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【85話】 二学期④(SNS)

「最近あの二人、いつも一緒にいるね~」



 学校が始まって三日目。定期テストまで残り二日。

 教室には勉強をする人もいれば普段通り雑談をする人もいる中、教室の端っこで羽切君と織田さんがスマホを構えながら話している。

 あの二人に接点があった事にも驚いたけど、それ以上に昨日から休み時間になれば二人でコソコソと何かを話していて親密そうな様子に胸がザワザワする。



「もしかして付き合ってたりして~?」

「それはないと思うけど……」



 美香の言葉で更にザワザワが強くなった。

 とはいえ、いきなりあの二人の前に行って「何話してるの?」とは言いずらい。

 それに羽切君は顔色が悪いのも気になる。

 今日の朝も遅刻ギリギリだった上に、今日は授業のほとんどで居眠りしてたし。



 テスト前の授業は先生がテストに出る場所やどういった形式で出すかを説明する重要な時期。

 それに加えて今回は得意科目で一位を取った人には何でも命令できる特権が与えられるので、普通は授業をしっかり聞いて備えるはず。



 もしかするとこれは作戦なのかもしれない。

 自分は夜遅くまで勉強して、授業中は睡眠。授業中に出されたテストのヒントや形式は誰かに教えてもらうという作戦。

 ずるいけど羽切君ならやりかねない。



「あっれ~?景は羽切君の事諦めちゃったの~?」

「何でそう思うの?」

「だってあの光景見ても嫉妬してないようだし~」

「嫉妬はしてるよ。だけど、煮詰まってる感はある」



 学校が始まってやはり一緒にいる時間は減った。 

 こうなる事を想定して夏休みではたくさんの時間を共有したし、キスも胸も揉まれて、裸まで見られた。

 ラブホテルのキスは最初は羽切君からだったし、その後自然な感じに胸まで揉んできた時は完全に羽切君のハートを掴んだと思ったのに、今ではあの出来事が無かったかのようだ。

 あそこまでしてまだハートを掴めないとなると結構手詰まり感があるし、もしかしたら羽切君を好きにさせるなんて私には無理なんじゃないかと自信喪失している。

 

 

「私もちょっと驚いてるんだよね~。羽切君は景の事すごく大切に想ってるのに、それでも好きかどうかわからないなんて言うんだもん~」

「そうだよね……羽切君はイレギュラーなのかな」

「っていうか、高校生にもなって人を好きになった事が無いなんていう景と羽切君が異常なんだよ~? どんな環境で生きてきたわけ~?」

「それは……」



 私達が異常な転勤族で転校を繰り返してきたことはもう美香に言ってもいいかもしれない。

 そもそ今更隠す意味も無いし、煮詰まった今美香にちゃんと情報を教えてアドバイスをもらうべきだ。

 私はそのことについて美香に伝えた。



「なるほどね~、そーゆー事か~」



 美香は全部理解したみたいだ。

 私が伝えたのは私達が異常な転勤族であるという事と、私はもう転勤について行かなくてよくなったという事。



「景達みたいな境遇の子ってほとんどいないだろうから、お互い惹かれ合うのもわからなくないな~」

「お互いって……私だけなんだけど」

「二人を身近に見てる私からすると、羽切君も相当景の事好きになってると思うな~。羽切君は多分自分が近々転校しちゃうから、自分と関係を持って相手の時間を無駄に消費させちゃうことに申し訳ないとか思っちゃってるんじゃないかな~」

「それは……そうかも」

「でもなんかもっと、人を好きになることに根本から怖がってるようにも感じるんだよね~。羽切君の家庭がどんな感じかとか情報ないの~?」

「家庭……? お母さんは洞察力が凄くて感じのいい人だよ?」

「じゃあ、お父さんは?」

「お父さんは……」



 ここで気づいた。

 羽切君の両親は離婚していて、今離ればなれ。

 それで妹の絵麻ちゃんとも別れて暮らしている。



「ご両親は離婚してて、お父さんと妹さんとは離れて暮らしてる」

「それかもね~」

「どういう意味?」



 美香は頬杖をついて、語りだした。



「昔はすごく仲が良かった両親がある日突然険悪な仲になって離婚しちゃう。そういう両親を目の当たりにしたのが原因かもって事~。私も詳しくはないけど、そういう家庭で育った子供って恋愛とかに消極的になるらしいよ~? 例えばどんなに愛し合っててもいつかはその愛も冷めてしまうもんだって事を子供ながらに親から学んじゃったとかさ~」



