表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/122

【83話】 二学期②(始業式)

 体始業式が終わり、俺達1年生は体育館で待機している。

 始業式は全校生徒が一斉に体育館に集まっていて、混雑を避けるために3年生からクラスへと帰る仕組みとなっているらしい。

 俺達1年が動き出すのは最後なので、体育館の中は話し声で賑やかだ。



 右斜め前に見える鹿沼さんは俺の隣にいる織田さんと楽しそうに話している。

 織田さんのいる位置は本来であれば戸塚さんの場所なのだが、今日はまだ登校してきていない。

 戸塚さんが欠席するという連絡は先生も受けていないらしく、クラスの皆に連絡を受けてないかの確認をしてきた。

 俺達の誰も休むという連絡を受けていないので、多分寝坊か何かだろう。



「羽切君、やっほー」

「やっほ」



 前から歩いてきたのは佐切さん。

 一度、鹿沼さんにも手を振って挨拶してから俺に話しかけてきた。

 

 

「学校で話すのは初めてだね」

「ああ、調子はどう?」

「あはは、何それ外国の挨拶みたいじゃん」



 話しかけられたのは良いが、なんかちょっと気まずい。

 佐切さんもちょっと人見知りが入っているみたいで、手をせわしなく動かしながら話している。

 思えば海で偶然会った時以来だし、こうやって二人きりで話すのも初めてだ。



「じゃあ外国式みたいにハグでもしてみる?」

「えっ」



 そんな気まずい空気を打開しようと言ったのだが、すぐにまずい事を言ったと気づく。

 最近イギリスでの挨拶の方法を勉強していたのでそれが影響してしまったのかもしれない。

 佐切さんは一瞬驚いた表情をして、すぐに唇を尖らせてムッとした。

 

 

「学校でそんなことしたら誤解されるでしょ」

「まあそうだな」

「それにいいの? そんなことして」

「何か問題あるっけ?」

「羽切君にはあの人がいるのに。ヤリチン」



 あの人とは鹿沼さんの事だろう。

 海で鹿沼さんが発作を起こし俺と抱き合って鎮めたシーンを佐切さんには見られている上に、鹿沼さんがまた淫乱女と言われないように「俺の女」と明言してしまった。



 とはいえ、ヤリチンとは酷い言われようだ。

 俺はただ挨拶のハグをしようかと提案しただけ。

 でもまあ、日本でのハグは海外と違ってエッチな事と認識されがちだし、性的な事に恥じらいを感じる人の割合は外国人に比べて多いのは事実なので変態野郎と思われても仕方がないか。

 日本には風俗やAV、エッチな漫画等の文化があるのに何故こうもそういう事に敏感何だろうか。



 佐切さんと3分程度しか話していないが、左隣の佐切さんクラスの列がが動き出した。

 思っていたよりスムーズに体育館からの退出が進んでいるようで、1年生の番が来たようだ。



「クラス移動してるよ」

「うん。あのさ昼休みご飯食べたら少し話せない?」

「いいけど……こっちのクラスくる?」

「ううん、屋上で二人っきりで話したいな」

「それこそ誤解されるかもしれないぞ」

「大丈夫。屋上は立ち入り禁止だから人は来ないよ」

「そこまでして話す内容が怖いんだが」

「ただの作戦会議だよっ、それじゃまたね」



 佐切さんは速足で自分のクラスの列へと帰っていった。

 作戦会議てとは多分亀野の事だろう。

 思ってる以上に佐切さんは本気みたいだ。



「なあなあ、佐切さんとお前どういう関係?」



 前で聞いていたであろう八木が振り返って言った。



「夏休み中に偶然会った関係」

「屋上で二人きりで話すんだって? 羽切、お前結構モテるよな」

「モテてるんじゃなくて利用されてるだけだけどな」

「なんじゃそりゃ」



 偶然にも俺の交友関係は他クラスにまで及んでしまった。

 残りの期間をどう過ごすか考えていたのだが、ちょうどいい。



 鹿沼さんの件ももう終わるし、転校も近い。  

 転校しちゃえばどうせ誰も俺の事なんて覚えてなんかいない。

 だから積極的にやりたいことをやってみよう。

 とりあえず佐切さんの件を利用して少しでも人を好きになるという感情を理解してみたい。

 そのためにはちょっと佐切さんを弄ぶのも面白いかもしれない。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 クラスに戻ると、遅刻してきた戸塚さんと先に体育館を出た佐切さんが話していた。

 今日は始業式なので朝のホームルームは無く、一限目が始まるまでの10分は休み時間となっている。

 


