【87話】 二学期⑥(定期テスト)
遂に明日は定期テスト本番。
先生も明日からのテストに向けてジャンジャンとヒントを出してくれて、だいぶ勉強するべき範囲を絞ることが出来た。
夏休み中に結構勉強したから、どの科目のどの範囲から出題されても全科目70点以上は取れると思うが、例のゲームに勝つためには一点集中の勉強が必要だ。
私が選んだ科目は“国語”で一番の得意科目。
学校の定期テストでの“国語”は基本的に現代文と古文漢文で教科書に載ってる物語の復習。そしてちょくちょく小テストで出てきた漢字テストや古文漢文の語句や単語の暗記をすれば良い。
私は元から得意だから100点も目指せる。
100点取ったら羽切君に何をしてもらおうかと、そっちの方が迷ってるくらいだ。
「ちょっと休憩しようよ〜」
学校が終わって私は美香と家で勉強している。
元々勉強会の予定があったわけではなく、帰り際に美香から提案されてこうなった。
勉強自体はだいぶ捗って、少し不安だった理数系科目を美香に教えてもらい逆に私は国語や社会系科目を教えた。
今回のゲームは一人一人が事前に決めた得意な1科目で一番良い点数を取った人が勝ちというもの。
だから自分の得意科目と被っていない美香とはこうやって教え合っても全く不利にならない。
3時間勉強して時刻は18時30分。
本当は羽切君も誘ったのだが、今日は一人で勉強したいからという理由で断られてしまった。
「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「え〜、景は私に帰って欲しいの〜?」
「別にそういうわけじゃないけど」
美香は後ろのソファーにもたれて大きく伸びをした。
三時間の間ずっと机を見下ろしていて首も肩も凝ってしまい、私も伸びをする。
「今日泊まっちゃおうかな〜? ダメ〜?」
「いいよ泊まっても。ただ親には連絡してね」
「やった〜、これからは何か学校のイベントがあるときは家に帰らないでここに泊まってもいい~?」
「いいよ。美香の家遠いし」
美香の家はここから電車で50分。
全然通えない距離じゃないし、日本の学生なら小学生でもこれくらいの通学はする。
だけどやっぱり通学や帰宅が面倒臭い時だってあるはず。
私は美香を信用してるし、そういう気の乗らない時はうちに泊まってくれてもいい。
それに私はほとんど一人暮らしでお母さんにも迷惑はかからないからいつでもウェルカムだ。
「晩御飯一人分増えるとなると材料がちょっと足らないかも。羽切君の冷蔵庫の材料も合わせて作ろうかな」
「いやいや〜、デリバリーで済まそうよ〜」
「久々にそれも良いかも。代金はどうする?」
「私が全額払うよ〜。泊めてもらうわけだし〜」
「それは流石に悪いよ」
「いいのいいの〜、どうせお金余ってるし〜」
お金が余るって凄い発言だ。
でもまあ戸塚家の儲けがとんでもない事は前のお泊まり会で理解したし、納得はできる。
「じゃあお願いしようかな」
「何食べる〜? っていうか羽切君にも言ったほうが良いんじゃない〜?」
「そうだね。じゃあ着替えたら羽切君に直接伝えようかな」
「私も行く~」
私も美香もまだ制服姿。
私は部屋に行き白の半袖Tシャツ二枚と短パン二枚を持ってリビングに戻る。
そしてその上下を美香に渡して後ろを向いて着替え始める。
着替えが終わって振り向くと、美香も終わったみたいでこちらを見ていた。
「よっしゃ、レッツゴ~」
意気揚々と玄関へ動き出した美香だが、私は「ちょっと待った」と静止する。
「美香、ブラは?」
「脱いだよ~?」
「ダメだよ。今から羽切君に会うんだから」
美香のTシャツには胸の部分にポツンと二つ浮き出てたものがあり、こんなエッチな格好を羽切君に見せたくない。
「もしかして羽切君が私のこれを見て欲情するとか思ってる~?」
「思ってる」
「まあ、するだろうね~」
「だったら――」
「景の方が圧倒的に良い体してるんだし、景も脱いじゃえば心配事も無くなるんじゃない~?」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!」
そういう問題じゃない。
私達は男と女。
女である私達はそんな簡単に肌を見せることは出来ない。
ましてや胸みたいな性的な一部を男にわざと見せようとするなんて普通恥ずかしくて出来ないはずなのに、美香は平然とそういう事をやっている。
私は羽切君の事が好きだから色々積極的にすることはあるけど、美香はどういうつもりなのだろうか……。
「ぶっちゃけ美香って羽切君の事どう思ってるの?」
私は疑問をそのまま口にすると、美香は目を丸くした。
そして少し考えるような仕草をした後、口を開く。
「好き……かな」
私の考え得る一番最悪な回答が飛び出してきて、一瞬ジェットコースターで急降下したかのような感覚に襲われた。
美香が……恋敵?
