ドッキリ大成功かな?」

「まあ成功ではあるな」



 戸塚さんとは違う感じの元気な女子。

 まさに運動部の女子って感じのテンションで正直苦手。



「それで?」

「それでって?」

「何か用があったから呼び出したんだろ」

「忘れちゃったの? いっくんを振り向かせるための作戦会議だよ」

「ああ、そんな話もあったな」



 覚えてはいたけど心のどこかではその件について触れずに生活していきたかったという気持ちがある。

 俺は人を好きになった事がないから何のアドバイスも出来ないし、そもそも意図的に人を好きにさせるなんて事可能なのかもわからない。

 


「協力してよね」

「やっぱさ俺じゃなくて戸塚さんとかに話した方がいいよ」

「美香は結構強引なこと言いそうなんだもん。キスすれば良いとかエッチに誘えば一発だとか」

「確かに言いそうだな」


 

 しかし俺からのアドバイスは何もない。

 前にインターネットで人を好きになる瞬間と検索した事があるのだが、そこには異性の仕草にドキッとして目で追うようになったとか、いつも優しくしてくれるから好きになったとか、ひたむきに頑張ってる姿に惚れたとか書かれていた。

 これらは全部結果的にそういう異性を好きになったというだけで、相手が自分を好きになってもらうために意識的にやっていたわけじゃない。

 だからその手段を利用するのは不可能。

 

 

「羽切君は鹿沼さんのどういう所が好きになったの?」

 


 俺と鹿沼さんは付き合っていないが、夏休みの海で発作で俺に抱きついてきた時、鹿沼さんが淫乱なんじゃないかと誤解されるのを回避するために付き合ってると言ってしまった。

 今付き合ってないと言えばじゃあなんで抱き合ってたのとか、初めてを奪ったとかは何だったのというややこしい話になるから今はこのままで進める。



「そうだなぁ……見た目とかスタイルはもちろんだけど、やっぱ表情豊かで無邪気な所とか魅力的だと思うよ」

「表情豊かで無邪気……? 私が知ってる鹿沼さんと全然違うけど」

「佐切さんの知ってる鹿沼さんはどんななの?」

「清楚で大人びた、落ち着いてる人かな。学校ではいつ誰に対しても柔らかい笑顔で対応してるから表情豊かとは思わないし」



 多分、学校での鹿沼さんの印象は誰に聞いてもこんな感じだと思う。

 発作やトラウマの事もあって、学校ではでしゃばらないようにしているから通常とは少し違うのだ。

 鹿沼さんは三年間という時間を得たのにキャラ作りから離れられないでいる。

 だから発作が薬で抑えられた時、どうなるのか少し楽しみでもある。



「逆に亀野のどこが好きなんだ?」

「責任感が強いところかな。中学の時も生徒会長で頑張ってたし。それになんていうか……小さい時から一緒にいるから心が通じ合ってる感じがあって、それに特別感見たいのを感じちゃって……何言ってるかわかんないよね、ごめん」

 


