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【81話】 夏休み㊷ (戸塚家)

「鹿沼さんはPTSDの可能性が高いです」



 私は今、美香の父親……先生に診察を受けている。

 戸塚家は弟姉妹なのでご両親は歳重ねていると思っていたのだが、目の前にいる父親も下の階にいる母親も若々しくてビックリした。

 特に目の前にいる父親はツーブロックにレンズの大きいオシャレな丸眼鏡とかなり若く見える。

 それにぱっと見は細身だが、上腕三頭筋、二頭筋が白衣を押し上げてるし白衣から伸びている手首もそこそこ太い。

 いわゆる着痩せする細マッチョというやつなのだろう。



 前にクラスの女子がワイワイ話していたのを盗み聞きして知ったのだが、筋肉のある男を好む女子高生は結構多いらしい。

 もちろん人によって違うと思うのだが、確かに学校内で聞くかっこいいと噂される男子のほとんどは運動部で筋肉がある。

 私はそういうのはイマイチわからないけど、女子側にそういう傾向があるのは間違いないと思う。



「えっと……PTSDって何ですか?」

「正式には心的外傷ストレス障害と言いまして、地震などの大きな災害に見舞われた方や事故にあってしまった方のように生死に関わる体験をした方が発症する病気です」

「でも私の体験は生死に関わるようなモノではないと思うんですけど」

「いいえ、そんな事はありません」



 先生はキャスター付き丸椅子に座りながらこちらに向き直った。

 丸眼鏡の奥にはクマのある瞳。

 昨日の朝から訪問診療をしていたらしく、物凄く疲れているはずだがその瞳は優しさに溢れている。

 精神的に参っている人を毎日診る仕事なので、患者を不安にさせてはいけないという心がけがあるのだろう。



「鹿沼さんの場合、毎日暴言を吐かれ暴力を受けた事で服従を強制させられたと見受けられます。家に帰っても緊張状態が続き、引きこもり状態になった。そして性的なイジメによって女性としての尊厳も傷つき、撮影されそうになった時は人生の終わりを感じた。違いますか?」

「……」



 全て当たってる。

 不良学校の不良女子達。

 常に何かに不満を持ちイラついている彼女らは私が男子を介抱している事に不満を募らせ、話しかけてきた。

 私は弱い所を見せまいと気丈に振る舞うつもりだったが結果は失敗。

 彼女らは私を自分達より下の存在だと認識してイジメがスタート。

 人に痛みつけられたのもイジメられたのも初めてで何度も心が折れたし、もうどうにでもなれと思っていた。

 どうせ近いうちに転校すると思っていたから、耐えればいいと思ってた。

 

 

 しかしイジメがエスカレートして裸を撮影されそうになった。

 転校までの期間を耐えればいいと思っていた私は、目の前が真っ白になったのを今でも覚えている。

 裸を撮影されて学校中に送信されれば、何度転校しても私は安心できないと感じたのだ。

 その画像や動画を誰かのスマホに保存されているという恐怖感。そしてそれがインターネット上にアップされれば、私は終わり。

 例えあの学校を転校しても、高校生になっても大学生になっても、社会人になっても、ひとたま誰かがインターネットで見つけ出したら私はもうその場にいられなくなる。

 そうやっていつも誰かに掘り出されないかビクビクしながら生きていかなくてはいけない。

 そう思った瞬間、自分の中で人生の終わりを感じた。



「大丈夫ですか?」



 気づいたら体が震えて強い動悸に襲われていた。

 イジメについての話をしたときは手が震える程度だったけど、少しづつ悪化してついに本格的な発作が起きてしまったみたいだ。

 私を落ち着かせようとしたのだろう、先生は私の膝の上にある手に自分の手を上から被してきた。

 しかし私は無意識にその手をはたいて拒む。



「あっ、私……ごめんなさい」

「大丈夫、落ち着いて。私を見てください」

 

 

 言われた通りに顔を上げると、そこには変わらず優しさ溢れる瞳。

 私はその瞳に引き込まれて動けなくなった。

 しばらく視線を離せずにいると手に温もりを感じ、見ると先生が私の太ももにある手を包み込むようにして握っていた。

 気づくと震えも動悸も収まっている。

 私の発作を鎮めた人は羽切君以外で初めてだし、まるで羽切君に抱きしめられた時のように身も心も安心しきっていた。

 