 さすが美香と言わざるを得ない。

 子供は親に教えられなくてもその一挙手一投足や言動から学ぶと言われている。

 もちろん離婚には色々な形があるが、もしも“お互いのため”とかそういうやんわりした理由じゃなくて、ただの喧嘩別れだとしたらその様子を見ていた羽切君にも影響があったのかもしれない。

 しかしもし家庭の理由だとすれば、絵麻ちゃんも同じのはず。

 いや、いくら兄妹だとしても感じ方はそれぞれだし絶対とは言えないか。

 羽切家の両親の離婚の原因なんかは本人にも当然絵麻ちゃんにも聞くことが出来ないから本当の所はわからない。



「あっ、羽切君お帰り~」



 羽切君や絵麻ちゃん、両親について考えていると羽切君が帰ってきた。

 目の下にはクマがあるし、ちょっと顔色も青くてやっぱり調子が悪そうだ。

 それに席に座ると「はぁ」と小さく溜息まで吐いていて、ストレスも溜まってそう。



「今景と話してたんだけどさ~、羽切君と織田さんって付き合いだしたりしたの~?」

「それは無いな」

「最近二人で話してるのよく見るんだけど~?」

「それは……」



 私は美香の問いかけに迷う羽切君の表情を見てピーンと来た。

 これが女の勘というやつなのだろうか。

 普段の羽切君なら本気の隠し事を表情に出したりはしないが、今は疲れているからか一瞬そんな表情を見せた。

 今日は羽切君の家でご飯を食べる日。 

 ご飯を食べながら素直に聞いてみようと思う。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 学校から帰るとすぐに、スマホであのアカウントを確認した。

 もう学校で1時間おきくらいに確認していたのだが、やっぱり凍結されていない。

 俺はもう何度も“通報”ボタンから違法なアカウントとして通報しているのに、システム側はこのアカウントを違法なものとみなしていないらしい。

 それもそのはず、裸の写真はトリッター上に公開されている訳でなく、備考欄から別のサイトで公開されているのだ。

 あくまで通報はトリッター上の事であり、それ以外のサイトについては凍結の対象とならないという結論に至った。

 


 それにトリッターは日本のソーシャルメディアじゃない。

 だから俺は英語で通報してみたり、創設者やトリッターの日本支部にもこのアカウントの悪質性などダイレクトメールで送った。

 それでも凍結されず俺はこの二日間どうやったら凍結がなされるのかを考えてしまい夜は一分たりとも寝れていない。

 授業中に少しは寝れたけど、48時間ほぼ起きっぱなしの体と頭はもう限界が近いのを感じた。

 

 

 制服を脱がずソファーに腰掛けると、机に置いたスマホの画面に通知が来た。

 通知は鹿沼さん母からで、内容は情報開示請求についてだった。

 最近、情報開示請求は簡素化して簡単に行えるようになったが、実は相手の名前や住所が記された紙が実際に手元に来るのは半年以上かかる。

 それに事が重大で、弁護士に手続きを依頼すると最大100万円という費用が掛かったりする。

 それにそれに加えて、IPアドレスというのは基本的に半年以上は保存していないらしく、半年以上経ったものはIPアドレスをたどることが出来ない。

 今回の件は投稿から1年経っていて、それから何も投稿されていないので多分IPアドレスもたどることが出来ない。

 

 

 鹿沼さん母からのチャットを開くと、内容はやはりIPアドレスをたどる事は出来ないと弁護士に言われたという内容だった。

 鹿沼さん母は会社にいる弁護士に相談したらしく、色々詳しく教わったみたいだ。

 どうやら開示請求とかではなくてサイト自体を削除する方向に動くらしい。

 それだけでも1URLにつき5万~20万かかるみたいで、それもあくまで任意削除という形で弁護士に依頼するというもの。

 だから実際にサイトが消えなくても弁護士にはその費用を払う必要がある。

 俺は鹿沼さん母に「了解。お願いします」とだけ返信した。

 


