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【75話】 夏休み㉟ (戸塚家)

 戸塚家は高級住宅街の自然豊かな場所にある三階建ての一軒家。

 窓から入って来る風には自然の香りが乗っていて、鼻腔に届くたびに心が落ち着く。



 俺は今戸塚さんの部屋にいて、その窓の外は裏庭になっている。

 普段は物凄く静かな場所なんだろうが、今は裏庭から「キャッキャッ」やら「ウォフウォフ」とまるで公園で子供が遊んでいるような声が聞こえてきていて、それがまた俺を安心させている。

 

 

「英語の勉強ですか~?」



 そういった心地の良い雑音を聞きながら勉強していると、戸塚さんがベッドに上がってきた。

 戸塚さんの部屋は真里さんの部屋と同じように窓のそばに大きなベッドが設置されていて、俺はベッドに座ってその窓の下の壁に寄りかかりながら勉強をしている。

 戸塚さんはベッドに上がると、四つん這いで俺のテキストを上から覗き込んできた。



「“海外生活をするための英語”って……将来海外生活でもするの~?」

「まあね」

「ふ~ん」



 将来というか数カ月後だが。

 俺にとって日本での生活は後数ヶ月で、イギリスに行ったら現地校に通う事になる。

 現地校で過ごすためには英語が必要だし、今みたいに母さんがほとんど帰って来ないという状況で一人暮らしをするなら絶対必須だ。

 それに英語で異文化コミュニケーションをするのは正直楽しみでもある。

 生まれも文化も何もかもが違う人達と現地で会話をするというのがどういう感じなんだろうか。



 俺は戸塚さんにも見えるように少し本を傾ける。

 すると四つん這いになっている戸塚さんの谷間が目に入り、瞬時に集中力が切れた。

 


「戸塚さん、谷間見えてるよ」

「景のおっぱい見たのに今更谷間ごときで興奮するんだ~?」

「そりゃな」

「……へ?」



 戸塚さんが変な声を出したので見ると、驚いた表情で俺を見ていた。



「景のおっぱい見たんだ~?」

「あっ……違くてだな」

「ラブホテルの時だね~?」

「何でラブホテルの事知ってるの!?」



 あの日の事は俺と鹿沼さんと鹿沼さん母しか知らないはずだ。

 もしかして鹿沼さんが戸塚さんに話したのだろうか。



「景から電話が来たの。“羽切君とエッチしちゃったかも”ってね~」

「なるほど」



 鹿沼さんが戸塚さんに電話できたのは鹿沼さんがシャワーを浴びる前の時間くらいだ。

 アルコールで記憶が無くなっていた状態で、起きたら下着姿の男女がラブホテルの一緒のベッドに寝ていたとなれば、シてしまったと勘違いしてもしょうがない。

 しかしそういう混乱した状況で連絡できる相手がいるというのは良い事だ。

 今までいなかったであろう信用できる友達。

 鹿沼さんにそういう友達が出来た事に安心していると同時に、少し羨ましいという気持ちにもなる。

 