 これは戸塚家父親の特殊能力か何かなのだろうか。

 それとも培ってきた経験で人を安心させる術を身につけたのか。

 戸塚家には真里さんのような人物もいるし、この先生は何人も私みたいな患者と向き合ってきた経験のある人。

 だから前者も後者もあり得る。

 

 

「どうやったら治りますか?」



 私は絶対にこの病気を治したいわけではない。

 もし羽切君が発作を理由に私と関わってくれているなら、むしろ治さない方が良いと思ってるくらいだ。

 だけど正直不安もある。

 後一月でお母さんは転勤してしまうし、その更に二か月後には羽切君もいなくなっちゃう。

 そうなると、私の発作について理解してる人がいなくなってしまう。

 もちろん羽切君のお母さんの条件を諦めたわけじゃないけど、それでもやっぱり最悪な場合を想定するべきだ。


 

「基本的には薬物療法しかありません。通常であれば治療完了まで最短でも6か月。しかし鹿沼さんの場合、トラウマ発生から1年以上経ってしまっているので最短1年と考えた方がいいと思います」

「最短1年!?」

「その間は薬を飲んでもらいます。薬が合えば震えや動悸などを抑えることができるし、その状態を長期間保つ事で将来的には自然と発作も無くなっていきます」



 どうやら私の発作が羽切君のタイムリミットまでに治る事はないらしい。

 それに先生は最短一年と言った。

 という事は治療完了は二年生の九月より後。もしかすると三年生になっても治らない可能性もあるという事。

 三年生になれば当然受験を意識する事になるし、そんな時期まで治らないという事は、私に高校3年間の青春は無いと言われたようなもの。

 

 

 もし薬で発作を抑えることが出来たとして、私はちゃんとイジメを受けた日前の自分に戻れるのだろうか。

 戻れるなら戻ってみたい。

 好意の視線に怯えず、発作もなく、自由にお出かけできた頃の私に。



「先生、私ちゃんと治したいです」

「わかりました。詳しい事は再度診療所でしましょう」

「やっぱり診療所に行かないとダメですか」

「二度手間になっちゃいますけど、診療所でないと薬の処方箋も出ませんので。あっ、予約については心配しなくても良いですよ。美香がお世話になっているみたいなので、鹿沼さんの予約は優先しますので」

「本当ですか!? じゃあ明日とか……」

「明日でもいいですよ。何時をご希望ですか?」



 冗談のつもりで言ったのに、先生は顔色変えずに時間帯を聞いてきた。

 この先生の診療所はとんでもなく人気で、ずっと先まで予定が埋まっているのを知っている。

 そんな中で私を優先してくれるなんて超厚遇だ。

 私はその厚遇に甘えていいのか一瞬迷ったが、利用することにした。

 そもそも美香と出会えたのも父親が精神科医だったのも奇跡のようなものだし、この上げ潮にのらないのは損だ。



「それでは、また明日」

「ありがとうございました」



 私は先生と明日の日程調整を行い、少しお話ししてから部屋を出た。

 ちゃんとした専門医に自分のことを話した事や、病名や治療法がわかった事ですごく心が軽い。

 ここは3階で羽切君達は一階で待ってくれている。

 私は少し前向きになっている不思議な感覚を持ちながら階段を降りた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 