 幼馴染で子供の頃から一緒にいるって感覚は、兄と妹みたいな感覚なのかなとか思ってて正直恋愛に発展する意味がわからない。

 心が通じ合ってる感覚があってそこに特別感を感じるってのも意味がわからない。

 総じて訳がわからない。



「作戦会議したいのは山々なんだけどさ、昼飯一緒に食べようって校門で人待たせてるんだよね。明日もテストだし、テスト期間終わってからもう一回話さない?」

「そうだね、わかった」



 なんのための時間だったんだが。

 そう思いながら振り返ると、屋上に出るための扉がまだ少し開いた状態になっていた。

 という事は鹿沼さんはまだ見ているという事。

 そして鹿沼さんは今、俺が告白されてると思っているわけで……。

 そこまで考えると自然と口角が上がった。



「ねえ佐切さん」

「うん?」

「実は今、俺達の事鹿沼さんが見てるんだよね」

「えっ、どこどこ?」

「俺の後ろにある出入口。少し扉が開いてるだろ」



 佐切さんは俺の首と肩の間から出入口を見た。



「へー、あそこから鹿沼さん見てるんだ? でも何で?」

「下駄箱を開けた時に隣にいたんだよ。それで俺が告白されるのを見に来たってわけ。だから協力してくれない?」



 いきなり主語も無く協力してほしいと言ってしまったので、佐切さんはポカーンとした。

 だけどすぐにニヤリと笑った。



「いいね面白そう。どうやって驚かせようか」

「俺とキスするってのはどう?」

「いいよ……って、ええええええ!?」



 俺は佐切さんに三歩近づくが、佐切さんは俺が近づくと同時に後ろ向きに離れていく。

 佐切さんは金網に背中がぶつかり、手を俺に伸ばしてきた。



「ち、ちょっと待ったっ!」

「待たない。怪しまれるからじっとしててよ」

「やっぱりヤリチンなの!?」



 俺は佐切さんの伸ばし切った手を取りバンザイさせるように金網に押し付ける。

 流石女子バスケ部で力が強いけど金網に指を入れて固定すればその力にも対抗可能だ。



「ほ、本気でするわけじゃないよね?」

「するわけないだろ。したらただの強制わいせつ罪だ」

「羽切君って結構、強引だね」

「そうかな?」

「普通の男子はこんな事しない」



 自分が強引なのはわかってる。

 転勤族で同じ学校にいられる期間が短いから、どんな事にも積極的になれるというのが根底にあるからだ。

 失敗してもいつかはチャラ。

 もちろん犯罪的な事はチャラにはならないけど、その学校での評価とか評判とかはチャラになる。

 


「じゃ、行くよ?」

「ぜっっったいしないでよ。私、初キスが羽切君なのは嫌だからね?」

「ちょっと傷つくなそれ」

「だって羽切君は鹿沼さんの――んんっ!?」



 俺は顔をいきなり近づけ、止めた。

 すると佐切さんは瞼をギュッと閉じて固まった。

 もちろん唇は触れていないからなんの問題もない。

 俺はゆっくりと顔を離す。



「じゃ、俺戻るから」

「私もドッキリ大成功に立ち会いたい」

「じゃあ少し遅れておいでよ。鹿沼さんが慌ててる面白い姿見れるよ」

「それは楽しみかも」

 

 

 俺は歩いて出入り口まで歩く。

 そして少し開いた扉に手をかけ、隙間から中を見てみた。

 扉の奥には思った通りとんでもなく慌てている鹿沼さんの姿。

 俺に気づいていないようで「どうしよう! どうしよう!」と呟きながらグルグル歩き回り、頭を抱えたり、拳を握ってポコポコ自分の頭を叩いたり、何故かシャドーボクシングしたりと面白い慌てようだ。



「プフフフッ、鹿沼さん面白いじゃん」



 追いついてきた佐切さんが俺の耳元で囁いた。

 


「うわあああああ、どうしようっ! 羽切君が女の子襲っちゃったっ! 退学に……いやっ、警察に捕まっちゃうよ! 違う違う! 羽切君が私以外の女子とキスしたっ! 許せないっ、ぶぶぶぶっ殺してやる……ッ!」



 うおおおおいっ、何言ってんのこの人!? 