 最初からこれは大人の出番なのはわかっていたけど、まさかここまで無力だとは思ってなくて悔しさに少し泣きそうだ。

 こんな感情になったのは子供の頃、母さんと父さんが喧嘩してた時以来。

 喧嘩を止める術も方法もわからず、ただただ我慢してたら結果的に離婚した。

 あの時から何も変わってない。

 俺だって何でもかんでも自分の力で解決できるとは思ってないけど、それでも少しは成長したと思ってた。

 


 もう一度、トリッターを開いて自分のダイレクトメールに通知が無いかを見る。

 俺は昨日の夜中、ダメもとで現在トリッターを管理しているアメリカの大富豪に直接英語でダイレクトメールを送ったのだ。

 当然、そんな人には多くの迷惑なダイレクトメールが来ているだろうし見ている訳もなく、返信も帰ってきていない。

 

 

 返信が帰ってきていないと確認できると、再度チャットに通知が入った。

 

 

『テストまで残り二日だけど、勉強してるかな?』

 

 

 その通知を見て、思い出した。

 後二日で定期テストだ。

 夏休み中に勉強していたとはいえ、直前に勉強していないのはまずい。

 今回のゲームに参加している皆とはグループチャットを作っていて、その中で会話が繰り広げられている。



 しかし俺はその通知を無視して勉強をしようと立ち上がる。

 するとまたまたチャットの通知音が鳴り、見ると次は絵麻からだった。

 内容は「ちょっと相談したい事があるから後で電話する」というもの。

 切迫しているわけでは無さそうなので、絵麻の事は後回しだ。

 まず最優先なのは鹿沼さんの事。そしてテスト勉強。絵麻。そして――そうだ、今日は鹿沼さんがうちに来てご飯を食べる日だ。

 料理をしなきゃ……。



 ――あれっ?

 

 

 不意にフラッと体が脱力して、気づいたら地面がすぐそこにあった。

 視界に映るのは左側に地面。奥には今日鹿沼さんと晩御飯を食べる机と二つの椅子。

 地面に落ちてる小さな埃が大きく見えて、やっと自分が地面に横たわってることを理解した。

 鹿沼さんが来ちゃう…掃除も…しなきゃ……。

 そう思った瞬間、俺の意識は落ちた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 18時になり、私は羽切君の家の前にいる。

 いつもお互いこの時間に家に行って料理を一緒にしているのだが、何故かインターホンを鳴らしても羽切君が出てこない。

 家の電気もついていないみたいで、まさか羽切君は晩御飯の事忘れてるんじゃないかと不安になる。

 もう一度インターホンを鳴らしても出てこないので最終手段の合いかぎを使って中に入ることにした。

 


 玄関の扉を開けると、やはり家の中は暗い。

 でも学校のローファーもあるし、靴もある。



「羽切君ー?」



 声を掛けてみるけど、返事は返って来ない。

 私は靴を脱いで玄関に上がり、リビングへと行く。

 するとすぐに羽切君が地面に倒れてるのを発見した。



「羽切君!? どうしたの!?」



 駆け寄って体を揺さぶるが反応が無い。

 うつ伏せになっているので力づくで仰向けにして心臓の音を確認。

 心臓はちゃんと動いてるし、息もしてる。

 最近、羽切君の調子が悪そうなのは感じていたけどまさか倒れてるとは思ってなくて、一気に冷や汗と手の震えが出てきた。

 羽切君は制服姿だから多分学校から帰ってきてすぐにこうなったんだと思う。

 だとしたら結構時間が経ってる。



「救急車呼ばなきゃ」



 私はすぐにポケットからスマホを出して119番を押し、発信ボタンを押そうとしたその時、ガッと力強く手首を掴まれた。

 見ると羽切君がぎこちなく笑いながらこちらを見ていた。



「大丈夫だから」

「で、でも……」

「それとごめん。今から料理するよ」

「料理なんていいからっ、ベッドいこ?」

「その言い方だと、なんか誘ってるみたいだね」

「怒るよ?」

「ごめん」

 


