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【77話】 夏休み㊲ (戸塚家)

 羽切君の背中を追いかけてかなり遠くまで来てしまった。

 高級住宅街の中でも一際大きい家と敷地を持つ戸塚家の裏庭の更に奥。

 木の柵で区切られたこの場所はまさに丘の上。

 美香の家に来る時に道が緩やかな坂になっていたのは気づいてたけど、まさかこんなに高い場所まで登っていたとは思ってなかった。

 見下ろした先には家々の明かりが窓から漏れていてピカピカと宝石のようで美しい。



 あの家一つ一つに夫婦がいて、子供がいて、家族がある。

 今は多分20時30分ごろなので、家族で食卓を囲んでワイワイ楽しんでいたり、もしかすると食事を終えてテレビで笑い合ってるかも。

 お風呂でゆったりしていたり、各々の部屋で趣味を嗜んでいるかもしれない。



 普通の家族で普通の生活。

 お母さんは仕事一筋でお父さんも早くに亡くなった私には無かった生活。

 家の中に会話する相手もおらず、テレビで一緒に笑う人もいない孤独な夜。

 洗い物とかをしているときにテレビから聞こえてくる笑い声とかを聞くと、本当に寂しい気持ちになる。

 そんな生活をして今年で4年目。

 最近は羽切君が来てくれたり、私が羽切家に尋ねたりしたので寂しさを紛らわすことができたけど、それがいつまで続くかわからない。



「なんか、羨ましい」



 私は再度羽切君の左腕を力一杯両腕で捕まえ言う。

 羽切君は酔っぱらっていて、明らかに普通ではない。

 何だかこの丘から飛び降りるんじゃないかという恐怖感もあるので腕を掴んで会話をすることでその気を紛らわせようという作戦。

 ちなみにこの丘から飛び降りたら確実に死だ。



「羨ましいって何が?」



 羽切君は丘下の家々をボケッと見つめながら返してきた。

 


「家族団らんが出来る家庭……的な?」

「君は孤独なの?」



 ……君?

 羽切君に君と言われたのは初めてだ。

 もしかして今話しているのが私だという事に気付いていないのだろうか。

 走ったことで血流が早くなって酔いも酷くなり、記憶が曖昧になり始めてるのかな……?

 だとしたら新鮮で面白いかも。



「孤独だよ。親も帰って来ないからいつも寂しい」

「そっか。じゃあ同じだね」

「うん」

「じゃあ、俺ら家族になろうか」

「そうだね家族に――ええっ!?」

 


 突然すごい事を言われてつい変な声が出た。

 これってもう告白された様なものでは?

 いや、告白より更に上のプロポーズされている様なものだ。

 正直言って驚きはしたけど、ドキドキはしない。

 というのもまだ高校一年生だし結婚とか現実味がない上に考えた事もなかったから。

 


「も、もしもだよ? 私たちが結婚したらどんな家庭になるかな?」

「それはしてみないとわからないな。すごく楽しい家庭になるかもしれないし、もしかしたらすぐに離婚しちゃうかも」

「えー、離婚はやだ」



 今や三組に一組が離婚する時代。

 誰だって最初は愛し合って覚悟を持って結婚したはずなのに、これだけ人数が多いという事は夫婦間の仲を保つのは難しいという事だと思う。

 同棲をすればお互いの良くない所も見えてきちゃうし、価値観とかのズレも出てきて喧嘩とかになっちゃう。

 そういうのを認め合ったり擦り合わせができれば良いけど、そこまでしてその人と一緒にいたいと思わないなんて話も聞いたことがある。

 つまり結婚というのは面倒臭い事だらけ。

 人と人が一生を共にする事がどれほど難しい事なのか、今の私にはわからない。


 

 羽切君とは、こうやってただ話してるだけで楽しい。

 あまり人と“もしも”の話をしたり何か議論をしたりすることなんて無かったから。

 冗談を言い合ったり、その冗談を事実に変えたり変えなかったり。

 私は羽切君とのそういうやり取りが好きだ。



 静かな空間にコオロギの鳴き声だけが響いている。

 空には星々が輝いていて、見下ろす先には家々が輝いていて綺麗だ。

 もうすぐ9月に入るというのに、昼間はまだまだ暑い。だけど夜になると丁度いいくらいに涼しく、芝生の香りが風に乗って吹いていて心地が良い。


 

 しばらく沈黙していると、羽切君はいきなり振り向いて歩き出した。



「もう帰るの?」

「ああ」

「私、もう少しお話したいな」

「じゃ、ここで」



 羽切君はそう言うと、少し坂になっている芝生に仰向けで寝転んだ。

 羽切君はいつでも私の要求に答えてくれる。

 酔っぱらっててもそうであるなら、多分嫌々ではない。

 でもどうしてこんなに私のわがままに付き合ってくれるのだろうか。

 