 俺は戸塚さんから視線を外し、窓枠に腕を置いて外を見る。

 すると戸塚さんは俺の顔の前にスマホの画面を見せてきた。

 そこに写っていたのは寝ている裸の俺に下着姿の鹿沼さんが引っ付いている自撮り写真。

 アプリで通話している時のアイコンが右上に表示されているので、鹿沼さんが送った画像では無く戸塚さんが通話中にスクリーンショットをしたのだろう。

 事情を知らない人がこの画像を見たら事後だと思われそうだ。



「それで、酔っ払って寝てる景のおっぱい見たんだ~?」

「しつこい」

「もしかして全裸にひん剥いた~? 舐めたり吸い上げたりは~?」

「だから、見てすらもないっての!」



 確かに寝ている時に見ようとしたけど、見なかった。

 実際に見たのはシャワーを浴びている時で、その時は全身を見てしまったのだが。

 これだけ興奮してる戸塚さんにその後何が起きたかは言わないほうがよさそうだ。



 戸塚さんの追及を何とか躱して裏庭を見下ろす。

 裏庭はまるでゴルフ場のグリーンのような広大で平坦な芝の土地があって、俺が見下ろしている先には鹿沼さんが大型犬二匹と楽しそうに戯れている。

 鹿沼さんが元気いっぱいにフリスビーを投げると、大型犬二匹がそれを追いかけて戻って来るの繰り返し。

 鹿沼さんはキャッチしてきた方を抱きしめるようにして撫でて、犬は鹿沼さんに撫でられるとお腹を見せて嬉しそうだ。



「景って可愛いよね~」

「ああ」



 魅力的すぎてずっと見ていても全く飽きない。

 ただフリスビーを投げて戻ってきた犬を撫でてを繰り返してるだけなのに。

 しばらく眺めていると鹿沼さんがこちらに気づいて手を振ってきたので、俺と戸塚さんも手を振り返す。



「意外〜。羽切君も景が可愛いの認めるんだ~?」

「そりゃ誰が見たって可愛いだろ」

「前までの羽切君だったらそんな直接的に可愛いなんて言わなかったよね〜。景に変えられちゃったね〜」

「別に鹿沼さんに変えられたわけじゃないと思うけど」



 それに自分が変わったとも思っていない。

 鹿沼さんと二人きりの時に可愛いという言葉を何度か使った事があるし、使ってなかった言葉を使ったからといってそれは別にその人が変わったわけではないと思うのだが。



「むしろ俺が鹿沼さんを変えちゃったかもなー」



 なんとなく冗談を言ってみる。



「俺がいないと満足できない体に変えてやったぜ〜へっへっへってな感じ〜?」

「そんなテクニック持ってないけどな」

「じゃあ夜、教えてあげようか〜」

「頼む」



 男なら誰だって一度はゴールドフィンガーに憧れる。

 指先一本で女を虜にできるテクニック。

 それがAVにしか存在しないのか現実にも存在するのかわからないが、教えてもらえることは全部教えてもらおうと思う。

 前に鹿沼さん母からも教えてもらったが、やっぱり自身が女なのに性的趣向も女にも向いていて、何人もベッドインしたと思われる戸塚さんに教えてもらうのがベストだ。

 もしかしたら、たった一夜の学習で憧れだったゴッドフィンガーになれるかもしれない。



 会話が途切れ、チラリと隣の戸塚さんをみると優しい視線で鹿沼さんを見下ろしていた。

 思えば戸塚さんと二人きりで会話したことほとんど無い。

 彼女がド変態なのは確定だが、それ以外の彼女の過去だったり趣味だったりを俺は知らない。

 佐切さんが海で戸塚家が躾に厳しい家庭だと言っていたのは覚えているが、今日戸塚家の姉妹と関わってその情報すら疑い始めている。

 だって二人とも自由奔放な感じで、全然厳格な家庭で育った人たちとは思えないし。



 今日は予定外のお泊り会。

 いい機会だから戸塚さんについてもっと知ろうと思った。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 時刻は15時44分。

 俺はまだ戸塚さんの部屋にいる。

 というか犬が徘徊しているので部屋から出られない。

 流石に3時間英語の本と向き合って飽きてきたので、立ち上がって本をカバンにしまい、部屋を見渡す。

 


 戸塚さんの部屋は長方形の間取りでめちゃくちゃ広い。

 しかし面白い事に同じ女子である鹿沼さんの部屋とは少し違っていて、本棚に置かれてる少年漫画やゲーミングパソコンなど男っぽい部分もある。

 最近は女子でもゲーミングパソコンが主流になってきているのは知っているが、マウスやマウスパット、キーボードなどが黒と青で構成されていて何だか女子部屋っぽくない。



 戸塚さんは40分ほど前に鹿沼さんと晩飯の買い物に出掛けており、今はいない。

 これは千載一遇のチャンスだ。

 今日は戸塚さんとお話しして色々知ろうと思っていたが、その前情報として部屋を物色みることにした。

 


 俺はさっきまで座っていたベッドの下を確認する。

 しかしそこには埃一つない綺麗な空間。

 次に立ち上がって大きいタンスの引き出しを一つ一つ開けていく。

 一番上には薄めのシャツ。二番目には色んなタイプのブラジャー。三番目には色とりどりののパンツとハンカチ。

 そして一番下には靴下とキャップ、ニット帽。

 


 一度ブラジャーを取り出して広げてみる

 特に何か変わっているわけでもなく、普通の下着。

 ここまでやって思った。



 うーん、普通に女子。



 特に変な物も無いし、鹿沼さん家のタンスの中身と変わらない。

 今度は本棚に移動して手前にある漫画本を取り出し、奥にある本のタイトルを確認する。

 今時エロ漫画を単行本で隠している人なんてレアだと思うが、念のためだ。

 しかし俺の入念な取り調べが功を奏したのか、本棚のちょうど真ん中辺りの奥に大きめの一冊の分厚い本があった。

 明らかに漫画ではないし、雑誌でも無い。

 

 