 思っていたリアクションと違うし、この瞬間を覗き見てたことがばれたら本当に殺されそうだ。 

 チラリと佐切さんを見ると、肩を震わして笑っていた。



「羽切君、鹿沼さんに殺されちゃうらしいよ?」

「俺を殺すとは言ってないでしょ。佐切さんを殺すって言ったのかも」

「じゃあさ一緒に出て行かない?」

「一緒に?」

「どっきり大成功! みたいな感じでさ」

「いいねそれ」

「鹿沼さん涙目で膝から崩れ落ちるかもしれないよ」

「是非見たいなその姿」



 俺達は一度隠れ「せーのっ!」と同時に扉を大きく開けて中に入った。

 しかし「ドッキ」まで声を出したところで、鹿沼さんの冷たく本気で殺しに来そうな視線がこちらに向けられて声が詰まった。

 勢いよく楽しそうな感じで入っていったのに入った先はライオンの檻だったかのように全身が硬直し、鹿沼さんの瞳から目が離せなくなり、足がすくむ。



「羽切君」

「ひゃい?」

「そこの君」

「ひ、ひゃい!?」

「歯、食いしばれ」



 ゾゾゾッと鳥肌が立った。

 鹿沼さんは俺の隣のロングヘア―の女子を佐切さんだと気づいていないらしい。

 とはいえさすがに暴力は駄目だ。



「し、鹿沼さん。暴力は駄目だ」

「へー、羽切君はこの人の事擁護するんだ?」

「擁護とかじゃなくてだな……」

「わかった」



 鹿沼さんの冷たい視線は俺から外れ、隣の佐切さんへ向いた。

 佐切さんは鹿沼さんの表情にビビりまくっていて、頬をひくつかせながら硬直している。

 


「君」

「……はいぃぃ?」

「よく見てて」



 鹿沼さんはそう言うと、俺の前に立った。

 俺はさっき言われた通り歯を食いしばり、瞼を強く閉じる。

 しかしビンタが飛んでこず、その代わりに俺の首に何かが回り大きくて柔らかいものが強く押し当てられた。

 目を瞑っていてもわかる、鹿沼さんの体が俺にくっついているのだ。



 鹿沼さんの鼻息が俺の鼻下あたりに当たっている。

 それも冷たい息じゃなくて、温かい息。

 つまりそれは、鹿沼さんの顔が物凄く近い所にあることを意味してて……。

 ドッドッと心臓の音が早くなってきた。

 そしてついに唇の先に柔らかいものが軽く触れて――。



「ちょっと待ってっ!」

 

 

 突然、隣の佐切さんが声を上げたのでピタリと動きが止まった。 

 薄く目を開けると、鹿沼さんの顔が超至近距離にあった。

 鹿沼さんも薄目を開いているが、その視線は佐切さんの方を向いている。

 


「わ、私が謝りますからっ!」

「……」

「この雰囲気見せられて、我慢の限界ですっ! 解放してくださいお願いしますっ!」



 鹿沼さんは軽く触れている唇から離れ、冷ややかな視線のまま少し顔をずらして佐切さんを見た。

 

 

「羽切君を諦めてくれるって事ね?」

「諦めますからぁぁっ!」

「それは良かった。帰っていいよ」

「ありがとうございますっ!」



 佐切さんは物凄い足音とスピードで階段を走って下がっていく。

 残されたのは俺と、何故かとんでもなく怒っている鹿沼さん。



「さて羽切君」

「は、はい」

「続きしようか」

「勘弁してください。体が反応しちゃってる」

「私も反応してるけど続ける気あるよ」

「それは良かった」

「良かったって何が?」

「鹿沼さんの体もちゃんと準備するんだってさ」

「準備って……何の?」

「セックスの」

「セッ……」



 鹿沼さんは俺と同じ異常な転勤族で何度も転校してきた。

 だから彼氏ができた事も男を好きになることもない事は俺もよくわかっている。

 それにいじめの件もあって体が男を拒絶していることも知ってる。

 そんな彼女の体は男でするべき反応が起きるのかずっと気になっていた。

 鹿沼さんは二歩下がって自分の胸を右腕で隠し、スカートを左手で押さえた。

 

 

「わ、私だって……ちゃんと成長してるんだから」

「そうだね。初めて会った時より随分成長したような気がするよ」

「全部、羽切君のおかげだよ……それに羽切君も最初の時より成長してる」

「……俺も?」



 どこが? と言おうとしたところで鹿沼さんは後ろを向いて階段を降り始めた。

 


「美香達、遅い! って今頃カンカンに怒ってるよ」

「そ、そうだ待たせてるんだった」



 俺も階段を降り始め、鹿沼さんの横で歩く。

 そして今更ながら伝えないといけない事を伝える事にした



「あのさ」

「何?」

「ど、どっきり大成功」

「ああ、佐切さんとキスしたってドッキリね」

「……え? 気づいてたの?」

「いくらカツラ被ってたって佐切さんの顔を間違えるわけないでしょ」

「って事は……」

「逆ドッキリ大成功」



 マジか……と心の中で呟き、俺は膝から崩れ落ちた。

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