「グルルルルル」

「ワンワンワンワンッ!」



 俺はリビングの隅で犬二匹に睨まれている。

 戸塚さんが昨日から一つの部屋に閉じ込めてくれていたのだが、戸塚家母は俺が動物に嫌われる体質なのを知らずに解放したのだ。



「勘弁してよ......」



 思わず弱音がポロリと漏れてしまった。

 小型犬なら噛まれても大した事はないだろうが、目の前にいるのは大型犬二匹。

 この状況を打開しようと優しい笑顔で宥めようとしたり、逆にブチギレてみるなどチャレンジしてみたが、全く効果が無かった。

 朝から家中を逃げまわり、睡眠不足と相まって疲労困憊。



 ーー早く家に帰ってゆっくりしたい。



 そんな事を思っていると、二匹の大型犬の首に腕が回り鹿沼さんが抱きつくように二匹の間に入った。



「こーら、羽切君イジメないの」



 鹿沼さんはまるで憑き物が落ちたように明るく無邪気な表情で二匹をしばらく宥め、俺を見上げた。



「おまたせ」

「どうだった?」

「羽切君には話しておくけど、完全に治すには一年以上かかるって言われた」

「一年......」



 予想を遥かに超えた治療期間に俺は驚いた。



「でも大丈夫。薬を飲めば発作とかは抑えられるってさ」

「なら良かったな」

「うん」



 治療期間には驚いたけど、発作を抑える薬があると聞いて俺は心底安心した。

 もちろん発作が無くてもトラウマはあるのでまだまだ上手くいかないことも多いと思う。

 だけど鹿沼さんなら一個ずつ克服していくだろう。



 今の学校はあの不良学校とは違って平和だし、鹿沼さんがイジメられる要素はもうない。

 それに鹿沼さんはちゃんと母親に自分の身を守る色んな教育も受けたし、戸塚さんもそばに居る。

 もちろん薬の効果が見て取れるまでは様子見するが、本当に発作が抑えられれば鹿沼さんに俺はもう必要ない。

 


 学校がスタートするまで残り三日。

 もしこの夏休みを一文字で表せと言われたら迷いなく“初”を選ぶだろう。

 初めての感情、初めての行為。夏休みを楽しいと思えたのも初めて。

 夏休みが充実していたのは間違いなく鹿沼さんのおかげ。

 今すぐ目の前にいる彼女を抱きしめたいという気持ちが湧いてくるが、ぐっと堪える。

 急激に湧いてくるこういった欲もそれを抑えるのが辛いことも教えてもらった。



「鹿沼さん、ありがとう」

「えっ何が?」



 見上げるし鹿沼さんは少し首を傾げた。



「犬から救ってくれた事にだよ」



 俺がそう言うと、鹿沼さんは少し怪訝な表情に変わった。



 いよいよ俺もイギリスに行く準備を始めなくてはいけない。

 鹿沼母が転勤するまで残り一か月。

 いつも通り鹿沼家と羽切家はイギリスの同じ地域に引っ越す事になるだろう。

 であればそろそろどこに引っ越す事になるか母さんから情報が降りてくるはず。

 すると自ずとどこの学校に行くのかが決まり、入学の手配もしなくてはいけない。

 


 実際に引っ越すのは12月下旬だと思うが、実際に引っ越しが確定するのはもっと早い10月中旬から下旬。

 夏休みというイベントが終われば二学期の普通の学校生活。

 まだ参加できる学校行事はいくつもあるけど、多分とんでもない速度で思い出へと変わっていく。

 そして気づいたらお別れの日になる。



 日本にいる間に日本でしかできない事をする。

 絵麻が遊園地の帰り道に言ってた言葉が脳裏に浮かんだ。

 日本でしかできない事、それ即ち学生服で高校に通う事。

 一生に一度しかない花の高校生活は海外でも経験できるが、制服姿で学校生活を送るという日本の文化は日本でしか経験できない。

 よく欧米の人達がアニメなどを見て日本の学校生活を羨ましがるのはそういう事。

 日本の青春は日本でしか味わえない。

 俺は残り少ない日本での高校生活を、しっかり記憶に残るものにしようと思う。



これにて(夏休み)を終えます!

戸塚家編は微妙すぎたので少しづつ修正を加えつつ、先に進もうと思います。

修正箇所は後書きで随時書きます。

ちなみに戸塚美香と主人公の成が夜にお話しした話は削除しました。

よって現在も戸塚美香は鹿沼景の過去を知らないです。

そうなると戸塚家で何をしたかって、基本的に酔っ払って寝ただけという事になってしまい、薄っぺらいので、話を増やす可能性もあります。

その都度後書きにて報告します。



次編からは(二学期)です。

まずは自分が満足できるよう、頑張ります。

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