私にとって美香は友達でもあり、色んな事を教えてもらった師匠みたいな存在でもある。
物凄く経験も豊富だろうし全く勝てる気がしない。
「それで、どうするの~?」
気づくと美香はニヤニヤしていた。
いつもならその表情を見てもなんとも思わないけど、恋敵とわかった今、何だかムカついた。
「わかった。私も脱ぐ」
少なくとも美香と同じ土俵に立たないと勝負にならないので、私は背中に手を回してブラホックを外した。
そしてするりと取り出して机の上に置く。
一度自分がどうなっているのかを見て見ると、美香と同じく胸で押し上げられた白のTシャツに小さな膨らみが二つ出来ていた。
「ね、ねえせめて乳首に絆創膏貼って行かない?」
「え~」
「これだと羽切君が困ると思う」
「羽切君も結構エッチだから嬉しがると思うけどな~?」
「と、とにかくっ! さすがに線引きは必要だって!」
「しょうがないな~」
私は引き出しから絆創膏を取り出して美香に渡す。
私もシャツを捲り上げて絆創膏を乳首に貼ってシャツを再度戻す。
さっきまでは形が完全に浮き出ていたのが随分とマシになった。
しかし女として気軽に見せてはいけない場所を守っているのがたった一枚の絆創膏という状況はやっぱり恥ずかしい。
「じゃあ改めてレッツゴ〜!」
美香は堂々と玄関に歩き、私は両腕で胸を隠しながら玄関へといく。
ブラ無しで外に出るのはいったい何年ぶりだろうか。
少なくとも小学校ぶりくらいだから十年ぶりくらい。
私は胸が透けたり形が出ないような厚い服を着ていても外に出る時は絶対にブラを着ける人だ。
そこには何か理由があるわけじゃなくて、昔からの習慣というだけ。
色々成長した今、こうやって外に出てみるとスゥスゥと風が普段当たらない所を撫でていてくすぐったく感じる。
美香と羽切君の家の前に立ちインターホンを押すと一気に恥ずかしさが込み上げてきた。
美香に負けじとここまで来たけど、実際に羽切君と対面すると考えると頭がおかしくなりそうだ。
「あっれ〜? 寝てるのかな〜?」
羽切君は中々出てこない。
もう一度インターホンを押すが変わらない。
ここで思い出される昨日の事。
昨日、羽切君はリビングで倒れてた。
もしかして今日も......?
私は慌てて鍵を取り出し玄関に入る。
昨日と違ってリビングには電気がついていて、ちゃんと人の気配はある。
「お邪魔します」
一応一声かけて廊下に上がり、リビングへ行く。
しかし私が心配していた事は起こっておらず、羽切君はイヤホンをつけた状態で机に向かって勉強していた。
その横顔は超集中モードという感じで、私達の気配にも全く気づいていない様子。
「美香、羽切君の晩御飯は私が選ぶから邪魔しないでおこ」
「それが良いかもね〜」
私達は羽切君の部屋へと静かに歩き、美香のスマホで晩御飯選びを始めた。
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三時間三十分の勉強を終えてイヤホンを外すと、ピンポーンと微かにインターホンが鳴ったのが聞こえた気がした。
この勉強時間中は邪魔されたくなかったのでので、家のインターホンの音を最小限にしていて本当に鳴ったかは怪しい。
時刻は19時5分。
こんな時間にインターホンを鳴らしてくる人間は鹿沼さんしかいない。
俺は立ち上がって玄関のほうへ歩く。
玄関を開けると、そこには誰も立っていなかった。
その代わり地面には色んな食べ物の良い匂いのした箱や袋などがたくさん置いてある。
どこかの配達員の配達ミスか? と思って領収書を見るとそこには戸塚美香の文字。
そういえば今日、戸塚さんと鹿沼さんに勉強会に誘われた。
この荷物がここに届いたという事は戸塚さんはまだ鹿沼さん家にいて、この荷物はやっぱり配達ミスされたという事なんだろう。
とりあえず俺はその荷物を全部まとめて持ち上げる。
ピザのような平で大きい箱にそれ以外を乗せて、家に入りリビングの机に乗っけた。
それにしても女子二人が食べるにしては量が多すぎる。
確かに鹿沼さんは普段、結構な量を食べるけどこれはさすがに多すぎる。
俺はスマホを取り出してチャットの戸塚美香を開く。