「どう? 酔い醒めてきた?」

「最初っから酔っぱらってないよ」

「えっ?」



 それは嘘だ。

 今までの行動は全部いつもの羽切君じゃない。

 ずっと見てきたからわかる。



「じゃあ、私が誰だかわかってる?」

「うーん……わからないけど、酔っぱらってはないよ」

「はいはい」



 これは男のプライドみたいなやつなのだろうか。

 酔っぱらってる自分、弱ってる自分を見せたくないみたいな。

 


「じゃあさ、鹿沼景って人知ってる?」

「うん」

「その人の事、どう思ってる?」



 自分のことを聞くのはちょっと後ろめたいけど、羽切君が私をどう思っているかの本音を聞く唯一のチャンスだ。

 


「カゴに閉じ込めちゃいけない鳥かな」

「……鳥?」

「羽根があまりに美しすぎる」

「“ショーシャンクの空に”だっけ?」

「よく知ってるね」



 映画“ショーシャンクの空に”。

 よくある脱獄映画だけど、その中で友情と世の中の不条理さを描いた作品。

 冤罪で刑務所に入れられた主人公が様々な葛藤を抱えながら刑務所で地位を確立していき、最終的に脱獄をするストーリー。



 そのストーリーの最後に刑務所の中で主人公と一番仲が良かったレッドという人物が、主人公が脱獄した後、刑務作業中に言った言葉だ。

 とんでもなく頭が良くて、冤罪で刑務所にいるにも関わらず希望を捨てない主人公を鳥に例えていて、刑務所をカゴに例えている。

 十代の時に罪を犯し20年以上服役している自分より若くて、多分服役していなくても到達できないであろう優秀さを持ち合わせた主人公が脱獄という形で外に出たことで、刑務所という場所に閉じ込めておくには勿体ない人物だったという意味の込められた言葉。

 いやもしかすると主人公ほど能力を持った人物を刑務所に閉じ込めておくのはそもそも無理だったなと言いたかったのかもしれない。

 どういう解釈にしろ、レッドは主人公を能力的にも人物的にも魅力的に思っていて、その主人公が脱獄して自由を手に入れた事を喜ばしく思っているというのは変わらない。

 

 

 しかしその名言と私にどんな関係があるのだろうか。

 

 

「それと鹿沼さん、何が関係あるの?」

「鹿沼さんはトラウマとか発作とかに縛られちゃいけない、もっと自由に飛んでいい鳥だと思うんだ」

「……?」

「鹿沼さんはせっかくカゴの扉が開いてるのに、怪我して飛べない鳥。美しい羽を持った彼女は飛び立てばどんどん成長するし、幸せになれると思う」

「ふーん、じゃあ羽切君は何?」

「俺はカゴの中にある水かな。怪我をしてて飛び立てない間は命をつなげられるけど、一度飛び去ってしまったらカゴの中でその姿が見えなくなるまでただ傍観する存在」



 何だかややこしくなってきた。

 私はカゴを発作とかトラウマだと思っていたが違うらしい。

 カゴは転校であり、怪我がトラウマや発作。

 転校しなくてよくなったのに、トラウマや発作のせいで自由に高校生活を送れてないと言いたいのだろう。



「私としては傍観じゃなくて、積極的にきてほしいな」

「それは無理だね」

「でもラブホテルの時は積極的だったじゃん。キスもしたし胸も揉まれた」

「あれは……なんかそんな雰囲気に流されたって感じで……正直まだよく分かってないんだよね」

「じゃあもう一回キスしよ? そしたらわかるかもよ?」

「いいけど……」



 私は寝ている羽切君の横に座り、両手を羽切君の顔の両側の芝生につく。

 私が羽切君を好きになったキッカケは修学旅行で旅館を抜け出した時のキス未遂の時だった。

 未だに何であそこで好きになったのかも羽切君のどこが好きなのかもよく分からないけど、ただあの時は無意識に羽切君に顔を近づけた。

 そして今、羽切君が雰囲気に流された感じでキスをしたと告白をした。

 


 修学旅行の時に好きがどんな感じなのかを美香に聞いた時、無意識に体が求めるって言ってた。

 体から心そして頭の順に理解していくと。

 実際私もそうだったし、酔っ払ってて本能的になってるならまさにチャンスだ。

 


 顔を近づけるにつれて心臓がはち切れそうなくらい速度を上げる。

 自分から積極的にキスをするのは人生初だ。

 しかし焦る必要はない。

 ラブホテルの時より私は確実に成長しているのだから。



 私はお母さんに再教育をされ、その時にキスの仕方を学んだ。

 普通に唇をつけるというキスはもう達成したので、もう一段階上のキス。

 それは相手の上唇や下唇を自分の唇で挟んで軽く甘噛みをするという手法。

 本当に上手くできるか分からないけど、やるしかない。

 