 俺は期待を胸にその一冊を取り出す。

 その本の表紙は青空で、卒業アルバム(戸塚美香)の文字が金色で書かれている。

 一枚ページをめくって目次を見ると、この卒業アルバムの全体像が見えてきた。

 この卒業アルバムは卒業生に配られる共通のアルバムに戸塚美香という個人にも焦点を当てているみたいだ。

 一年次、二年次、三年次と成長の流れを見せるような構成になっているので、俺の持っている卒業アルバムよりも2倍くらい肉厚で重い。



 どんなはっちゃけた中学時代を戸塚さんは送っていたのかとページを次々にめくるが、俺の予想とは全く違った戸塚さんの写真が次々と出てきた。

 まず今と違って雰囲気が地味。

 どの写真を見ても少し俯き加減で時折見せる笑顔もどこかぎこちない。

 制服もちゃんと着こなしていて、夏でも冬でもタイツ。

 極力肌を見せないようにしているかのようで、漫画とかに出てくる地味な生徒会書記のような感じ。

 学校行事の写真も戸塚さんっぽくなく、極め付けはクラスの全体写真。

 クラスの男女が集まって様々なポーズをとる中、戸塚さんは一番端の少し離れた場所でただ突っ立ってるだけ。



 そんな戸塚さんが一年次と二年次のページには写っていて、何だか見てはいけないものを見てしまった感覚に陥った。

 ここでページを閉じて見なかった事にしようかとも思ったが、何だか納得がいかず続きを見る事にした。



 最後の項、三年次。

 つまりは去年の事であり、最近だ。

 ここまで見てきた感じだと、戸塚さんは高校デビューを果たした本来は地味でおとなしい女子という事になる。

 俺の中で崩れかけている戸塚さんのイメージ。

 しかしページをめくって三年次に入った途端、俺のイメージは保たれることとなる。



 三年次のページになった最初の写真で戸塚さんは戸塚さんになっていた。

 ただ一年若いだけの戸塚さん。

 制服は結構はだけていて、下着が見えてる写真すらある。

 はっちゃけた姿で楽しそうな笑顔。

 男子の首に腕を回して引っ付いてる写真。

 


 一体何があった!?



 俺は今まで人違いをしていたんじゃ無いかとページを戻るが、どう見ても戸塚さん。

 二年生後半から三年生の間に何があったらこんな事になるのだろうか。

 


 二年次の全体写真では夏服を着ているので夏だろう。

 つまりは二年次の夏~三年春の間に戸塚さんが大きく変化した要因が存在するという事になる。

 その間にあるのは夏休みや冬休み、春休み。

 多分、学校以外の場所で何かがあったんだろう。



 そしてページを進めるにつれて見えてきたもう一人の存在。

 三年春から出てくる戸塚さんの写真には高確率で桐谷さんが写っている。

 もしかしたら桐谷さんとの出会いが戸塚さんを良い方向へ変えたのかもしれない。



 女は一年で変わってしまう。

 父さんが言っていた言葉通りの事が、戸塚さんの卒業アルバムで体現されている。



 鹿沼さんも高校生活で変わっていくのだろう。

 それが環境によってなのか、もしかすると誰かに変えられてしまうのかもしれない。

 そうやって変わっていく鹿沼さんを見届けられないのは何だか悔しいような悲しいような。

 そんな気持ちを感じながら俺は卒業アルバムを閉じた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 買い物から帰った頃には空が暗くなっていた。

 今晩のご飯のための材料を買うだけかと思っていたのだが、それだけじゃなくてシャンプーや洗剤などの日常用品を美香が買ったので、すごい量になってしまった。



「やっぱり羽切君も呼べばよかったね~」

「本当だよ」



 両肩に大きな買い物袋を持った美香が玄関の扉を開けて言った。

 私も両肩に買い物袋を抱えていて、お互い汗だくだ。

 私は美香が扉を開けといてくれたので中に入り靴を脱ぐ。

 そしてリビングのドアノブに手をかけると中から声が聞こえてきた。



「真理姉、飲みすぎだって!」

「私はまだまだぁ、飲めるぅってえ」

「羽切君もまだ未成年なんですから、飲んじゃダメですって!」



 なんやかんやで羽切君も楽しんでいるようだ。

 中からは羽切君じゃない男の声が聞こえていて、多分美香の弟だろう。



「ただいまー」

 


 私はドアを開けて中に入る。



「美香姉っ! 真里姉を止めて……あれ?」



 中に入ると美香の弟らしき人と目が合って、私の心臓が跳ね上がった。



「……え?」



 そこにいた男は夏祭りの時にナンパしてきた人だった。


 

9月下旬でこの暑さはありえねえだろっ!


説明文が多くて申し訳ない。

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