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【82話】 二学期①(始業式)

 夏休みが終わり、今日から学校。

 俺は家を出る時間の一時間前に起床して今は朝ごはんの洗い物をしている。

 洗い物を終えて一週間前から壁に掛けてある制服へと着替え始めると、家のチャイムが鳴った。

 この時間にチャイムを鳴らす人間は一人しかいない。

 インターホンの画面を見ると予想通り鹿沼さんが立っていた。

 しかしその服装は変で、上は白の私服で下は学校のスカート。

 俺は扉を開ける。



「朝からごめんね」

「別にいいけど、どうしたの?」

「制服貸してくれない?」

「は?」



 言っている意味が分からないが、とりあえず家に招き入れてリビングまで行く。

 リビングに入ってどういう事か聞こうと振り向くと、鹿沼さんは少々困った表情になっていた。



「制服貸すってどゆこと?」

「制服っていうか、ワイシャツ貸してほしいの」

「もしかしてブラウス洗い忘れたとか?」

「ううん、クリーニング取りに行き忘れた」

「おいおい……」



 今から取りに行って学校に行っては始業式に間に合わない。

 仕方ないので俺は自室に入って引き出しの仲から予備のワイシャツを取り出す。

 そして再度リビングに戻り、鹿沼さんに渡す。



「ありがと」

「誰かにワイシャツ着てる事指摘されるだろうから、言い訳考えとけよ」

「いやいや、絶対バレないって」

「いーや絶対バレる」



 ただでさえ人の視線を引き寄せるのに、バレないわけがない。

 女子用のブラウスと男子用のワイシャツではそもそも形が違う。

 例えば男子用のワイシャツはボタンが右側でボタンを通す穴は左側。女子用のブラウスはボタンが左側で穴は右側にある。



 これはかつてドレスを着ていた中世ヨーロッパ時代の名残が残っていると言われている。

 ドレスを着るくらいに上流階級の女性は、ドレスを自分で着る事はせず、使用人に服を着せてもらうのが一般的だった。

 だから対面からボタンを留めやすいようにボタンが左側になっており、だから自分で着る男用とはボタンの位置が違うという事だ。

 


「着るから後ろ向いてくれる?」

「脱衣所で着なよ」

「どうせすぐだからいいじゃん」

「はいはい」



 俺が後ろを向くと、鹿沼さんが衣服を脱ぐ音が背後から聞こえ始めた。

 夏用の制服には冬用の制服と違って男女にほとんど違いが無いが、細かい形ややはり男女の体つきの違いで形が変わってしまう。

 そういう細かい所に男子が気づく可能性は低いが、女子に気づかれる可能性は高い。

 女子は見た目の細かい所まで気を遣う面があるので、他人に対しても結構細かい所まで見ている事が多いからだ。



「いいよ」



 着替え終えたらしいので、俺は振り向いて鹿沼さんを見る。

 俺のワイシャツが鹿沼さんの胸で押し上げていて、下の方はスカートの中に入り込んでいる。

 


「どうかな?」

「うーん」



 完璧に着こなしているが、違和感はやっぱりある。

 やっぱりボタンのある左身頃が上になっている点と肩幅や首周り、腕丈の長さが微妙に違う所が気になる。



「変?」

「変」

「えー、どうしよ」

「ネクタイとかどう?」

「ネクタイ?」

「ネクタイでとりあえずボタンの位置を隠すとか」

「なるほど」



 俺達の学校ではネクタイをつけるのもつけないのも自由。

 ほとんどの人は面倒臭がってつけないから注目されちゃうかもしれないけど、今回ばかりはしょうがない。

 俺は出来るだけ明るい色のネクタイを探して鹿沼さんに渡す。

 鹿沼さんがネクタイをつけている間に、俺は鹿沼さんの周りを一周して背後に立つ。

 


 服自体の丈はスカートの中に入れてしまえば大して問題にならない。それに制服の肩幅や腕丈のズレも大したことは無い。

 首周りはネクタイを少しきつめに締めれば何とかなる。



「どう?」



 鹿沼さんが振り向いた。

 ネクタイでボタンの部分が隠れていてだいぶマシになったが、ネクタイの結び目が微妙だ。



「ネクタイ下手くそになってるよ」

「中学生以来だし、いつも鏡見ながらやってたからね」

「玄関に鏡あるから整えてきなよ」

「羽切君が整えて」

「何で俺が?」

「こういうのは男の羽切君の方が得意でしょー」



 鹿沼さんはそう言うと、玄関に歩き出した。

 男だからって全員が得意なわけではない。

 こういうのは結局、慣れの問題なのだから。



「しょうがないな」



 俺は鹿沼さんを追いかけて鏡の前で背後に立つ。

 腕を鹿沼さんの両肩から伸ばして一度結ばれているネクタイを解く作業から始める。

 そして新たに結んですぅーっと結び目の部分を首まで移動させ鏡を見ると、鹿沼さんと目が合った。

 久々に見る制服姿の鹿沼さんに俺が後ろから抱きついているような姿が鏡に映し出されていて、鹿沼さんはちょっと目が泳いでいるけど胸を張って立つ姿勢は崩さなかった。

 

 

「できた」

「変じゃないかな?」

「全然変じゃないけど、バレた時の言い訳は考えとけよ」

「うん」

「じゃあ、もう行ってきな」

「ありがと」



 いつも通り、一緒に登校するようなことはしない。

 とはいえ俺もさっさと制服に着替えて家を出ないと遅刻してしまいそうだ。

 