荷物がこっちに届いているという事を文字で入力して戸塚さんに送信すると、すぐに「それは羽切君と私達の晩御飯だよ。それと、羽切君の部屋にお邪魔してま~す」と返ってきた。
耳を澄ますと確かに俺の部屋から物音が聞こえたので、俺は部屋の前まで歩いて引き戸の取っ手に手をかける。
そして普通に扉を開けると、知った顔の少女が二人いた。
「いつの間に来たんだよ……」
「羽切君が勉強してる間にお邪魔しちゃいました~」
戸塚さんは俺のベッドに腰掛けていて、鹿沼さんはベッドに横になっている。
「鹿沼さんは寝ちゃったの?」
「漫画読んでたら寝落ちしちゃったみたいだね~」
「まあでも、起こすか」
明日は1限からテストだし、こんな時間に寝るのはあまり良くない。
それにせっかく晩御飯も届いたのに冷めてちゃ美味しくないだろうし。
「その前にさ、少し話さない~?」
「話?」
「ちょっとしたガールズトーク」
「俺はガールじゃないんだけど」
戸塚さんはトントンと俺のベッドを軽く叩き座るよう促してきたので、促されるまま隣に座る。
俺の部屋に女子が二人。
どちらも薄着で何だかハーレム気分を味わっているようだ。
「羽切君が転校してきてもう3ヶ月が経ったわけじゃん~? ちょっと心境の変化とか聞いてみたくてさ~」
「心境の変化って?」
「羽切君、人を好きになる感情がよくわからないって言ってたじゃん~?」
「その件に関しては未だにわかってないよ」
俺は未だに“好き”が理解できていない。
父さんは鹿沼さんと進めるところまで進めと助言してきたけど、結局俺は色んな事を考えてしまって進むことが出来なかった。
あのまま進んでいれば理解できたのだろうか。
「じゃあさ、羽切君はどんな女性がタイプか教えてよ~」
「それさ、“好き”を“タイプ”に変換しただけで何も意味は変わってないと思うんだけど」
「羽切君って普段何をオカズで抜いてるわけ~?」
「AVとかですけど」
「そのAVの女性を誰と照らし合わせて抜いてるの~?」
「それは……」
それは恥ずかしくて言えない。
何故なら今、目の前にいる戸塚さんを照らし合わせて抜いたことも一度はあるからだ。
もちろんAV自体にエロさを感じて抜くこともあるけど、クラスメイトやグラビアアイドルの女性を当てはめて抜くというのは別に変な事じゃない……はず。
「ははーん、わかった。さては景をオカズしてるな~?」
「それはしてない」
「何でさ〜?」
「俺にもよくわからないんだけど......抜けないんだよね」
不思議な事に鹿沼さんで抜いたことは一度もない。
今まで一番近くにいて、色んなことがあったのに不思議と抜こうと思えないのだ。
それでも何度か想像やAVに鹿沼さんを出演させてシコったことはあるけど、どうしても最後まで行けない。
途中で必ずアソコが萎えて脳も冷めていく。
「私は体が女だからその感覚はわからないけど、男性の中にはどう頑張っても特定の女子で抜けないみたいな話は聞いた事があるな〜」
「へー、その原因は何?」
「男性の方がその女性を好き過ぎるから……かな〜?」
「好き過ぎるなら逆に抜きまくると思うんだけど」
「うーん、実は私もちゃんとした答えは見つかってなくてね~。その人と本番を迎えるために体が自然と精子を蓄えてるんじゃないかとか考えたんだけど……でも他の人で抜くんじゃ違うもんな~」
どうやら戸塚さんでも俺のこの現象を説明出来ないらしい。
普通に考えて鹿沼さんで抜けないのはおかしい。
誰が見ても可愛いし、胸だって大きい。
この二つの要素だけでも普通の男子高校生なら想像だけでイッてしまうだろう。
俺はそれに加えて鹿沼さんが学校では絶対に見せない元気ではしゃぐ無邪気な姿でドキドキしたこともあるし、花火に釘付けになって目を輝かせる鹿沼さんも見た。
俺が選んだ水着を着た鹿沼さんと海にも遊びに行ったし、日焼け止めクリームで体にも触れた。
そして下着姿も全裸になった姿も見たし、キスまでした。
ここまでして俺は鹿沼さんで抜けない。
戸塚さんが言う“好きすぎるから抜けない”んじゃなく、もしかして俺は鹿沼さんの事を受け付けられないのではないか?