 どんどん顔の距離が近くなる。

 羽切君は抵抗する素振りがないのでついに鼻先が触れそうなくらいの距離まできた。

 そこで一度とめて、意を決して羽切君の唇に自分の唇を重ねーー。



「待った」



 しかし、ほんの少し唇が触れたタイミングで羽切君は顔を横にずらした。



「やっぱ、無し」



 彼の予想外の行動にしばらく動揺したけど、よく考えたら酔っ払いなので仕方がない。

 しかし私の方は拒否されたことで急激な羞恥心が込み上げてくる。

 積極的だった事も拒否された事も全部恥ずかしい。

 


「もう帰ろうか」

「……うん」



 私が羽切君の上から体をどけると、羽切君はすぐに立ち上がって家に向けて歩き出す。

 その背中を追って、私も帰ることにした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 戸塚家のお風呂場は期待を裏切らない広さだった。

 お風呂場の半分が浴槽になっている上に「シャー」っと舌を出した蛇の銅像の口からお湯が出てきている。

 お風呂場の壁は木製の壁板で地面や天井は黒曜石のようなピカピカのタイル。

 浴槽と真逆の壁には6つのシャワーが備え付けられていて、私はその一角の風呂椅子に座っている。



 さっき外で羽切君にキスを拒まれた時から、体の調子がおかしい。

 正確にはもう終わった事なのに、興奮が収まらないのだ。

 心臓がずっと高鳴ってて体は火照ってるし、どうしてもソワソワする。

 そんな状態が続いていて体を洗う事は出来たけど、頭を洗う元気が無く今はただ興奮が収まるのを待っているだけ。

 多分ギリギリで拒否されて焦らされているような感じになってるんだと思う。

 

 

「入るよ~」



 突然扉が開かれて美香が入ってきたので私は瞬時に胸を隠す。

 胸を見られたら美香に興奮していることがばれてしまうからだ。

 


「どうしたの景~、胸隠して~?」

「いや……別に」

「体洗った~?」

「洗ったよ」

「じゃあ、ヨーグルト持ってくるね~」

「ヨーグルト?」



 お風呂とヨーグルトという相まみえない単語。

 美香はお風呂場の中にある扉に入っていき、桶を持って戻ってきた。

 その容器の中に入っているのは真っ白のヨーグルト。

 


「ヨーグルトをどうするの?」

「トルコではヨーグルトを体に塗るのが習慣なんだよ~?」

「体に塗る!?」

「少し前に日本でも流行ったじゃん、ヨーグルトのパックとかさ~。ほら、たまにバラエティー番組に出てくる超お金持ちの某姉妹がSNSに写真アップしたのがきっかけでさ~」

「私流行に疎いから……」

「うっそ~、知らないの~?」



 美香は私の背後に座って体を密着させた。

 裸でこういう事をするのは修学旅行以来で、いくら女同士でも恥ずかしくなってくる。

 美香は桶に入ったヨーグルトに手を入れて、その中から白い膜のような物を取り出した。

 


「流石にヨーグルトを塗るのは難しいから、自家製パックにしたんだよね~。ほら景、胸から腕離して~?」

「な、何で胸なの!?」

「乳首の黒ずみ解消と予防に効果があるって事で流行ったんだよ~」

「そうなんだ……」

「だからほらほら~」



 美香は私の腕を外そうとするが、私はそれを拒む。

 すると胸は諦めたらしく、美香は更に体を密着させて手を下に伸ばしてきた。



「じゃあ、こっちにお邪魔しま~す」

「ダメっ!」



 下半身に狙いを定めた美香の両手を阻止すると、今度は隠していた胸が露になってしまった。



「あっ」

「ん~?」



 鏡に映る美香は露になった私の胸を見下ろして不敵に笑った。

 そして私の肩に顎を乗せてた美香と、鏡越しに視線が合う。



「景、興奮してるね~? もしかして一人でしてたところお邪魔しちゃった~?」

「ち、違うってば!」

「じゃあ羽切君と何かあったのかな~?」

「それは……」

「実際、羽切君とどこまでいったのさ~?」



 実際どこまでいったのか。

 その問いに答えるのは恥ずかしい。

 だってそれに答えるという事は、私は私の貞操の一つを奪われたと暴露するようなものだし。



「教えてくれないなら、こうしちゃうぞ~?」

「ひゃっ!?」



 美香はそう言うと、冷たいヨーグルトまみれの手で私の胸を掴んだ。

 不意に出た私の変な声がお風呂場に響く。

 


「ほらほら~、早く言わないとこの先端をいじっちゃうぞ~?」

「わ、わかったからっ! 勘弁してってばっ!」


 

 その後、私はラブホテルでの出来事について美香に暴露した。

 美香は最初驚いたような表情をしていたけど、湯船に浸かってからはニヤニヤ顔に変化していた。

 湯船でのガールズトークは盛り上がり、湯船から出た頃にはのぼせてしまっていた。

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