「あっ、そうだ羽切君」



 ローファーを履いた鹿沼さんはこちらを振り返った。



「今日、薬飲んできた」

「おお、遂にか」

「うん。薬も色んな種類があって、今はお試し期間中みたいな感じなんだけど……」



 合う薬が見つかるまで色んな薬を試す期間らしい。

 運が良ければ今日にでも鹿沼さんの発作は無くなるという事。

 しかし何故か鹿沼さんは不安そうだ。



「せっかく発作も抑えられるかもしれないのに、嬉しそうじゃないね」

「ねえ、私の発作が無くなっても今まで通りの関係でいてくれる?」



 俺達の関係が壊れるという事は無いと思う。

 夏休み中にかなり親密になってしまったし、心が通じ合っているような感覚すら覚える。

 しかし重要なのはこれ以上関係を進めないという事。

 関係を進めないためには俺が自制すればいいだけ。

 鹿沼さんの発作が抑えられれば色んな人と関わることが出来るようになるし、自然と俺との関係も薄れていくだろう。

 それまで我慢だ。

 


「もちろん」

「なら良かった」



 鹿沼さんは薄ら笑いを浮かべて、ドアを開ける。



「いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 

 鹿沼さんが玄関から出て行ったので、俺も残りの着替えをすることにした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 鹿沼さんが家を出てからすぐに俺も着替えて出たので、余裕を持って学校に辿り着けた。

 上靴に履き替えてクラスまでの廊下を歩いていると、夏休み明けで久々に会ったクラスメイトとワイワイお話しながら歩いている人や、学校が始まることに嫌気がさしているようにトボトボ歩く人など様々。



 俺は長期休暇よりも学校生活の方が好きだから、むしろ清々しい気分だ。

 俺にとって学校という場所は唯一人と関われる場所。

 いつどこに転校しても俺は長期休暇中に連絡を取り合って遊ぶような友達を作って来なかった。

 だから長期休暇はいつも退屈なのだ。



 しかし今回は人生で一番多く同じ学校の人と関わった夏休みだった。

 鹿沼さんはともかく、戸塚さんや八木。佐藤さんや一色さんと予定を作って遊びに行った。

 それに偶然だが、佐切さんや学級委員長の亀野にも会え……。

 そうだ、俺は佐切さんと約束したんだった。

 俺と鹿沼さんがただならぬ関係であることを口外しない代わりに亀野の好きな女子や気になっている女子を模索するという条件。

 佐切さんの言う模索が何を指すのかわからないけど、模索してる振りくらいはしとかないといけない。



 俺はクラスに着き、中に入る。

 そこには久々に見るクラスメイトの姿。

 女子達は鹿沼さんに群がり、男子達も聞き耳を立てるかのように近くでお話をしている。



 ――ああ、やっぱバレたか。

 


 多分学校指定のブラウスではなく、男子が着るワイシャツを着てきたことが一瞬でバレたのだろう。

 まあ、一人にバレたら自ずと全員にバレるから仕方がないか。

 上手く言い訳しているといいが。



 俺は鹿沼さんの隣の席に座り、カバンを置く。

 すると既に席にいた前の席の八木が振り返ってきた。



「よっ」

「うっす」



 簡単な挨拶。

 思えば八木と会うには久々だ。



「で、何この人口密度」



 知らないふりをして聞いてみる。

 すると八木は目を輝かせて言った。



「鹿沼さんが彼氏と一緒にいる写真を激写されたみたいだぜ」

「……彼氏?」

「それがよ、歳下らしいぜ」

「歳下……?」



 一瞬ドキッとしたが、どうやら俺のことじゃないらしく安心した。

 しかし俺以外で鹿沼さんが男の人と二人きりになる事なんてあるのだろうか。

 

 

 チラリと横を見ると、女子の群れの間から鹿沼さんが見えた。

 大人っぽく冷静に対応したり、子供っぽく困り顔をしたりと表情の使い方がとても上手い。

 一体、鹿沼さんは誰と一緒にいた時の写真を撮られたのだろうか。

 その真相を知るべく、聞き耳を立ててみた。



「えー? 本当に彼氏じゃないの?」

「彼氏じゃないですよ」

「じゃあ夏祭りは浴衣姿で一人で行ったの?」

「それは……」



 鹿沼さんは困った様子だ。

 確かに浴衣着て一人で夏祭りに行くのは変だ。

 高校生にもなって親と行ったとも言えないし、鹿沼さんには姉妹もいない。

 かといって誰かと行ったといえば誰と? という話になる。

 中々面倒臭い事に巻き込まれてしまったな。

 


「夏祭りは私と一緒に行ったんだよね」



 返答に困った鹿沼さんに救世主のお言葉が降ってきた。

 全員がその発信元を見る。

 もちろん俺も顔を上げてその姿を確認した。

 しかしその女子生徒を俺は知らなかった。

 名前もクラスも先輩なのかすらわからない女子。

 


「織田さんと鹿沼さんが一緒に?」



 女子生徒の名は織田らしい。

 黒髪だが先端だけ赤く染まってるショートカット。黒縁メガネで制服はしっかり着こなしている。何だかヤンチャしてるのか大人しい子なのかわからない人。

 


「私と美香と鹿沼さんで夏祭りに行った」

「じゃあ、この人のこと知ってる?」



 女子生徒の一人は織田さんにスマホの画面を向ける。



「ああ、美香の弟君だね」

「戸塚さんの弟さんかー。鹿沼さんの彼氏かと思った」

「鹿沼さんの彼氏は先輩とかがお似合いだよ」

「わかるー! やっぱ先輩だよねー」



 始まるガールズトーク。

 難を逃れた鹿沼さんは適当な相槌で会話に参加していた。

 にしても織田さんは一体何者なんだ?

 俺が知らないだけで鹿沼さんと何か関わりがあるのだろうか。

 


「体育館に移動してください!」



 クラスに響く先生の声。

 時刻は8時30分。

 始業式の時間になっていた。






二学期スタート!

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