「帰ってきたね~」

「美香、寝坊?」

「電車の遅延だよ~」

「本当は寝坊だろ?」

「羽切君ったら、私が嘘ついてると思ってるの~? ほら遅延証明書もあるし~?」



 手渡される紙の遅延証明書。

 しかしそこには日付が書かれていない。



「日付なしだと遅刻扱いになるぞ」

「そんなの今からペンで書くから問題ないし~」

「やっぱ寝坊かよ」

「まあね~」



 やっぱ嘘ついてたんじゃねえか。

 電車通学だと遅延証明書を不正すれば朝にちょっとブラブラしてゆっくり登校しても遅刻扱いにならないという裏技が出来る。

 中学の時、俺も1分くらいの遅延でも遅延証明書を貰っていた。

 意外と改札の駅員に言えば1分単位でも遅延証明書を発行してくれたりするので便利だ。

 それに遅延証明書を持った状態で学校に間に合えばその遅延証明書は本当に寝坊した日に使える。

 もちろん日付がついていない遅延証明書に限るが。



「ところで景は何でネクタイしてるの〜?」

「それ私も気になってた」



 話題の矛先が戸塚さんの遅刻の理由から鹿沼さんの服装へとチェンジした。

 鹿沼さんは話題が自分に移ったが、全く狼狽えていない。

 よっぽどな言い訳を考えてきたのだろう。



「別にいいでしょ? イメチェンだよ、イメチェン」

「イメチェンですか?」



 戸塚さんは多分もう服の違いに気づいていてニヤニヤ。

 佐切さんさんは不思議そうに見つめている。

 


「それ学校指定の制服じゃないですよね?」

「ううん、学校指定だよ」

「でも私のと違うような気がするんですけど」

「まぁ、これワイシャツだからね」

「えっ、女子で学校指定のワイシャツってありましたっけ?」

「無いよ。だから男子用なの」

「男子用!?」



 まさか自分から告白するとは思わなかった。

 今、佐切さんの頭の中にもクエッションマークが浮かんでいるだろう。



「実はブラウスクリーニング取り忘れちゃって、仕方なく入学の時に間違えて買った男子用のワイシャツ着てきたの」

「ああ~なるほど、そういう事ですか」


 

 さすが鹿沼さんだ。顔色変えずスラスラと嘘をついている。

 そして素晴らしい言い訳だ。

 これならバレても問題ない。

 


「鹿沼さんは何着ても似合うし、羨ましいなぁ」

「佐切さんもすごく可愛いし、自信持っていいと思うけど」

「鹿沼さんにそう言われると嬉しいけど……やっぱり同じ女として天と地の差があるって感じはするよね」

「景の場合は3Kだからね〜」

「3Kって、汚い・キツイ・危険ってやつ?」

「可愛い・綺麗・巨乳で3K~」

「プハッ、確かに3Kだ。それに性格も良いし完璧すぎ。海でビキニ姿見た時なんて女の私でも鼻血出そうだったし。ちなみにお胸は何カップなんです?」

「それは……内緒」

「えー」



 俺の机の周りで女子トークが繰り広げられている。

 男の俺が会話に入る余地が無さすぎるし、このまま影を薄くして聞いてていいのかもわからない。



「羽切君なら知ってるんじゃない?」



 突然振られてドキッとした。

 まさかそんな会話に参加させられるとは思っていなかったからだ。

 


「いや、知らないな」

「私の見立てでは最低でもDはあるね。正解?」

「まあ、そのくらいかなアハハ」



 正解はアンダー75のFカップ。

 一学期の時にプールの授業で鹿沼さんが下着を忘れ、俺が取りに行った時のラベルに書いてあった。

 Fカップは日本の人口で6%しかいない。

 高校一年生でFカップだと多分1%もいないだろう。

 しかし服を着ていると意外と着痩せしてその大きさが実感できない。

 それに俺は鹿沼さんの下着姿を見たが、俺みたいな童貞男子はメディアやAVに慣れすぎてその大きさを完全には実感できないことがわかった。



 どういう事かというと、Fカップは全体で見るとかなり大きい方のはずだが、俺みたいな童貞男子は女性の胸を巨乳が勢揃いしているグラビアの雑誌やAVでしか見たことがないため、その大きさを標準にしてしまう。

 それに加えて男は自分に膨らんだ胸がないので、自分と他人を比較することができない。

 だから普通の大きさというものを知らない。

 男としての普通=本当の普通ではないのだ。

 


 さらにさらに言うとカップ数の中にもちゃんと細かくサイズが分けられていて、鹿沼さんのアンダー75のFカップというのはFカップの中で3番目に大きいサイズ。

 だから重力に負けたりはせず、しっかりと形を保ったいわゆる美乳と呼ばれるタイプだ。



 もし俺が数多くの女子と関係を持って、何人もの平均サイズの胸を拝見した後に鹿沼さんとあの日を迎えていたら自制できなかったと思う。

 逆に鹿沼さんと進むだけ進んで別れたとしたら、次に付き合った人の胸を小さいと感じてしまい、興奮できなくなる可能性すらある。

 この辺は想像でしかないので何とも言えないが。

 