いわゆる生理的に無理というやつ。
本能的に俺の体が鹿沼さんという女を拒絶しようとしているのではなかろうか。
いやでも今朝は鹿沼さんでしっかり欲情できたし……うーん。
自分の事なのにわからない事だらけだ。
「う……ん」
戸塚さんとの会話が途切れると、後ろで小さなあくびとゴソゴソ動く音が聞こえた。
「景、ご飯きたよ~」
「お腹すいたぁ」
「ちょっと遅くなったけど、食べますか」
俺達は晩御飯を食べるためにリビングへと移動した。
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食卓を三人で囲み、晩御飯を食べている。
ピザやポテト、ハンバーグなどの炭水化物系が多いが、野菜もしっかりある。
「羽切君、どうしたの?」
「どうしたって?」
「なんか必死に私から視線を外しているように感じるんだけど」
「そ、そんな事ないと思うなー」
俺は実際に鹿沼さんから視線を外している。
理由は単純で、鹿沼さんの胸が押し上げたTシャツに二つの点が浮き出ているのだ。
鹿沼さんはどういう訳かブラジャーを着けていない。
もしかすると普段、夜は着けていなくて俺と会う時だけ着けていた所を今日は戸塚さんがいるという事で忘れてしまっているのかも。
しかしそれを俺が指摘するのは違うと思うし、そんな姿を見られるのは鹿沼さんも嫌だと思う。
チラリと戸塚さんを見ると、澄まし顔でハンバーガーを頬張っていた。
まさか気付いていないのか……? いやそんな訳が無い。
そうか、もう勝負は始まっているんだ。
明日の定期試験のゲームに向けた心理戦。
ここで俺を精神的・肉体的に疲労させて明日の定期テストでミスを誘おうって作戦か。
俺は目にいる鹿沼さんを見ない様に手を伸ばしてピザを一つ掴む。
そして自分の方へ手を引こうとすると、手首を誰かに掴まれて制止させられた。
「何か私、変なことした?」
「してない」
「じゃあどうして視線も合わせてくれないの?」
「それは……」
「ちゃんと言って」
言っていいのか……このまま知らぬふりをして今日を終わらせるか。
そんな二択に迷っていると、戸塚さんがドリンクを置いて口を開いた。
「景、もっと近くに寄って羽切君とちゃんと話しな~?」
戸塚さんが余計な事を言った事で、鹿沼さんは立ち上がり机をぐるりと回って近づいて来た。
間近でソレに釘付けになっていると、鹿沼さんは俺の手をまるで祈りを捧げる時のように両手で挟んだ。
その行為のせいで鹿沼さんの肘がTシャツを後ろに伸ばし全体が更に鮮明に浮き出たのを見てしまい、すぐに顔ごと横にそらす。
心臓もバクバク動き出し、体が熱い上に下半身が完全に反応している。
こういう時は体が反応するから生理的に拒絶しているわけでは無さそうだ。
「もう一回聞くけど、何か羽切君に嫌われる事した?」
「してない」
「じゃあ何でそんな素っ気ないの?」
「ねえ、もしかして全部作戦だったりする?」
「……作戦?」
俺は体を見ない様に鹿沼さんをチラリと見る。
鹿沼さんは俺が何を言っているのかわからないようで、瞳を泳がせながらシュンと俯いていた。
そんな鹿沼さんを見てやっぱり耐えられなくなった俺は、鹿沼さんの両肩を掴んで体が見えなくなるくらい顔に顔を近づける。
すると鹿沼さんは大きく目を見開いてこちらを見た。
「落ち着いて聞いてほしい」
「……うん」
「鹿沼さん、下着忘れてる」
「……え?」
鹿沼さんは5回瞬きをした後、状況を理解したのかあわわわと震え、顔も赤くなりだした。
俺の瞳を凝視しながら鹿沼さんは俺の手から両手を離し、下で何やらゴソゴソとやっている。
そして自分の体を両腕で抱き込むようにした後、キッと戸塚さんを睨んだ。
「美香ー?」
「だって景、熟睡してるんだもん~」
「私が寝てる間に絆創膏取ったのね!?」
「隠すの勿体ないと思ったし~?」
「ほんと、美香も羽切君も変態っ!」
「ええっ、俺も!?」
まさかの飛び火。
ところで絆創膏とか隠すとか何の話をしているんだ?
そもそもなんで下着してないんだ?
色々考える事はあったけど、明日は定期テストだし脳を疲れさせたくないので食事に集中することにした。
むっちゃ寒くなってきたああ。
体調管理お気をつけて!!!!