 こっちは凄く心配してるのに変な事を言われてちょっとムッとした。

 羽切君は頑張って立ち上がろうとしていて、私も肩を貸す。

 やっと立ち上がり、私は羽切君をベッドのある部屋まで一緒に歩いた。



「パジャマに着替える?」

「ううん、いいや」

「着替えさせてあげようか?」

「ここ介護施設じゃないんだけど」

「でも今の羽切君は介護が必要だよね」

「もうあと寝るだけだから、大丈夫だよ」

「じゃあ寝付けてあげようか?」

「へー、そんなサービスもあるんだ。じゃあ頼もうかな」

「じゃあ、横になろっか」



 私は羽切君と一緒にベッドに横になった。

 こうやってベッドで一緒に寝るのは何度目だろうか。

 いつもは私が先に寝ちゃうけど、今日は間違いなく羽切君が先に寝る。

 何で最近疲れてるのかや何を隠してるのかを聞くのはまた明日でいい。



 私達はお互い向き合って横になってる。

 羽切君は眠そうだけど頑張って目を開いてる感じだ。



「鹿沼さん、晩御飯作るなら冷蔵庫に色々入ってる」

「うん、わかった」

「あっ、作るの面倒くさかったら棚の一番下にカップ麺とか入ってるから」

「大丈夫。その辺の事も全部知ってるから」

「それと冷凍庫に――」

「ナル君」



 私は何とか会話して寝ようとしない羽切君の頭に軽く触れる。



「晩御飯の事も、それ以外の事も心配しなくていいよ。だから安心して寝て?」

「わかった」



 こんな弱ってる羽切君、初めて見た。

 だからだろうか、支えてあげたいという気持ちがグッと強まってる。

 美香の家で酔っ払った羽切君に抱き付かれたような感覚に似ているけど、母性本能とはまた違う別の感覚。



 羽切君は「わかった」と言ったのに全然瞼を閉じない。



「目閉じないと寝れないよ?」

「……」



 ずっと無言で見られてドキドキしてきた。

 そして思った。

 こういう時こそ積極的に行動を起こすのがいいかもと。

 


「自分から寝ないなら、無理矢理寝かすけど?」

「無理矢理? どうやって?」

「それは……こうやって」

 


 私は触れている羽切君の頭を自分に引き寄せて、羽切君の顔を胸に押し付けた。

 羽切君は「んん!?」と胸の中で驚いたような声をあげたがすぐに私の腰に腕を回して静かになった。

 男は女の胸に弱いと美香が言っていた。

 こうやって胸に顔を押し付けると男は精神的に安心するらしい。

 多分母親的な何かを感じるんだと思う。

 


 とはいえこっちとしてはすごく恥ずかしい。

 今、羽切君は私の胸の匂いも感触も酔っ払っていないシラフで感じてる。

 チラリと胸に押しつけられた羽切君の顔を見ると、既に寝息を立てているのが聞こえた。

 どうやら作戦成功みたいだ。



 普段から羽切君に指先だけでも触れられるとすごい嬉しい気持ちになるのに、こうやって胸に顔を埋められるとどうしてもエッチな気分になってしまう。

 羽切君になら初めてを奪われても後悔はしない。

 そのくらい私は羽切君の事を好きだ。

 

 

 そんな悶々とした気持ちを抑えていると、羽切君の制服の胸ポケットからスマホが滑り落ちてきた。

 手に取ると画面には色んな人からの通知。

 その中に織田さんからの「あの件、返信きた?」という通知があった。

 


 羽切君と織田さんは個人チャットで会話する仲かぁ。

 この二人の関係はどうしても気になる。

 絶対何かあるし隠してる。

 私は織田さんと羽切君の会話を見ようか迷った。

 二人の関係を知りたいという気持ちと、勝手に見たら絶対罪悪感が出てくるという葛藤。

 それにもし「好き」「俺も」なんて文字が出てきたらもう私は立ち直れないくらい絶望すると思う。

 これは初めての失恋への恐怖ってやつかな。



 とりあえずスマホのホームボタンを押してみる。

 前までは羽切君のスマホに鍵はかかっていなかったが、今はしっかりロックされている。

 羽切君のスマホには最近になって隠さなきゃいけない何かが保存されたのかもしれない。

 その謎を解明するべく、私は解錠を試みることにした。

 

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