「はーぎーり君。聞いてる?」

「えっ何?」

 

 

 少々ボケッとしてしまったみたいだ。

 ラブホテルでの事故で見てしまった鹿沼さんの裸を思い出していたので下半身が熱くなっている。

 俺を現実に戻したのは佐切さんで、周りを見渡すといつの間にか八木や亀野まで集まって来ていた。



「もうすぐ定期テストじゃん~? だからみんなで勝負しようかって話なんだけど~」



 もうすぐというか五日後にスタートする。

 普通、中間テストは10月中旬くらいに始まるのが一般的だ。

 しかしこの学校では一学期の期末テストが無い代わりに夏休みが終わってすぐに中間テストがある。

 夏休みという長い期間があるからテスト対策もするようにと夏休み前に散々先生が告知していたので忘れるわけがない。



「いいね、やろう」



 俺がそう言うと、全員がニヤリと笑った。

 夏休み中にしっかり復習してきたかのような自信に溢れた笑い。

 


「教科はどうする?」



 自信の笑みを浮かべながら亀野が言った。



「教科より先に報酬を決めない~?」

「報酬かぁ、一週間購買のパン奢るとかどうかな?」

「それじゃ面白くないでしょ~。やるからにはハイリスクハイリターンじゃないと~」

「じゃあどんな報酬がいいかな」

「そうだな~」



 一週間購買のパンを奢るというのも結構な痛手だと思うが、戸塚さんはそれでは満足しないらしい。

 戸塚さん以外の一同は、戸塚さんの提案を息を呑んで待っている。

 俺もまた、どんな報酬があるのか期待している。



「一回だけどんな要求にも従わないといけないってのはどう~?」

「それは一位の人が最下位の人にって事?」

「いや、指名制の方がいいね〜。オールオアナッシング的な~?」

「なるほど、面白いかも」



 亀野は多分一位を取る自信があるのだろう。

 この提案で言う“何でも”というのがどの程度まで何でもなのかが重要だ。

 言葉通りの意味ならどう考えても危険なのは女子の方。

 まあこの報酬で男子が女子に過激な要求をしたら一発で嫌われたり気持ち悪がられたりする可能性がある事くらいわかっていると思うが。



「おいおい、大丈夫かよその報酬」



 当然のように指摘したのは八木。

 多分、俺と同じような考えがあるのだろう。



「さすがに変な要求は却下だよね?」



 不安になっているのは鹿沼さん。

 要求に線引きがある事を確認しているような発言。



「いやいや、どんな要求も有効だよだよ~? 景も一位を取らないと八木君とホテルに行くことになるかもだから頑張りな~?」

「んなっ!?」



 今はそうやって脅しているが、実際にその要求が出てきたら却下されるだろう。

 絶対に出ないが。

 しかし戸塚さんの発言を聞いて八木と亀野の瞳には真っ赤な炎が浮かび上がっている。

 

 

「次に科目だけど、どうする~?」

「やっぱり全科目じゃないかな」

「えー、私いっくんに勝てる気しないんだけど」

「じゃあこうしよう。一人一人が事前に決定した得意科目の最高得点者が報酬を貰える。それならフェアじゃない?」

「最高得点が同列一位だった場合は~?」

「その場合は無効。報酬者無し」

「まぁ、そこはしょうがないか~。皆それで良い?」



 全員が頷き、ルールが確定した。



「そのゲーム私も参加していい?」



 ルールが確定したと同時にもう一人参加要請してきた。

 全員の視線がその人物に集まる。



「よっ、美香」

「環奈じゃん~。参加どうぞ~」

「ありがと」


 

 参加してきたのは織田さん。

 俺は彼女の事良く知らないが、どうやら佐切さんのクラスらしい。

 織田さんが参加宣言してから3分ほどでチャイムが鳴り、俺達は解散した。

 俺たちのクラスは一限から移動教室なのでさっさと移動しなければならない。



「俺、先にトイレ」



 しかし尿意が発生したので八木にそれだけ伝えて廊下に出た。

 そしてクラスの皆と反対側のトイレに向かう。

 一年のクラスがある廊下はもう静かになっていた。

 移動教室なのは俺たちのクラスだけらしく、他の生徒は皆クラスの中で席に着いている時間帯だ。

 長い廊下の先にトイレの表示が見えてきたので少し早足で向かう。



「随分変わったね、羽切君」



 しかし途中で後ろから声をかけられ、振り返る。

 そこにいたのはクラスから出てきた織田さんだった。



「えっと、織田さん? 変わったってどういう意味?」

「私は知ってるよ。羽切君が超ヤバイ不良だった事」

「ハハ……そんなわけないじゃん」

「それに、鹿沼さんがとんでもないイジメを受けてた事もね」


 

 俺は織田さんの言葉を聞いて、一気に冷や汗が出た。

 そして俺は、織田さんから新たな言葉が発せられるまで口を開くことができなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